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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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24/60

霧が晴れた朝を迎えて

 宿のある街に着いた頃には日はすっかり暮れていた。それでも街には光が溢れ、あちこちからはお腹を刺激する様々な匂いが満ちていた。凄いわ、外は既に闇の中なのにこんなに人がたくさん行き来しているし、皆表情が晴れやかだわ。


「アリッサ様、今日の宿はこの先です」

「そう、賑やかな街ね」


 あちこちから笑い声が聞こえてくる。王宮はいつも冷たい静けさに満ちていたから別世界のようだわ。


 向かった先はお昼に寄った屋敷よりも大きく立派だった。街自体も大きいのもあるのかしら。マルクがこの街は王都に向かう旅人の宿泊地として栄えているのだと教えてくれた。この先も一日で移動出来る距離ごとに街があるのだとも。なるほど、街が出来るにもちゃんと理由があるのね。興味深いわ。


 屋敷の主はファーレン貴族で、当主の弟が管理しているという。使用人はファーレン人だけで固めていて、王族や高位貴族の定宿として使われているとも。案内された部屋は広くはないけれど趣味のいい調度が置かれ、装飾は見慣れないからファーレン風なのかもしれない。続きの間には湯気が満ちていた。嬉しいわ、外を駆けたから埃や砂を浴びたもの。エリーに手伝ってもらって湯を浴びるとそれだけで疲れが吹き飛びそうだった。


 髪を乾かした後、夕食が運ばれてきた。晩餐に誘われたけれど着る服がないから辞退したわ。せっかくだけどさすがに騎士服で出るのは失礼だし。あちらも事情を察して何も言われなかったのは有り難い。簡単な食事だったけれど初めての味は美味しかった。


「アリッサ様、少しよろしいですか?」


 食事を終えた頃に訪ねてきたのはラーシュ殿だった。


「殿下と連絡が付きました。ここから半日ほどの街に滞在されていらっしゃいます」

「まぁ、それなら明日には合流出来るかしら?」


 夜明けと共に出れば馬なら明日中に追いつけそうね。連絡が付いたのなら速度を落としてくださるかもしれないし。


「殿下はアリッサ様の到着をお待ちくださるとのことです」

「え? わざわざ?」

「当然ですよ」


 不思議そうな顔をされたけれど、そういうものなの? 家族だったら絶対に待たない自信があるから意外だったわ。だって殿下もお忙しい身、早く国に戻りたいでしょうから。


「妻となる方を置いて先に行かれるような方ではありませんよ」

「そ、そうなのね」


 なんだか面映ゆいわ。でも、殿下の為人に希望が湧く。政略結婚だけど気遣ってくださる相手ならいい関係が築けそう。単身嫁ぐ身、しかも母国で自国民に襲われた王女なんて肩身が狭いしファーレンに行っても侮られるかもしれない。場合によってはエリーとマルクと共に抜け出してどこかの国に行こうかなんて思っていたけれど、これなら大丈夫かしら?


 今日は一日馬上だった。疲れたからすぐに寝てしまうかと思ったのだけど、意外にも眠りの精に嫌われたのか目が冴えてしまった。せめて身体だけでも休めようと目を閉じる。風が窓を軋ませ、木々を揺らす。目を開けても黒い闇が広がる世界では頭の中に色んなことが生まれては消えていく。


 家族に挨拶する間もなく飛び出してしまったわ。兄はその旨を告げ、ラーシュ殿が殿下から預っていた文書を渡し私の移動を宣言した。文書にはファーレン国王の名が記されていたから我が国は断れない。既に準王族の地位を得ていては父であっても手が出せない。そして、父は止めないでしょうね。あの人はエルリカに甘いけれどそれは愛情よりも母や兄がうるさいからのように見える。


 心配なのは兄があの文書を父に渡さずに握りつぶす……ことはないと願いたいわ。ファーレン大使からこの話が父に届くのは必至だからなかったことには出来ないし、そんなことをしたら一層父の不興を買う。ただ、襲撃犯が兄の学友だったのが気になるわ。兄は容認していたようだし、彼らの行動の源はエルリカで、あの子の立場が危うくなる。その場合、適当な理由をでっち上げて私に責任を擦り付けるかもしれない……


「アリッサ様、眠れませんか?」


 無自覚にため息を漏らしていたらしい。傍で番をしていたエリーが声をかけてきた。部屋の入り口にはミアもいる。彼女たちは椅子に腰かけて体を休めているから邪魔しちゃいけないのに。


「何でもないわ。他所で眠るのが初めてだから興奮しているみたい」


 お道化たように言うと「それならいいですけど……」と答えが返ってきた。こんなにも心配してくれる人がいる、それで十分だわ。あの人たちが面倒なことを言ってきたら殿下に相談すればいいわ。それに、起こっていないことで気を揉んでも仕方がない。今は無事殿下と合流することを第一に考えるわ。


 いつの間にか眠っていたらしく、エリーの声に起こされた。まだ頭が起きてこなくてぼんやりしている。昔の夢を、見たわ。懐かしい……お祖母様やお祖父様、家族も出てきた。まだ幼かった頃、お祖母様が私を構うことに嫉妬した兄に意地悪された夢。両親に蔑ろにされていた私を気遣ってのことだったけれど、嫡男としてちやほやされていた兄は気に入らなかったらしく、よくお菓子を取られたり悪態をつかれたりしたわ。今にして思えばクソガキだったわよね、あの人。今もあまり変わらないけれど。




 今日中に殿下と合流出来る。馬なら二刻ほどで着くらしいけれど、旅人の多くは夜明けと共に出発するのが常だからと、私たちもそれに倣った。その方が人目も多くて安全だからだと言われたら納得だわ。経験しなければわからないことが多いのね。王宮という狭い世界しか知らない自分が恥ずかしい。


「無理はせずに合流を最優先で向かいます」

「わかりました」


 堅実が一番よね。さすがにあの子の取り巻きも追っては来ないでしょうし、昨日も何も起きなかったから大丈夫のはず。二日目の馬上は筋肉痛との闘いだった。最近遠乗りも出来なかったわね。鍛練も。ファーレンに着いたら鍛練出来るように頼んでみようかしら。でも、王太子妃が剣を振るうなんて嫌がられるかもしれない。せめてどこかでこっそり出来たらいいのだけど……


 昨日と同じ仲間と共に同じ隊列で進む。まだ王都からそれほど離れていないせいか馬車や人の姿がまばらだけど見えるわ。馬の人もいるけれど殆どが馬に負担をかけないようゆっくり進んでいる。私たちも馬の身体が温まるまで並足で進む。今日は霧が出ていない。空が高いわ。風も冷たいけれど身体は濡れないから楽ね。まだ日が山に隠れているから寒々しいけれど。


 半刻ほど進んだところで程よい木陰があって、そこで休憩になった。日が差し始めると暑いくらいだわ。ぬるい水でも美味しく感じる。フリーダが干した果物をくれた。優しい甘さが嬉しい。


「この先で道が二つに分かれます。左はロンベルクへ続くものです」


 近くで水を飲んでいたマルクが教えてくれた。


「ロンベルク……お姉様が嫁がれた国ね」

「はい」


 お姉様も嫁がれた時にこの道を通ったのね。その時は豪華絢爛な馬車でたくさんの従者と騎士が連なった大行列だった。自分との差を思い出して気分が沈んでくる。単身やって来た私をファーレンの民は、貴族はどう思うかしら? あまりいい印象は持たないわよね。私ですらどうかと思うもの。私、ファーレンでちゃんとやっていけるのかしら?


「ご心配なさいますな。万が一の時は我らがお救いします」

「ありがとう」


 マルクが声を潜め、隣でエリーも神妙な面持ちで頷いている。そんな風に言ってくれる存在が嬉しい。そうね、出来る限りのことはするけれど、もしどうにもならなくなったら彼らと共に出奔することも出来るわよね。幸い武の心得もあるし馬にも乗れる。お祖母様は有事の際の心得として森で野営の仕方を教えてくれたわ。だから雇われ騎士として生きるのもありかしら。その時はお祖母様の故郷のヘデラーに行ってみたいわ。小さいけれどとても美しいところだと、もう一度あの海が見たいとお祖母様は仰っていた。私が代わりに見に行ってもいいわよね。


「殿下のいらっしゃる街まではあと一刻ほどかしら?」

「そうですね。幸いにもこの天気です、足止めを食うことはないでしょう」


 有り難いわよね。雨が降ったら道がぬかるんで馬も動きにくいし怪我をしやすくなる。この子をそんな道は歩かせたくないわ。鼻先を撫でるともっとしてほしいと手に擦り付いてきた。お祖母様の愛馬の血を受け継ぐこの馬は頑強で強く軍馬としても優秀だけど、だからと言って無理をさせたくはないわ。


 心地よく吹き付けてきた風とまろやかな木漏れ日に目を細めたその時だった。


「アリッサ様!」


 いつになく焦った声で、いつも冷静なフリーダが私を呼んだ。




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