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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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22/65

決別

 現れたのは簡素な服にコートを羽織っただけの装いの兄だった。周りには騎士が二十人ほど囲っている。意外だわ、この人が直々にこんなところに、こんな状況で顔を出すなんて。だったら……考えたくないけれど、兄が黒幕なの? 状況から繋がった可能性に目の前が黒くなる。どんなに粗雑に扱われても、家族から死を願われるとは思いたくなかったけれど、それは甘かったのかもしれない……


「おい! バルベか?」


 兄が地面に転がっている三人に気付いて駆け寄り、それを騎士たちが慌てて追う。


「で、殿下……」


 縛られて転がされたバルベ令息が弱々しく兄に縋る目を向けると、一瞬にして兄の顔が怒りに染まって口を開きかけた。その時だった。


「ラーシュ様!! 放火犯を捕まえました!!」


 騎士の叫び声が兄の発音を遮る。その内容に怒りは驚きへと移ったようで、僅かに口を開けたまま近付いてくる騎士たちを見つめていた。


「この者です。厨房の者が火をつけるところを見ています。服の中に火石と火紙が」


 騎士が連れてきたのは後ろ手で縛られた貴族服を纏う若い男だった。バルベ令息と共にいた男たちと似た服装だから共犯者の一人のようね。火紙は厨房などで使われる火をつけるための紙で、油を沁み込ませて燃えやすくなっている。貴族の令息が持つものではないわ。ファーレンの騎士がバルベ令息たちの元に男を放り投げた。互いに身を合わせている様子から仲間と見てよさそう。


「おい、どういうことだ! 答えろ、アリッサ!」


 居丈高に叫ぶ兄だけど、この状況で私を責めるのなら兄も彼らの行動を容認していたのかもしれない。だったら……


「それはこちらの台詞ですわ」

「何だと?」


 反論されるとは思わなかったらしい。眉が吊り上がっているわ。


「わかっている範囲でお答えしますわ。まず、寝ていったところ、騎士が火事だと言って起こしに来ました。既に離宮内には煙が充満し、私はファーレンの王太子殿下が付けてくださった騎士たちと共に避難しました。その途中、急に腕を取られて部屋に連れ込まれ、襲われました。そこで転がっている三人にです。彼らは私を殺せと叫んでいました。彼らを退け、ファーレンの騎士が縛った彼らを連れて避難したところです」


 淡々と事実だけを語る。嘘を言う必要はないし、知らないことまで言及すれば足元をすくわれるかもしれない。そんな愚は犯せない。


「お、襲ったって……まさか、そこまで……」


 兄があからさまに動揺した。こんな大勢の人の前で失態もいいところだわ。これでは兄が彼らの行動を知っていたといっているも同然だもの。いえ、その可能性は少しだけ考えていたわ。そうならないことを願っていた。まさか本当になるなんて……


「お兄様は、ご存じだったのですね。彼らの行動を」

「し、知らん。俺はただ……少し仕置きが必要だと……」

「仕置き、ですか? それは私に? どうしてです?」

「そ、それは……」


 目を泳がせて言葉に詰まる。これ以上話すのはまずいことは理解しているようね。


「どちらにしろ、我が王家の所有物であり、今はファーレンの公邸として使われている離宮への放火、しかも私に対しての殺害未遂。彼らの極刑は確定です」

「馬鹿な!」


 彼らの未来を示すと兄が声を荒げ、地面に転がされた面々は「嘘だ」「そんな……」と動揺していたけれど……当たり前じゃないの。ここは王宮でこの敷地にあるものはすべて王家の所有物なのよ。


「何が馬鹿なのです? 当たり前のことではありませんか」

「だが、この程度のことで……」

「どこがこの程度なのです? 火の回りが早ければ、ファーレンの騎士が気付かなければ死人が出たかもしれないのですよ? ラーシュ殿が亡くなっていればファーレンは同盟を破棄し、開戦したでしょう。そうですわね?」


 最後に問いかけたのはラーシュ殿だった。彼はそれくらいの価値がある。王太子の覚えもめでたい第一の側近を害したとなればあちらも黙ってはいないわ。


「左様ですね。私に何かあれば父が黙ってはいないでしょう。父は同盟に賛成でしたが、そうなれば反対派に転じるのは必須。賛成派は力を失くし、開戦派の力が増せば流れは一気に加速するでしょう」


 淡々としたラーシュ殿の指摘に兄が驚きで受け止める。この人、大丈夫なのかしら? こんな簡単なこともわからないのに王になるなんて……いえ、父も似たようなものだし、重鎮たちがしっかりしているから何とかなるのかもしれないけれど……国の衰退は免れないわね。


「この者たちファーレンで預かります。よろしいですな?」

「ファーレンで……だが……」

「この離宮の敷地はファーレン国と同じ扱い。この者たちは我が国で起きた犯罪の容疑者です」


 兄もさすがにそのことは理解しているようで、青褪めさせていたけれど騒ぎはしなかった。だけど……


「そ、そんな……!」

「お、俺はただついて来いと言われただけで……」

「こんな、犯罪に加担するなんて聞いていなかった!」

「エルリカ様のためだっていうから……」

「お、おい! 黙れ!!」


 主犯格は口を噤んでいたから理解していたようだけど、共犯者の思いは違っていたらしく、口々に自分は無実だと、騙されたのだと必死だ。何も知らされずに連れてこられたようね。だけど、私だと認識したうえで襲ってきたのは間違いないわ。だったら弁明の余地はない。


 それに、エルリカの名を出したわ。あの子は何をしたのかしら? ただ泣いて同情を買っただけ? それとも私が邪魔だと匂わせた? これまでもあの子の真意はわからないままだったけれど、殺したいほど憎まれていたとは思いたくない。でも、取り巻きを諫めなかった時点で同じなのよね。王族には側近を統べる責任があるのだから。


「ラーシュ様、鎮火しました!」


 重い沈黙の中、その知らせは光に見えた。


「怪我した人は?」

「え? あ、大丈夫です。煙を吸って気分が悪くなった使用人が一人いますが……」


 私が話しかけると思わなかったのか、騎士が戸惑いながら答えた。困らせてしまったわね。だけど原因の一端は私にあるだけに誰にも辛い目にあってほしくなかった。


「建物内の確認を! 他に不審な者が入り込んでいないか確かめろ!」

「はっ!」


 ラーシュ殿が檄を飛ばす騎士が弾けるように走り去った。その先で他の騎士に話しかけた後、その場に集まっていた騎士と共に建物に向かっていった。


「アリッサ様、急ではございますがファーレンに向かいましょう」

「え?」

「なんだと?」


ラーシュ殿の言葉に戸惑う。この時ばかりは兄と意見が合った。


「我が王太子殿下はアリッサ様の御身が危険に晒された場合、速やかにファーレンに向かうよう命じて行かれました。この事案は十分該当すると判断しました」


 思いがけない言葉に一層困惑が深まる。ファーレンにって……殿下が別れ際に言っていたのはこれのこと? こうなるとを予想していらっしゃったと?


「おい、待て! アリッサは我が国の王女、勝手な真似は……」

「ヴァイラント国王陛下の許可はいただいております。書状もこの通り」


 懐から取り出されたのは我が国の公文書に使われる用紙だった。松明の明かりではっきりとは見えない。ラーシュ殿に渡されたそれには確かにそのような記述があり国王の印も押されている。紛うことなき公文書だわ。横から兄が文書を奪い、食いつくように文字を追う。徐々に目が開き表情が歪んでいく。


「ち、父上が……こんな……」


 文書を持つ手が震え、声は力無く掠れていた。ことの重大性を理解したらしい。もし本当に私が準王族の地位を得ているなら、他国の王族の殺害未遂。それはただの婚約者とは天と地ほどの差がある。


「アリッサ様は我が王太子殿下と婚約が決まった際、我が国の準王族の地位を賜っていらっしゃる。そのお方を害する意味がお分かりか?」


 ファーレン国人が冷ややかに見守る中、兄もその学友も一言も発しなかった。発せなかったと言った方が正しいかしら? 私もまだ信じられないわ。どうしてそこまでする必要があるのかしら? この件は重大な違反にもなり得るから同盟と婚約の破棄だって出来るのに。


「アリッサ様、騎士が離宮の確認を終えましたら朝までお休みください。夜明けと共に出立いたします。今から殿下に追いつくことも可能でございますれば」

「ええ……」

「おい! 勝手なことをするな!」


 この期に及んで兄が止めに入ったけれど……


「だったら、何故止めなかったのですか?」


 そう問うと目を見開いて私を見下ろした。


「……私は、ただ……」

「ただ、なんです?」

「ちょっと脅す程度だと思ったのだ。調子に乗っているお前を諭すにはちょうどいいと。まさか本気で命を狙うなどと……」


 呆れたわ、そんな認識だから周りが調子に乗るのに。それに、私のことなど家族ともなんとも思っていないのね。そんな気はしていたけれど、こうもはっきりと突きつけられるなんてね。


「そうですか」

「な、なんだ?」

「さようなら、お兄様。私のことはいない者と思ってくださって結構ですわ。これからも妹はエルリカ一人だとお思いください」


 そう告げると兄が目を大きく見開いたまま固まった。


 だけどもう、彼らに期待するのは終わりにするわ。私は私を大切にしてくれる人と生きて行くから。




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