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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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20/60

見送り

 舞踏会の余韻を残したままあっという間に日は過ぎ、殿下が帰国される日を迎えた。我が国とファーレンは片道だけで一月近くかかるし、彼も王太子としての務めがあるから長居する余裕はない。半月に満たない滞在だったけれど彼との交流は楽しく、出立が近付くにつれて気持ちが沈んでいくのを自覚せざるを得なかった。


 結局、予想通り舞踏会の後は話をする間もなかったわ。昨日は最後の晩餐会があったけれど私的な話など出来なかったし、毎日あった交流の時間もなかった。呼ばれなければ会いに行くことも出来ない我が身にもどかしさが募る。


 それでも殿下の心遣いは感じられたわ。翌日から護衛として男性騎士が一人増やされていた。レオと名乗った騎士はフリーダと同じ家名を名乗り、驚く私にフリーダの兄だと笑顔で答えた。涼やかなフリーダに反して、明るくて人懐っこそうな人柄に好感を覚える。ラーシュ殿が冷たい雰囲気で話しかけ辛く感じていたのもあったかもしれない。


「うわぁ、本当に水色の髪だ。すっげぇ綺麗」

「兄様、王女殿下に馴れ馴れしい態度は控えてください」

「え? あ、ああ、失礼した」


 私の髪色に驚いた彼が距離を詰めてきたけれど、直ぐにフリーダがぴしゃりと釘を刺す。それに気を悪くした風もなく謝るレオに二人の仲の良さを感じた。同じ兄妹でもこんなに違うのね。私が兄とこんな風に接するなんて……想像も出来ないわね。軽く頭を振ってあり得ない未来を振り払った。




 殿下の出立は早朝。三方を山に囲まれたヴァイラントの日の出は遅いけれど、周囲は白い朝を迎えていた。私も見送りのために兄や重鎮ら、ラーシュ殿たちここに残るファーレン人と共に殿下の元に向かった。


 立場上、上の地位の両親は来ないのが慣例だけれど、意外にもエルリカの姿もなかった。昨夜行われた殿下のための晩餐会は未成年だから出席の資格はなかったけれど、あれだって両親に頼み込んで出てくるだろうと思っていた。それだけにあの子らしからぬ行動に小さな不安が過った。まさか恋煩いで寝込んでいる? いえ、あり得ないわね。それよりも拗ねて不貞腐れている可能性の方が高そうだもの。


 一方の兄は相変わらず尊大な態度で、私の挨拶も黙殺して視線を合わせようともしなかった。舞踏会でのことをまだ根に持っているのね。いつものことだし、それもあと半年の我慢だと思えば気にならない。それに今はラーシュ殿たちが傍にいるようになったわ。彼らとの関係はまだ手探り状態だけど、女性二人は親しく声をかけてくれるからそれだけでも心強かった。


「アリッサ殿、困ったことがあったらラーシュに言ってくれ」

「ありがとうございます。殿下もどうかお気をつけて」

「ああ。いざとなったらファーレンへ。手は打ってある」


 最後の言葉は身体を傾けて私にだけ聞こえるような小声だった。それだけのことなのに距離の近さに頬が火照る。嫌だわ、顔が赤くなっていないかしら。それに、手を打ってあるって……


「殿下、お時間です」

「ああ、今行く。アリッサ殿、再会を楽しみにしている。ラーシュ、頼んだぞ」


 無言で頭を下げるラーシュ殿に笑みを浮かべて頷き、馬車に乗り込んだ。


「出立!」


 護衛騎士の号令を受け、ファーレン王家の家門が入った重厚な馬車がゆっくりと走り出す。側近や護衛騎士に守られながら、殿下は色づき始めた木々が並ぶヴァイラントの王宮を去った。遠くなる一向に何とも物憂く感じるのは景色が冬に向かっているせいだと思いたいわ。馬車が角を曲がって見えなくなるまでその姿を見つめた。




 殿下が去った後、私は殿下が滞在していた離宮に移動した。ここでファーレンに発つまで過ごし、王太子妃としての教育を受ける。純潔を守るための監視でもあり、ファーレン人以外の出入りも厳しく制限されるという。最近では数年前にロンベルク王国に嫁いだ長姉がここで過ごしていた。


それはそうとして……


「ねぇ、エリー、あの子が見送りに出てこなかったのだけど、どう思う?」


 移動を終えた後、お茶をいただきながら胸に引っ掛かっていたことを尋ねたのは、唯一この離宮への出入りを許されたエリーだった。向かいの席にはラーシュ殿が座り、近くにはミアとレオが立つ。そんなことを口にしたのは王宮を出た安堵感もあったかもしれない。あそこでは誰が聞き耳を立てているかわからなくて息が詰まりそうだったから。自国の者よりも去年まで敵だった人たちの方が気を遣わずに済むなんて皮肉なものね。


「変に決まっているじゃないですか。晩餐会だって無理やり参加するかと思っていましたもの」

「諦めたと思う?」

「う~~ん、どうでしょう……あの方、ああ見えて執念深いからなぁ。それはないと思いますよ。ほら、王太后様の形見の腕輪だって、十日も粘って手に入れたじゃないですか」


 そんなこともあったわね。お祖母様の遺品はたくさんあったけれど、殆どは母や姉妹が持って行ってしまった。私に残されたのは実用的な―つまりは防具も兼ねた装飾品ばかりで、その中でも唯一見目のいい腕輪もあの子が両親や兄に泣き落としをして取られてしまったわ。もっともそれも、すぐに飽きて捨てられそうになったのをエリーの母親が見つけて取り戻してくれたのだけど。それでもお祖母様の遺品は、私には両手の数ほども残らなかった。


「何か企んでいるのかも。アリッサ様、お気を付けくださいね」


 エリーはそう考えるのね。家族の私への振舞いに私以上に憤ってくれている。いつ爆発して両親や兄に食って掛かるかと心配だけど、そうなれば私の傍にいられないからと我慢してくれていて、時々掌に爪の跡が赤く残っているもの。それだけにあの子への怒りは深く強いのよね。


「なるほど、エリー殿がそう言うのなら一層の警戒が必要ですね」


 静かに、でも優雅な所作でお茶を飲んでいたラーシュ殿が口を開いた。傍に立つ二人も頷いているのが視界の端に映る。


「日中は人目もあるので滅多なことはないでしょうが、夜はお気を付けください。我らもいつでも動けるように備えておきますので」

「……ありがとう」


 話題を間違えたかしら? 余計な負担をかけてしまったかもしれないわ。殿下は私を害する可能性を本気で案じていらっしゃったけれど、さすがにあの子を選ばないとはっきり仰ったし、もうここにはいらっしゃらないから何も出来ないと思うのだけど……


 いえ、わからないわね。あの子の取り巻きの一部は婚約者や妻を蔑ろにしてもあの子に侍っている。兄がお義姉様よりもあの子を優先するのに倣うように。それは傍から見ても過剰に見える。お義姉様の実家が抗議してもどこ吹く風だから、誰も何も言わないけれど。


「それにしても、どうしてあの方ばかり優遇するのでしょう?」


 ラーシュ殿が不思議そうに尋ねた。私を生んで不義を疑われた母。その反動なのかあの子への愛情は異常なほどで、姉ですら不満を口にしていたくらい。例外と言えば父、かしら? 王という立場もあってか母や姉ほどではないような気がする。それでもあの子を優先するのは変わらないけれど。


「私からは何とも。ただ、私を生んだ時、この髪色で不義の子だと責められたため母は王家の色を持って生まれたあの子を溺愛しているのだと、そう思っていましたわ。世間もそのように言っておりますし」


 正直、正面から尋ねたことはなかった。物心ついた時にはお祖母様の元にいたし、亡くなった後は既に疎遠で聞こうという気も起きなかったのもあるわ。


「ヴァイラント王家にも、秘密がありそうですね」


 ラーシュ殿が零した一言に思わず彼を見つめた。


「秘密、ですか?」

「ええ。どこの王家にも少なからずありますが、歪な関係にはそれだけ人に言えぬ事情が隠れているものです」


 まさかと言おうとしたけれど、それは形にはならなかった。彼の言うことはもっともだと思ってしまったから。確かにその通りなのよね。母は嫡男で次期国王の兄よりもあの子を大切にしている。もちろん、兄はその立場故に父が教育にも関わっているから母の手が及ばないところも多いのだけど。


「なんにせよ、警戒をお忘れになりませんよう。ミア、当分の間夜はフリーダと共に寝ずの番を。日中は私とレオが控える」

「かしこまりました」


 いつも明るい表情のミアが表情を固くして一礼した。二人が寝ずの番だなんてさすがに大げさではないかしら? 


「そう言えば、別れ際に殿下が手を打ってあると仰っていたけれど、何かなさったの?」


 ラーシュ殿に聞こうと思っていたのよね。どういうことかしら? 私に関することなら聞いておきたいのだけど。


「殿下がお気になさることではございませんよ」


 返ってきた答えはそれだけで、その表情からはそれ以上応える気はないのが窺えた。そうね、何も私に関することだけではないわよね。一番優先すべきは同盟の継続だし、その件かもしれないし、その可能性の方が高そうよね。




 その日の晩から、フリーダとミアが私の寝室の入口と寝室の中で寝ずの番をすることになった。エリーも気にして部屋に備え付けられている使用人用の小部屋に詰める。いつもと違う部屋になかなか寝付けなかった。殿下は無事宿に着かれたかしら? 次にお会いできるのは半年以上も先なのよね。それまでが長く感じられる……寝返りを打ったその時だった。扉が開いてミアが顔を出す。


「フリーダ! アリッサ様! 火事です!!」


 ミアの押し殺した叫びが静寂を切り裂いた。




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