表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/60

木漏れ日の下で

 フリーダが視線で示した先には、こちらに向かってくる三、いえ四騎の一行があった。あの服装は我が国のものではないわね。むしろフリーダたちが身に着けている……って! ええっ? まさか、あれって……思考がある可能性に行き着いた瞬間に真っ白になって止まった。待って? どういうこと? でも、間違えようがないわ、あの黒髪に一人だけ抜きんでて大きい身体と存在感……


「うわぁ、ジークの野郎、何やってんだよ……」


 レオの呟きが頭を通り過ぎる。やっぱり間違いないわ、あれ、王太子殿下なのよね。一国の王太子が、この前まで敵国だった場所でろくな共も付けずに何をしていらっしゃるのよ!? あまりにも無謀な行動に声も出ない……他の皆と同様、呆気にとられたまま近付くのを見つめるしか出来なかった。


「ジーク! この馬鹿! 何やってんだよお前!」

「ああ、この方が早いし安全だと思ってな」

「早いって……そりゃ、そうだけど……」


 意外にもこの場で真っ先に殿下に声をかけたのはレオだった。ラーシュ殿が額に手を当てているのが見えた。声をかける気力も湧かなかったってところかしら。でも、気持ちはわかるわ……


「アリッサ殿、ご無事だったか?」


 あっという間に馬から降りて目の前に立った。身体が大きいのに身軽だなんてずるいわ……こんな時にそんなことが頭をよぎったのは私も混乱していたせいかもしれない。


「アリッサ殿?」

「え? あ、大丈夫です」


 更に近づいて顔を覗き込むように問われた。身長差が……頭一つじゃ足りないわ。そりゃ、私はあまり背が伸びなかった。エルリカと同じくらいで、そのうち抜かれるんじゃないかと予想している。って、今はそれどころじゃないわ。


「何をなさっているのですか殿下。ここは先日まで敵国だったのですよ。なのにそんな軽装で……」


 何かあったら国際問題だわ。いえ、彼を倒せる者がこの国にいればの話だけど。残念ながら私でも刺し違える覚悟でも自信がないわ……


「我が花嫁を危険なままにしておくわけにはいかないだろう」

「な……!」


 は、花嫁って……いえ、その通りだけど。改めて言葉にされると何とも言えない気恥ずかしさが込み上げてくる……


「どうせあなたのことです。ただ待っているのが嫌だっただけでしょう?」


 ラーシュ殿の歯に衣着せぬ物言いに一気に冷水を浴びた気分になった。そんな物言いをして大丈夫なの? 不敬罪に問われても文句言えないわよ。


「よくわかっているな、ラーシュ」

「まぁ、長い付き合いですからね」


 なるほど、お二人の関係はこんな感じなのね。殿下も親しい者には随分気安いのね。一つ勉強になったわ。


「とりあえず木陰へ。少し休んだら出発しましょう。あなたがいると目立って仕方ないですからね」


 ラーシュ殿が殿下の馬を引いて近くの木に綱を結びつた。他の騎士も同様に馬を繋ぎ、その場で水を飲み始める。殿下は私たちがいた敷物に座ると水筒を取り出して水を喉に流し込んだ。えっと、どうしたらいいのかしら? そんな風に思っていたら殿下が私を見上げながらご自身の隣を軽く二度叩いた。ここに座れってこと? じっと見ているからそういうことよね。少し距離を取って腰を下ろした。無礼だと言われないわよね?


「ああ、アリッサ殿にこれを」


 そう言って懐から何かの包みを取り出した。殿下の手のひらに載るほど小さな籠に入っていたのは……


「……焼き菓子?」

「ああ、アリッサ殿が今日にも着くと聞いたのでな。屋敷の厨房の者に作らせたんだ」


 私のために? わざわざ?


「だったら屋敷でお待ちくださればよかったでしょう。あと一刻もかからなかったのに」

「そうだな」


 冷ややかなラーシュ殿だけど殿下は気にした風はなく、それどころか焼き菓子を一つ摘まんで私に差し出した。


「毒見はしてある。心配無用だ」


 いえ、そんな心配はしていないのですが……さすがにそういうわけにもいかず、お礼を言って受け取った。


「美味しい……」


 甘いけれどくどくない程よい甘さだわ。それに中に入っている小さい欠片は干した果物かしら? 初めて食べるお菓子に心が踊る。


「これはファーレンの伝統的な菓子だ。気に入ってくれると嬉しい」


 そう言って笑みを向けられたけれど……何なの、この気安さは? こんな人だったの? 思いがけない一面に動揺してしまって言葉が出てこない。嫌だわ、顔が火照る……


「あれが、アリッサ殿の馬か」

「え? ええ」


 急な話題の変化に戸惑いながら殿下を見上げると、殿下の視線は私の馬に向いていた。栗毛で大柄の子だけど、殿下の馬に比べたら小さく見える。体格も違うわね。ファーレンにはあんな馬もいるのね。


「いい馬だな。毛並みもいいし体格もしっかりしている」

「ありがとうございます。賢くていい子なんです」


 褒められているのは私じゃなくて馬なのよ。どうして面映ゆく感じているのかしら。顔が赤くなっていないわよね?


「そうか。手入れもしっかりされている。大切にしているんだな」

「はい。祖母の愛馬の血統で、小さい頃からの付き合いなんです」

「あの戦姫の。ではかなりの血統だな」


 お祖母様の馬が? 


「そうなのですか?」

「武の国ヘデラーでは馬の飼育に力を入れていた。もちろん、戦に強い馬の交配もだ。ヘデラー産の馬と言えば交易でも高値で取引されているんだ」

「そうだったのですか。知りませんでした」

「普通は知らないものだ。俺も自分の馬を探す過程で偶然知っただけだからな」


 飾らないやり取りが心地いいけれど不思議だわ。怖い印象が強かったからその差に安堵よりも戸惑いが先に立つ。色々と、期待してしまいそうで怖い。焼き菓子の甘さが減った気がした。


「殿下、そろそろ向かいますよ」

「ああ、そうだな」


 ラーシュ殿ったら随分とぞんざいな言葉遣いね。いえ、レオも友人に話しかけるような親しさだったけれど。殿下は近い人には寛大なのかしら? 兄だったら考えられないわ。そんなことを考えていたら手を差し出された。掴まれってこと? いえ、自分で立てるけど……これは断る方が失礼よね。大きな手に自分の手を重ねると掴まれた。大きい手ね、固くてかさついていて、温かい……引かれるままに立ち上がったけれど、引かれたのは手だけではなかったような気がした。


「さぁ、次の街までそれほど距離はない。まずは姫の乗馬のお手並みを拝見するとしようか」

「……へ?」


 ちょ……どういうこと? お手並みって……人様にお見せ出来るほどの腕じゃないわよ。ここ数年はあまり乗っていなかったし。


「あの、期待されても困りますわ。乗馬は嗜む程度ですから」

「そうなのか? 残念だな。あの戦姫の孫なら相当な使い手だと期待していたのだが」

「勝手に期待されても困ります」


 止めてほしいわ、そんなこと言いだしたら乗馬以外のことまで期待されそうで困る。それなりに努力はしたけれど人様に誇れるほどのものじゃないのに。


「そうなのか? ヴァイラントの中の姫は聡明で慎ましやかだとの評判だったが」

「そ、それは社交辞令ですわ」


 どこの国も他国に売り込むために程度の差はあれど大袈裟に褒めて宣伝するのが慣例なのよ。それを真に受けられても困るし、後で思っていたのと違ったと落胆されても困るわ。


「なるほど、アリッサ殿は噂通り慎ましいのだな。では、真価はこれからゆっくりと見せていただこう」


 どうしてかしら? 余計に期待させてしまったような気がするのは。困ったことになったわ、失望されるのはもううんざりなのに。これ以上期待させるような言動は控えてほしい。そうは思うものの殿下の表情は屈託がなくて、それを心地よいと、見返してやりたいと思う自分がいる。風に揺られた木漏れ日が舞い踊って殿下を彩る。明るい中で見る殿下は物騒な異名とは随分とかけ離れて見えた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ