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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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胸の中の小さなざわつき

 食事の後、屋敷の部屋へと案内された。殿下と同じ階のその部屋には驚くことにドレスをはじめとした必要な品が揃っていた。ほぼ着の身着のままで王宮を出たから服などどうしようかと思っていたけれど、まさか殿下が用意してくださったの?


「昨日早馬で知らせを受けて、慌てて用意させたんだ。既製品だし数も少なくて申し訳ないが」


 準備って、昨日の今日でこれだけを? よく見たらドレスや化粧品、宝飾品まである。


「いえ、準備していただいただけでもありがたいです」


 冷静になれば殿下に対してもファーレンに対しても失礼な話よね。ラーシュ殿に提案されるままここまで来たけれど。本来なら豪奢な行列で向かうべきなのに何一つ持たないなんて恥ずかしい……父や兄が気を利かせて後追いで荷物を……はないわね。そんな気が利く人たちじゃないし、もしかしたら勝手に出ていったと思っていそうだもの。


「ああ、それと今回の件だが、私があなたを気に入ってすぐに連れて帰ると我を通したことになっている。あなたの名誉は守られているから心配なさるな」

「…………は?」


 思わず呆けた声が出てしまったけれど、どういうこと? 気に入ったって、どこにそんな要素が? それに……


「そんなことをなさったら殿下の名誉に傷が付くではありませんか!」


 私の名誉なんか既に地に落ちているのだから気にする必要なんてないわ。


「俺の名誉なんぞ既に血まみれだの千人斬りだの散々だから問題ない。それに、惚れた女を強奪するように連れて行った方『血濡れの王太子』らしいだろう?」

「そういう問題ではありません!」


 何を仰っているのよ、意味が分からないわ。それにほ、惚れたって……


「だが、好ましく思っているのは本当だ」

「はい?」

「神の色を持ち剣と乗馬の腕も申し分ないとくれば、これほど理想に近い相手などいないからな」


 ニヤッと笑いながらそう仰ったけれど、それって……


「か、揶揄わないでください!」


 子どもだと思って揶揄ったのね。


「そんなつもりはないが……気を悪くしたのなら謝る。すまなかった」


 あっさり頭を下げられてしまった。やっぱり揶揄われたのね、ちょっと悔しい……でも、身の回りのすべてを頼り切っているだけにそれ以上強く言うことは出来なかった。殿下にとっては保護すべき子どもなのでしょうね。残念ながらそれが現状だもの。




 翌朝、秋の気配が深まりつつある朝靄の中、私たちは共に馬車に乗り込んだ。殿下の一行に同行するのは王宮騎士団の部隊で、その責任者はファーレンと国境を接するオーケン侯爵家の嫡男だった。国賓として迎えた相手を守るのはその国の責任で、何かあれば開戦にもなり得るだけに父も大々的な護衛団を用意していたのだけど、彼は私の姿を認めると驚きの表情を見せた。私がここにいるのが意外だったらしい。


「彼の者はあなたをよく思っていないようだな」

「そのようですね。お恥ずかしいことですが」


 走り出した馬車の中、向かいに座る殿下が小声で話しかけてきた。あれから事情を説明するとオーケン令息は一層表情を硬くしていたけれど、殿下が父から預かった書状を見せるとようやく納得した。どうやら私をよく思わない側の人だったらしい。微かな不安が胸に生じたのは仕方がなかったと思う。私の護衛も王命で追加されているから我が身が可愛ければ務めを全うするでしょうけれど……バルベ令息の例もあるから油断出来ないわね。


「あなたのせいではない」


 殿下にはお見通しのようね。だけどいくら父が寄こした護衛とはいえ最近まで剣を向けていた相手、信用よりも警戒の方が先に立つから注意深く見ていらっしゃるわよね。いくら精鋭を連れてきても数の上では圧倒的に不利だもの。


「どうか警戒を」


 自国民にそんなことを言いたくないけれど、母や兄を見ていると不安しかない。さすがに追いかけてまで私と入れ替わろうなんて行動力はあの子にはないと思うけれど……しつこい性格だからこれで諦めたと言い切れないのが残念だわ。


「心配無用だ。そう簡単にはやられん。それに、いざとなったら馬で駆ければいい。そうだろう?」


 黙っていると不機嫌そうに見えるけれど、にやっと笑うと途端に人懐っこく見える。


「それは……」


 うう、否定出来ないわね、久しぶりに馬で駆けたら風を受ける楽しさを思い出してしまったから。


「さすがにあの妹御が馬で追いかけてくるとは思えん。心配なら適当に火急の使者でも立てて先を急がせるが」

「いえ、そこまでしていただく必要はありませんわ」


 それはさすがに負担が大きいから遠慮するわ。我が国の者たちが弁えてくれれば済む話だから、それは最後の一手として残しておきたいから。




 窓から見える世界は黄色味を増していき秋麦の穂を風が波打たせる。一定のリズムを刻む車輪の音に蹄の音が交じって軽快さを添える。あの離宮への襲撃が嘘のように穏やかな時間が流れていた。


「それにしてもヴァイラントの街道はよく整備されているな」


 そうかしら? 他を知らないからわからないわ。


「ファーレンは違うのですか?」

「内戦が長かったからな。小競り合いがあっただけでも道は傷むし、修復しようにも危険だからと人が集まらず進まない。これからの課題だな」


 なるほど、確かに相手の足を止めるには道を壊すのも手よね。戦を望まない者たちにとっては迷惑な話だけど。


「長くかかりそうですね」

「元に戻すには内戦の長さと同じかそれ以上かかるだろうな。作るのは長い年月がかかるが壊すのは一瞬だ」


 その通りね。我が国は幸いにも祖父や父は内政を重視していたため、ここ三十年ほど大きな戦は起きていない。


「ヴァイラントの民は幸せだ。穏やかな暮らしを守るのは簡単ではないからな」

「でも、凡庸だと陰口を叩く者もおりますわ」


 実際その通りだから反論のしようもないのだけど。


「民にとって戦争がない以上の幸運はないと俺は思う。その芽を先んじて摘み取り何も起こさせないのも立派なことだ」


 それはファーレンの内乱のことね。確かに反乱の予兆を見過ごしたのは失点ともいえる。そうならないようにするのも王家の務めだと言われればその通りだし。そういう意味では祖父も父も及第点と言えるのかしら?


「力のある王が優れた王とは限らない。自分の考えに固執し我を通そうとすれば軋轢を生んで戦争を招く。事なかれ主義と言われても貴族家を上手く抑える王の方が、民にとっては暮らしやすいだろうな」


 そんな風にお考えだったなんて意外だわ。圧倒的な力で改革を断行していく印象が強かったから。


「俺のように力があると周辺国や貴族は警戒する。だから王は兄がいいと思っていたんだがな」

「でも、殿下が王になられたら攻めようとする国など現れないでしょう?」


 それだけで抑止力になると思うのだけど。


「いや、そうとは限らん。自分たちが攻め込まれると思い込んで先手を打とうとする者が現れないとも限らない。警戒されないということは関心を持たれないことでもある。悪いことではない」


 そんな考えもあるのね。だったら父も警戒されない側で利はあるのかしら。だけど兄が心配だわ。あの人、小心な割に自尊心が強いから。まぁ、お義姉様の実家のヘンゼルト公爵が抑えてくれるとは思うけれど。政治的な能力は公爵の方がずっと優れているから。


「ヴァイラントは王家の力は弱いが外戚は節度を持っている。我が国はその逆だ。どっちがいいかはその時の情勢にもよるが、俺は内政を重視して内乱で荒れた国を立て直す方を優先したい」

「ご立派だと思います」


 民を第一に考えてくださる方でよかったわ。もしご自身の栄誉だけを求めるような方だったら良好な関係を築くのは難しいでしょうし。


「なんだか他人事のようだな」

「え?」


 どういうこと? そんなつもりはなかったのだけど……


「あなたにも一緒に考えて動いていただくつもりなんだが……」

「……そのつもりですが?」


 何かおかしかったかしら?


「ああ、あなたにとっては当然のことだったか。すまない、何でもない。気にしないでくれ」


 そう言われると余計に気になるのだけど。


「あなたが妻でよかったよ。我が国の財政はけっして潤沢とは言えない。贅沢好きな者では不満が募っただろうからな」


 私の方がよかった? 顔の中心に熱が集まってくる感じがした。きっとそんな風に言われたことがなかったせいだわ。それに暗にあの子のことを指しているのかしら? 確かにその通りで、あの子は頻繁に新しいドレスや宝飾品を買って散財しているわ。あの子の予算で足りない分は母や母の実家が補っているし、多分私の分もあの子に回されていたはず。あの感覚のまま嫁に出したら婚家は大変かもしれないわね。


 なんとなく気恥ずかしくて窓の外を眺めるとオーケン令息の姿があった。その横顔に記憶が刺激された。あの人って、確かバルベ令息と一緒にいたことがあったような……たったそれだけのことなのに胸に小さなざわつきが生まれた。




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