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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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美味いものに身分は関係ない

 殿下と合流し、共に街へと向かった。護衛の数が増えたことと勇猛と名高い殿下の存在に緊張感が緩む。他の旅人がいるからペースを抑えながら進む。殿下たちの乗る軍馬は私たちのそれよりも大きくて駆けるのも速そう。一度乗せて貰いたいわね。お願いしてみようかしら。


 半刻ほど走り小さな林を抜けると前方に街が見えた。あれが殿下たちの泊まっている街なのね。昨夜泊まった街よりも少し小さいかしら? これまでに通ってきた町もそれぞれに違って趣があったから楽しみだわ。


「アリッサ殿、もう少しだが大丈夫か?」


 殿下が馬を巧みに操って近くまで来た。低くよく響く声が名を呼ぶ。


「大丈夫です」

「頼もしいな」


 これくらいなら問題ないわ。殿下がにやっと笑っている。何かしら? なんだか嬉しそうに見えるのだけど。


 街に到着したのは昼食前だった。思ったよりも早く着いたわ。合流してから少しペースが早くなったのもあるわね。明るいうちに到着出来てよかった。この後どうするのかしら? このまま留まる? それとも次の街に向かうのかしら。


 案内されたのは街の外れにある屋敷だった。昨夜泊まった屋敷と同じくファーレン貴族が所有するものだという。


「おかえりなさいませ、王太子殿下。王女殿下、ようこそおいでくださいました」


 中に案内されると使用人に一斉に出迎えられた。歓迎されている様子にほっとする。こんな格好で渋い顔をされるかと思ったけれど余計な心配だったみたいね。馬を預けて殿下と共に屋敷内に進む。


「先に湯浴みがいいか? それとも食事にするか? 食事にするならこの格好のまま庭でどうだ?」


 庭で? 意外な提案に驚いたけれど、確かにお腹が空いたわね。湯浴みをしたら髪を乾かすのにかなりの時間がかかるし、殿下をお待たせしてしまうわよね。だったら……


「庭でなんて素敵ですね。ファーレンではその様な風習がおありですの?」


 我が国では聞いたことはないわ。いえ、貴族はやっているのかもしれないわね。私にはそんな機会は与えられなかったけれど。


「いや、聞いたことはないが、俺は畏まった席よりもこっちの方が気楽でな。では、食事が先でいいか?」

「ええ、お願いします」


 そう言うと殿下は傍にいた使用人に言付けると手を差し出した。えっと……


「庭までエスコートしよう」


 まさかそうなるとは思わなかったわ、こんな格好なのに。でも否と言わせない雰囲気に負けて手を重ねた。変な感じだわ、服装の影響もあるでしょうけれど、これまでこんな風にエスコートされることなんかなかったから。体格差と手の温かさに心拍数が上がる。頬を撫でる風がありがたいわ。赤くなっても少しは抑えられるかしら。


 案内されたのは庭の四阿だった。大きくはないけれど綺麗に整えられて配置された木々や花々に趣味の良さを感じる。四阿には屋根があって少しの雨なら防いでくれそうね。中には四人が座れそうな椅子と丸テーブルが置かれていた。その一つに案内される。爽やかな風が木々を揺らす。寒くも暑くもなくて気持ちがいいわ。


「それにしても、アリッサ殿の乗馬の腕前は大したものだな」


 最初に出てきたのは褒め言葉だった。殿下の及第点はいただけたってことかしら? どんなことでも認められるのは嬉しいものね。令嬢が乗馬なんてはしたないなんて言う人もいるけれど、殿下はそちら側の人でなくて良かったわ。


「お褒めいただいて恐縮ですわ。でも、私など祖母の足元には及びませんわ」

「ご謙遜を。あれだけ乗りこなせたら十分戦場でも戦えるだろう」


 戦えるって……そんな目的で習ったわけじゃないし実戦経験もないのだけど。殿下の基準はそちらの方にあるようね。そういえば早い段階から騎士になるとお決めになって、ずっと騎士として前線で活躍されていたわね。だったらそうなっても仕方がないかしら。


「ああ、女性に対しての言葉ではなかったな。すまない、俺はどうも気が利いたことが言えなくてな。よくラーシュにも叱られているんだ」


 困ったように笑ったけれど、何故かしら、その光景が浮かぶわ。ラーシュ殿は遠慮しないで言いたいことをはっきり言うのね。だけどそれは殿下のためでもありそう。多分だけど。


「いえ、私も言葉遊びは好みませんから。実直なお人柄とお見受けしました。ずっと好感が持てますわ」


 駆け引きを楽しむ人もいるけれど、そういうのは苦手なのよね。どうしても言葉の裏を考えてしまうから。殿下は智将とも言われているから聡明でいらっしゃるし、その気になれば私など丸め込まれるでしょうけれど、今のところそのような感じはしないわ。見抜けなかったらそれは私の力量不足ね。そんな方ではないと思いたいわ。


「そう言ってくれると助かる。前にも言ったが男所帯が長くてな。それに兄弟しかいないから女性とどう接していいのかわからないんだ」


 そういえばファーレンに王女はいなかったわね。周りに女性がいなかったってことかしら。


「そんな風には見えませんわ。殿下はとても気の利く方だと思いますが」

「そうか? そう言ってくれるとありがたい。だが、言いたいことがあったら遠慮なく言ってくれ。気が利かないとよく言われるんだ」


 それはラーシュ殿たちに言われたという意味かしら? それともどなたか懇意な女性がいらっしゃった? 過去のことならいいけれど、もしかして今も続いている方がいるのかしら? 殿下に想い人が……そんな可能性、すっかり失念していたわ。もしいらっしゃるなら先に言ってほしいのだけど……でも、そんなこと聞けないわね。もしいなかったら失礼過ぎるもの。どうしようかしら……今度ラーシュ殿にそれとなく聞いてみた方がいいかもしれない。


 殿下の話に相槌を打っていると、使用人が料理を運んで来た。美味しそうな匂いにお腹が鳴りそう……。思ったよりもお腹が空いていたみたいね。


「さぁ、簡単なものだが召し上がってくれ」

「では、遠慮なく」


 並んでいたのは最初の街で出てきた料理に似ていて、大きめの皿に様々な料理が少しずつ盛られていた。それとパン、スープもあるわ。あるのはフォークとスプーンだけなのよね、どれを何に使っていいのか却って迷ってしまうわ。


「ああ、好きなものを好きに食べてくれていい。ここにはうるさく言う者もいないからな」

「ありがとうございます」


 助かるわ、そういうことなら遠慮なく好きにさせていただくわ。これまで散々我慢してきたけれど、これからは遠慮しないと決めたのだから。小さく切って焼いた肉をフォークで口に運ぶ。表面はカリッと焼けているのに中は柔らかくて、口の中で崩れて肉汁が広がっていく。


「美味しい……」


 肉の甘みで口の中が喜んでいるわ。それに脂っこくなくていくらでも食べられそう。


「ははっ、美味いだろう? コーレルという猪の肉だ」

「猪の? 初めて食べました」


 これが猪の肉? 貴族たちが美味だと話しているのを聞いたことはあるけれど王宮で出てきたことはなかったわ。こんなに美味しいのに……ファーレンだったら食べるのかしら?


「貴族は猪など平民が食べるものだと言って口にしない。勿体ないことだ」

「では、殿下はお食べに?」


 期待が膨らんでつい食いつき気味に訊いてしまった。


「ああ、美味いものは美味い。そこに身分や地位など関係ないだろう?」

「仰る通りです」


 私も同感だわ。美味しいものに身分も地位も関係ないわ。だったら王宮に行っても食べられるかしら? 昨日も今日も、出てきた食事は見た目が似ていても味付けがヴァイラントと微妙に違ったわ。その違いを見つけるのも楽しいかもしれないわね。


「よかった」


 返ってきたのは木々のさざめきに隠れてしまいそうな小さな呟きだった。


「何が、ですか?」

「いや、食の好みが合いそうだから。これで猪など貴族が食べるものではないと言われたら残念だと思っていた」


 そう言って屈託のない笑顔を見せた。それが眩しくて心を波立たせる。そんな風に感じたのは木漏れ日のせいだと思いたいわ。こんな感情は知らないし知りたくないもの。


 その日は久しぶりに気分よく眠りについた。明日からはまたドレスと馬車での移動に戻る。寂しいわね、久しぶりに愛馬と駆けて楽しかったのに。ファーレンまで一月近くかかるという。時々でいいから馬に乗せてもらえないかしら。それにしても……


 殿下には驚かされることが多いわね。『血濡れの王太子』や『一夜で千人を斬り殺した』などの異名からもっと荒々しい人かと思っていたけれど、実際は気遣いが出来て気さくでとっつきやすい部類に入ると思う。部下にも威圧的に接することはなさそうで兄とは大違いね。まだ本性を見せているとは思えないけれど、このまま最低限の節度を保ってくださるなら有難いわ。色々あったのに不思議と心は凪いで、いつの間にか夢の世界に旅立っていた。




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