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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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21/60

襲撃

 ミアの声に身を起こす。椅子に掛けて寝ずの番をしていたフリーダもすぐに立ち上がった。


 この離宮は二階建てで、一階にはホールと応接室、更には厨房や使用人たちの部屋がある。二階は主寝室と執務用の部屋、客間が並び、私は奥にある主寝室を使っていた。外も内もファーレンの騎士が固く守っていたのだけど……


「火事って……」

「煙が立ち込め始めています。とにかく外へ出ましょう!」


 ミアが言うように周辺には焦げ臭い臭いが漂っていた。


「アリッサ様!」


 エリーがいつものお仕着せのまま飛び込んできた。彼女も有事に備えていたのね。私もだけど。


「階段は? 降りれそう?」

「出てみないことには何とも」


 ベッド脇に置いてあったショールを羽織り、燭台を持つミアの後を追う。扉が開かれると一気に焦げた臭いが襲い掛かってきた。でも熱は感じない。まだ火は近くまで来ていないようね。


「フリーダ!」

「兄様! ラーシュ様も」


 いつもは冷静なフリーダの声が上ずっていた。


「ひとまず外に出ましょう。確認はそれからです」


 ラーシュ殿の言葉に頷き、廊下に出る。ミアの燭台の灯りを頼りに階段に向かう。ここが燃えていたら窓から飛び降りるしかないけれど……どうやら無事のようね。先導するのはラーシュ殿で、ミアとレオが私の両脇を囲み、後ろにエリーとフリーダが続く。


「煙が……!」


 一階も煙で満ちていた。ハンカチを手に当て身を低くして煙をやり過ごしながら進む。燭台の灯りも煙で薄まって近くでないとわからないわ。まだ移ったばかりなのもあって勝手がわからない。出口はどこかしら? 最悪窓があればいい。一階なら出るのは容易いはず。


「こちらです!」


 大きな声が私たちを呼んだ。聞き慣れないけれど男性のもの。ファーレンの騎士かしら? 燭台の灯りを頼りに進む。既に世界は白く曇り、近くにいるはずの人の姿も霞んでいる。その時、誰かに腕を掴まれた。


「っ!」


 力いっぱい握られて痛みに悲鳴が出そうになった。不自然な姿勢のせいで踏ん張ることも出来ず引っ張られる。


「アリッサ様!?」

「殿下!?」


 腕を掴む主が走り出した。エリーたちの私を呼ぶ声が遠ざかっていく気がする。これはまずいわ。


「大丈夫だから先に逃げて! 離しなさい! 無礼者!」


 エリーたちに呼びかけた後、腕の主を怒鳴りつける。たけれど止まらなかった。急に曲がった後、バタンと荒々しく扉が閉まる音がした。どこかの部屋に連れ込まれたらしい。まずいわ……


 煙でその姿ははっきり見えずとも腕を掴む手は見えるる。髪飾りを抜いて飾りの方を思いっきりぶつけると相手の結束が緩んだ。その隙を逃さずに腕を振り払った。


「痛っ!! くそっ! この女を殺せっ!」


 命じる声に背が凍る。一人じゃなかったのね。だけどこの煙では何人いるのかもわからない。いつも服の中に隠し持っている短剣を取り出す。火事は陽動だったのね。煙の影響を少しでも減らすため身を屈め、神経を研ぎ澄ませて相手の動きを探った。はっきり見えなくても煙の動きなどから相手の動きはわかるし、幸いにも足元の煙は薄いから近付けば足も見えるわ。


「死ね!!」


 叫び声と共に煙が動いた。最初に対峙した男の左右から同時に襲い掛かって来る。振り下ろされた刀身は鋼色だった。右側の剣を短剣で受け止める。左側の斬撃を躱し、受け止め先を失って前のめりになった男の首の後ろを短剣の鞘で叩くとそのまま床に崩れ込んだ。身体の向きを変え、押さえつけてくる剣を短剣で振り払い、脛を思いっきり蹴る。痛みに男の野太い悲鳴が上がり床を転げ回った。相当痛いでしょうね。この靴は丈夫に造られているから。


 それにしても……真剣ってことは脅しでもなんでもなく本気ってことね。だったら手加減は無用だわ。煙も吸っているし早く終わらせないと。


「おい! 何やってるんだ!!」


 二人の失態に主犯の男が怒鳴り声をあげた。どうやら他の仲間はいないようね。煙が、空気が動く。言葉にならない罵声を上げながら突っ込んできた。予想通り襲い掛かって来た剣を払う。怪我をした手で繰り出された一撃に力はなく、懐に飛び込んで鳩尾を柄で思いっきり突いた。


「ぐえっ!」


 鈍い悲鳴を上げて男が倒れ込み、胸元を抑えていた身にのたうち回った。痛みに歪む顔は……見知った者だった。やっぱりとの思いが湧き上がる。その直後、乱暴に扉が開く音がした。


「アリッサ様!?」


 探しに来たエリーに声を掛けられた。聞き慣れたその声に湧き上がっていた嫌な感情が薄れる。


「エリー!」


 姉とも慕う彼女の無事な姿に安堵が胸に満ちた。


「アリッサ様! ご無事で!! え? こいつらって……」

「私を引っ張っていったのは彼らよ。火をつけたのも」

「何ですって!!」

「怒るのは後。外に出るのが先よ」


 怒りに燃えそうなエリーを宥めた。煙が酷くなっている。逃げるのが先だわ。


「レオ!」

「はいはい」


 ラーシュ殿が名を呼ぶとレオが彼らの元に進む、その後ろをフリーダとミアが続く。どこから取り出したのか縄であっという間に彼らを後ろ手に縛ると、一番身なりのいい主犯の男に剣を突き付けた。


「ここで死ぬか、大人しくついてくるか。どっちがいい?」

「おっ、大人しく……」


 凄むレオに主犯の男は顔を青褪めさせて震えた声で答えた。意外に気が小さかったのね。それでよくこんな大それたことをしでかしたわ。もっとも、今ここで助かったとしても王女の襲撃は大罪、処刑以外の未来はないけれど。


「話は後よ。外へ!」


 さっきよりも煙が濃くなっている。ここにいては危険だわ。離宮の勝手を知るラーシュたちのお陰で程なくして外に出られた。新鮮な空気が美味しい……外は暗闇だけど、あちこちに燭台や松明を手にした者が見える。ファーレンの人たちね。


「皆大丈夫? 煙で気分が悪くなっていない?」


 火事は火そのものよりも煙の方が危険だと聞いた。幸いにも気分が悪くなった者はいなかった。


「他の人たちは?」

「この離宮にいるのは使用人と騎士です。今頃責任者が確認しているでしょう」

「そう。ならいいけど」


 統制が取れているようだから心配ないかしら? だったら……


「さて、どういうことか説明していただきましょうか。バルべ侯爵令息」


 後ろ手に縛られて庭に転がされた三人をラーシュ殿たちと囲む。松明を手にした騎士がやってきて彼らの姿が浮かび上がった。貴族服に身を包んだ主犯の姿は普段通りで、他の二人はそれよりも質の低い服だから部下か分家の令息辺りかしら? 顔を見たことがないから下級貴族のようね。


 バルべ侯爵令息は知っているわ。エルリカの取り巻きの一人で、兄の学友でもあった人。エルリカに心酔して婚約者を蔑ろにし、相手を怒らせたことで廃嫡され、元婚約者は彼の弟と婚姻している。今は文官になってあの子付きの文官に名を連ねているけれど……


「エ、エルリカ様のためだ。貴様のせいでエルリカ様はファーレンの王太子と結ばれず泣いていらっしゃるんだ!!」


 やっぱりとの思いよりも、稚拙な行動に頭が痛くなった。こんなことをしたらエルリカの名誉に傷がつくだけなのに……だけど彼らしいともいえるわね。婚約破棄された時、両家の話し合いの場で元婚約者に激昂して襲い掛かったと聞くわ。だったら今回の行動も納得だけど……こうなるとバルベ侯爵家にも類が及ぶかもしれない。


「この厄介姫が!! 不吉な色持ちが王女であることがおかしいんだ!!」

「何ですって!!」


 その言葉に心が冷たい底なし沼に沈みかけたけれど、エリーの怒りがそれを押し留めた。


「祖母を、その血を引く父や兄妹を侮辱されるのですね」

「な……!」


 どうしてそこで言葉に詰まるのかしら? 父も兄も姉もエルリカも、お祖母様の血を引いているのに。


「そんなつもりは……不吉なのはお前だけで……」

「私に祖母の色が出たのは偶然です。ですが、父も叔父たちも、兄に姉、エルリカも祖母の血を引いています。色が出なかったのは偶然です」


 祖母を厄介だというのなら今の王家も同じなのよ。


「父は私を実子と認めています」

「そん、な……」


 どうしてそこで疑問符が付くのかしら? そうでなかったら王宮で暮らしていないし、王太子殿下との婚約も成らなかったわよ。


「王家が所有しファーレンの管轄になっている離宮に火を放ち、王女の殺害未遂。処刑は免れない大罪です。あなた一人で背負い切れますの? ああ、共犯の二人も」


 そう告げると身を震わせて呆然とした表情でこちらを見上げたけれど、どうして驚くのかしら? 当たり前のことでしょうに。


「おい、これは何事だ!?」


 彼らの返事を待っていると、別方向から険しい声が飛び込んできた。



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