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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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近付く帰国

 兄の後姿を見送った。相変わらずエルリカには甘いのね。お義姉様やその実家のヘンゼルト公爵家との関係が危うくなっているのに、どうしてそこまであの子を庇うのかしら? そのせいで下世話な噂も流れているのに。父も母もそのことを知らないのかしら? 一体どうなっているのかしらね。


 それにしても……殿下がいらっしゃる前であんなことを言い出すなんて、どうかしているとしか思えないわ。それとも、何か理由があるのかしら? 彼らとは私的な話をしないからわからないわ。


「申し訳ございません」


 謝らなくていいとは言われているけれど、さすがに知らぬ顔も出来ないわ。恥ずかしいけれど血の繋がった家族なのだから。


「あなたが謝ることではない。とはいえ、割り切るのも難しいだろうな」


 そんな風に言ってくださるのね。もし気が短い方だったら激昂して同盟すら危うくなる可能性もあるのに。だけど……


「そう言っていただけると、助かります」


 それが本音ではなかったとしても、そう言ってくださるのは有り難い。


「そろそろ戻るか」

「ええ」


 このままここで時間を潰したいけれど、今日は私たちが主役だからそういうわけにもいかないわね。気が重いけれど殿下が一緒ならあからさまに私を蔑む者はいないはず。


 会場に戻ると熱気と様々な匂いが一気に押し寄せてきた。苦手なのよね、香水やお化粧、料理やお酒が混じった匂いは。それでも耐えて笑顔を保つしかないわ。殿下だってにこやかな表情を崩さないでいるのだから。


「これは、王太子殿下」


数歩歩いただけで四方から声がかかった。皆、私たちが出てくるのを待っていたようね。薄い笑顔を張り付けて殿下の動きに合わせる。


「ファーレンでは交易が盛んだとか。是非我が家との取引をお願いしたい」

「我が家の絹織物は高い評価をいただいております。ぜひ殿下に献上いたしたく……」

「珍しい品を扱っていらっしゃると聞いております。どうか我らにもその一端なりと……」


 同盟が結ばれれば交易が一層盛んになるわ。目敏い人たちはこの機を逃すまいと必死になるのは当然よね。方々から売り込みの声がかかる。それにしても……


「いやぁ、王太子殿下は博識でいらっしゃる」

「真に。我が国の特産品にもお詳しいとは」


 殿下を持ち上げようと必死だわ。些細なことでも大袈裟に褒めて気を引こうとしているのね。でも、殿下は思慮深い方だからそんなおべっかは逆効果だと思うのだけど……殿下は笑顔で応対しているから気付かないのかしら?


「いや、この国に関してはアリッサ殿から教わったのだ」

「ア、アリッサ様からですか……」


 思いがけず名を呼ばれて笑顔が固まりそうになった。ここで私の名を出されるの? 貴族たちが何とも表現のしようのない顔で私を見る。私などが何をしていると言いたげね。


「ああ、まだ我々は知り合ったばかり。交流の時間を取ってはいるが中々話が弾まなくてな。それで互いの国について教え合っているのだ。アリッサ殿の説明はわかりやすくためになる。聡明な妻を得られるとは私もファーレンも幸せ者だ」


 ちょっと褒めすぎじゃないかしら? 貴族たちも戸惑っているけれど……


「さ、左様ですか……」

「ああ、貴殿の領は……確か羊毛品が特産らしいな。ロスラー公国から取り寄せた新種の羊の質はどうだ?」


 そんなこと、覚えていらっしゃったの? あれは部屋にあったクッションの素材を尋ねられて答えただけなのに。


「なんと! 殿下はそのことまでご存じでしたか。さすがでいらっしゃる」

「ああ、それもアリッサ殿から教えてもらったのだ。ロスラーは我が国とは殆ど交流がないだけに、非常に興味深い話だった」


 そ知らぬ顔で会話を続けているけれど、さすがに褒めすぎだわ。これでは後でしっぺ返しがありそうで不安になるのだけど……抗議の意を込めて腕を掴んでいる手に力を込めた。途端にこちらを見て気まずそうに眉を下げた。気付いてくださったのならいいのだけど。


 それからは当たり障りのない会話が続いた。時々心無い言葉が流れてきたけれど、いつもに比べれば少なかったわ。さすがに『血濡れの王太子』と噂されている殿下の機嫌を害するようなことは避けたようね。エルリカですら拒絶されたから一筋縄ではいかない相手だと理解したのならいいのだけど。


 会が終わると殿下が部屋まで送ってくださった。申し訳ないわ、殿下だって慣れない異国での催し物でお疲れになったでしょうに。


「アリッサ殿」


 部屋までもう少しというところで名を呼ばれた。どうかされたかしら?


「少し話さないか?」

「え? ええ、構いませんが」


 明日ではだめということかしら? いえ、殿下は明後日には帰国されるから明日交流の時間が取れるのかもわからないのだけど。だったら……


「では、私の部屋でお茶でもいかがですか?」


 使用人や護衛が一緒なら問題ないわよね。今日の舞踏会でどう思われたかも聞いてみたいし。私に割り当てられた部屋の応接室へと殿下を案内した。私の住むエリアは家族と離れているし、さすがに今日はもうエルリカが押しかけてくることもないはず。エリーに頼んでお茶を淹れてもらった。好みの香りに緊張が解れる。


「アリッサ殿、俺は明後日には国に戻る」

「はい、そう伺っておりますわ。どうか道中お気をつけて」


 毎日話をする相手が出来て楽しかったけれど、もう終わりなのね。次にお会いするのは半年以上先になる。それを思ったら胸の中が急に寒々しく感じられた。


「ああ。本当はあなたを連れて戻りたかったが、さすがにそういうわけにもいかない。どうか気を付けられよ」


 紺碧の瞳が真っ直ぐに私を見ている。そうね、ご一緒出来たら楽しい旅になったような気がする。それにしても、その真剣な表情から本当に家族が私を害するとお考えなのね。喜んでいいのか、悪いのか……何とも複雑な気分だわ。


「今日の妹御を見て哀れと思い、願いを叶えようと動く者が出てくるかもしれん」

「そこまで仰いますか」

「兄君の態度を見れば不安しかないが?」


 困ったわ、そう言われると何も言い返せないわね。確かに兄の妹への態度は度が過ぎているもの。そして怖いのは兄の友人でありエルリカの取り巻きでもある者たち。高位貴族だから権力も財力もあるだけに、人を使って私を襲わせることも可能よね。それであの子の歓心を得ようと考えてもおかしくないわ。


「あなたの警護を強める。残す護衛を増やすことにした」

「護衛を? ですが、そんなことをしては殿下が……」


 道中の守りが薄くなれば殿下が危険だわ。この国を出るのに半月はかかる。その間に何かあったら……


「俺のことは心配無用だ。連れてきているのは俺が認める精鋭、一人で十人分の働きはするぞ」


 さすがにそれは大げさだと思うけれど……どうしてそこまでしてくださるの? 殿下ならいくらでも他に相手を見つけられるでしょうに。私にはそれほどの価値はないわ。それとも、何かお考えがあるのかしら?


「それと…………」


 何かしら? 顎に手をやって何かをお考えのようだけど……


「いや、それよりも妹御の初恋の相手だが、心当たりはないのか?」


 何を言おうとなさったのかしら? でも、尋ねていいのかわからないわね。それよりも……


「あの子のですか……そう、ですね。黒髪で、あの子と年が変わらないということくらいしか。これまでも何人かが名乗り出てきましたが……」

「違ったか?」

「ええ」


 皆我が国の上位貴族の子息だったけれど、黒髪にしては色が薄かったり年が合わなかったりで、残念ながら別人だった。もっとも、あの子の記憶だけが頼りだし、容貌も変わっているだろうから本人だったとしてもあの子が認めなければ意味がないのだけど。


「何か、お心当たりが?」

「今のところはない。だが黒髪を持つ王族もいるから、その辺りに噂を流そうかと思っている」

「噂を?」

「ああ、他国の者なら妹御が探していることを知らぬ可能性もある。もし心当たりがあれば名乗り出てくるかもしれん」

「それは、そうですが……」


 確かにその可能性はあるかもしれない。縁談を断っているけれど詳しい特徴などはあの子以外知らないのだから。


「もし妹御のお眼鏡に叶う相手が現れれば幸いだろう? 仮に本人でなくてもだ」


 確かに仰る通りかもしれない。殿下と同じくらいの条件でちやほやしてくれる相手だったらあっさりそちらに乗り換えそうよね。あの子にとっても甘やかしてくれる相手の方がよさそうだし。


「わかりましたわ。殿下のよろしいように」


 これであの子の興味が他に逸れるのなら有り難いわ。さすがにこの先、一人で春を待つのは長すぎるもの。



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