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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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23/60

新たな地に向けて

 王都から地方へと繋がる街道に秋の気配を漂わせた風が吹き抜ける。僅かに木々の葉色が色づき始めた中を馬で駆けた。冷たい風が頬を撫でるけれどそれが気持ちいい。これまでに感じたことのない解放感に満たされていた。濃い霧が少しずつ晴れていくと、遠くの山々の上に朝日が顔を出した。


「わぁ! 見て、エリー! 日が昇ったわ!」


 霧が少しずつ晴れて天に青が広がっていく。山の端に日が昇ると世界が一層眩しさを増した。清々しい美しさが心の奥底にあった澱を洗い流してくれるよう。世界はこんなにも広くて美しいのね。見える山々は昨日と同じなのに、なんだか知らない世界に来たみたいに思えた。


「アリッサ様、あまりはしゃがないで。落馬しますよ」

「大丈夫よ! 私、乗馬は得意だもの」


 エリーに窘められたけれど逸る心が止まらない。お祖母様と暮らしていた頃から馬は好きだし乗るのはもっと好きだった。ちゃんと自分の馬もいたわ。王宮に戻ってからは乗る機会が減ったけれど、世話役に頼んでちゃんと手入れも調教もしてもらっていた。久しぶりに感じる風は冷たいけれど気持ちいい。


 真夜中に起きた離宮への放火と私への殺害未遂事件。火は騎士たちがすぐに消し止め、私を襲った者たちもその場で捕らえたわ。その後使用人と騎士が全ての窓を開け放って煙を逃がし、大掃除になった。幸いにも私の部屋は煙が満ちただけだったのでそのまま朝まで休み、夜明け前に起きてエリーに手伝ってもらいながら荷造りをした。そして外が白んできた頃に出立して、今に至る。


 エリーと夜中に使いを出して呼び出したマルク、ラーシュ殿とレオ、フリーダとミア、護衛騎士二人の九人で馬を駆ける。最初は馬車を勧められたけれどそれでは殿下に追いつくのに時間がかかるし、警備の面からも殿下と合流した方が安全なのは明白で、早く追いつくため馬になった。上手くいけば今日明日にでも追いつくという。私は生まれて初めての外に興奮しながら愛馬を駆った。


 王太子殿下に贈られた贈り物の数々や王家所有の宝飾品などは、別部隊によって馬車で母国へと送られることになり、荷物は身の回りの品とお祖母様の形見の幾つかだけ。必要な物は道中で手に入れればいいとラーシュ殿は言った。国境に相応の準備をして待つように指示を飛ばしてあるそうだからファーレンへの心証も守られるとも。


「アリッサ様、この先にある街で昼食にしましょう」

「もうそんな時間?」


 ラーシュが馬上から提案してきた。出立して一刻は経ったかしら? 久しぶりの解放感に疲れも空腹も感じなかったけれど……そう言われたら急にお腹が空いてきたわ。


「同胞が住む屋敷があります。そこに寄ります」

「わかったわ」


 つい声が弾んでしまう。王宮の外で食事をするのは初めてだから楽しみ。立場上、貴族家の屋敷に行くことも出来なかったから。


 暫く走ると前方に街が見えた。王都の半分にも満たない街だったけれど、活気があって賑わっていた。馬を引いて街中を進む。見る者すべてが珍しくてずっと眺めていられそう。


「こちらです」


 案内された屋敷はこじんまりとしているけれど上品で庭も綺麗に整えられていた。しっかり手入れがされているようね。お祖母様と住んでいた離宮を思い出すわ。


「ここは同胞が管理する屋敷です。王侯貴族が一般の店に行くと騒ぎになるので、このような屋敷を使うのですよ」

「そうなのね」


 知らなかったけれど納得だわ。私たち貴族が一般の店に顔を出せば民が委縮してしまうかもしれない。それに警備の問題もあるわ。毒見も必要だから簡単じゃないわよね。


「これはフォルツ公爵令息様、お待ちしておりました」


 出迎えた使用人に馬を預けているとこの屋敷の主らしき者が出てきて恭しく頭を垂れた。確かに所作がファーレン風ね。聞けば殿下も昨夜はここに寄ったという。


「殿下にはいつ追いつけるかしら?」

「昨夜のうちに早馬を出してあります。今日中には追いつくかと。伝われば殿下は待っていてくださるでしょう。早ければ明日にでもお会い出来るかと」


 皆の負担を考えると少しでも早く追いついた方がいいわね。いえ、こうして馬で駆けるのも楽しいのだけど皆の負担にはなりたくないわ。


 食事は王宮のそれとは違い、大きめの皿に色々な食事が盛られていた。それと具がたくさんのスープとパン。こんな食事は初めてで新鮮だわ。どうやって食べたらいいのかと戸惑ったけれど、エリーが順番などないから好きに食べていいのだと教えてくれた。面白いわ、こんな食べ方もあったのね。


 食事を済ませて暫くお茶を飲みながらこれからの旅程の説明を受ける。ここから一刻半ほど先にある街の屋敷に泊まるという。その屋敷は昨夜殿下が泊ったのだとか。だったら警備は大丈夫かしら?


 私が王宮を発ったことは極秘とされている。安全の面もあるし、その発端の理由が理由なだけに父は公になるのを厭うたから。兄も自分の恥になることを公言することはないはず。心配なのは母とエルリカね。だけど父も兄もエルリカの名誉のために口を噤むはず。そう願いたい。


「あの離宮にいた人たちは大丈夫かしら?」


 私たちが離れたことで父や兄がよからぬことを考えなければいいのだけど。捕らえた令息を救い出そうと無体なことを言い出さないか心配だわ。


「あの離宮には我が国の大使がおります。公爵位を持つ王家に連なるお方ですのでヴァイラント側も無下には出来ません。それに我が国の騎士も常駐しておりますし、危険を感じたら直ぐに国を去る用意は出来ております。それに、我がファーレンにもヴァイラントの大使がいらっしゃる」


 そうね、もしファーレンの大使に何かあれば、ファーレンにいるヴァイラントの大使の身が危ない。今の大使は父の叔父に当たる方で、その妻は我が国の有力貴族の出。父も無下には出来ないわね。


「だったら大丈夫かしら」

「ご案じになることはございません。ヴァイラント国王陛下も同盟の重要性はご存じでいらっしゃいますから」


 そうだといいのだけど。父は理解していても兄やあの子がそうとは限らない。そこが心配なのよね。いえ、彼らのことで思い悩むのはやめると決めたのよ。ヴァイラントのことはヴァイラントにいる彼らが考えればいいことだもの。


 少し休んだ後、再び馬上に戻った。


「アリッサ様、余裕がないので休憩は最小限にして進みます」

「わかったわ」

「それと、これから向かう先には森があります。盗賊などが潜みやすいからお気を付けください」

「ええ」


 レオが振り向いて忠告をくれた。なるほど、森に差し掛かると道は狭くなり薄暗いわ。道の脇には草木が茂っているから誰かが隠れていても気付かないわね。これはちょっと……怖いかもしれない。気を付けないと。


 山に囲まれたヴァイラントの日暮れは早い。早くしないと暗くなってしまうから仕方がない。久しぶりの乗馬で足が疲れてきたけれど弱音なんて吐けないわね。それに、見慣れぬ景色が目を楽しませてくれるから苦にならない。


 王都を離れるにつれて景色は寂しくなっていく。王都しか知らないから余計にそう感じるのかもしれないけれど、これが普通なのよね。あの場所が特別に賑やかだっただけで。街道には馬車や荷馬車、歩きの旅人が行き交い、時々牛や羊を連れた農夫が横切る。畑には作業をしている人の姿が点在している。これもまたこの国の姿なのね。物語や授業でしか見聞きしたことがなかっただけに感慨深い。


一刻ほど進むと森に差し掛かった。狭い道を一列になって進む。これ、横から襲撃されたら危ないわね。簡単にやられるつもりはないけれど、馬を襲われたら避けようがないわ。騎士を襲う者なんか滅多にいないと思うけれど。


「ラーシュ様、前方に!」


 先頭を進む護衛騎士が叫んだ。何かしら? ここからは人がいてよく見えない。徐々にスピードが落ちて終いには止まったわ。何かあったの?


「商人の馬車です。脱輪した馬車が道を塞いでいます」


 護衛がラーシュ殿に報告する声が聞こえる。エリーと顔を見合わせた。道を塞いでいるなら通れないわね。動かせるのかしら?


「仕方ない、馬車を動かそう。その前に怪我人はいるか?」

「はっ。調べて参ります」

「申し訳ありません。ですが見捨てるわけにもいきませんので」

「その判断は正しいわ。私たちは多少の無理は利くから」


 会話からしてラーシュ殿は救護を優先されるのね。怪我人がいるのなら一刻を争うから当然だわ。マルクが怪我人の手当てをし、騎士とラーシュ殿たちと一緒に脱輪している馬車を動かした。馬車は幌付きの荷馬車で思った以上に重かったのは荷物が乗っているせいかしら?  その後で騎士が外れた車輪を戻して応急処置をした。手際がいいわね、さすがだわ。


 荷馬車の主はヴァイラントの商人で、これから南西にあるロスラー公国に向かうと言った。ラーシュ殿は暫くの間、マルクと共にその商人と何やら話し込んでいた。暫く荷馬車に伴走したけれど問題なさそうなので彼らと別れた。


「ここからは休憩なしで街まで一気に向かいます」


 レオが力強く声を張り上げた。既に日は傾き始め、森を抜けた後は太陽に向かって走る形になって眩しかった。それでも、この日が沈む先にファーレンがある、そう思うと胸が躍る。暗くなると夜盗が出てくると言うから気は抜けないけれど、今は不安よりもまだ見ぬ世界への興味が勝った。





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