厄介者の王女
唐突な質問は珍しく核心を突いていたけれど、その言葉に私への愛情は感じられなかった。あるのは罪悪感と後ろめたさ、そして疑念かしら?
「まさか。そんなこと、思いもしませんわ」
「だが、お前を不貞の子だと疑って遠ざけたのはわしだ」
意外だわ、自覚があったのね。今までそんな素振りは少しもなかったのに。いえ、交流がないから気付かなかったのかもしれないけれど。実際、私が父と顔を合わせるのは朝食の時だけ。これは多忙な中でも一日に一度は家族が顔を合わせるようにと代々受け継がれている決め事の一つ。それも公務があればそちらが優先されるし、その場で私が会話に加わることも話を振られることもないけれど。
そして私が不貞の子と疑われたのは貴族なら誰でも知っていること。金髪碧眼の父と、淡い茶の髪と灰青色の瞳を持つ母の間に生まれた私は水色の髪と瞳を持って生まれた。そのせいで母は密通を疑われ、暫くの間療養という名目の元、離宮へと閉じ込められたという。
幸いにも母が父以外の男性と二人きりになることはなく、また父方の祖母は水色の髪を持つ亡国の王家の末裔だったこと、母の周りで水色の髪を持つ者がいなかったのもあり、疑いは晴れた。けれど王家の色を持たなかった私は価値がないと見做され、両親や臣下から顧みられることなく育った。
「それも一国の王であれば仕方のないことですわ。王統を、血を守る義務が陛下にはおありですから」
王家にとって血統は何よりも重要なことだから仕方がないわ。それに疑われて酷い目にあったのは私よりも母ではないかしら? 物心つく前のことだから覚えていないけれど。その母はエルリカを溺愛して私には見向きもしない。
「私に思うところはございませんわ。それにお祖母様からは王女たる者、国益のために尽くすのが生きる道だと教わりました。大好きなお祖母様と約束しましたの、立派な王女になると」
これもまた紛れもない事実。滅んだ王朝の末裔だったお祖母様は美しく気高く、淑女の中の淑女と讃えられた方。そして、王宮で誰にも構われずにいた私を引き取って慈しんでくださった、唯一身内だと思える方だった。
「母上の……」
父が呟いた。その声にはさっきまでの居丈高さはなかった。完璧と讃えられたお祖母様に父は頭が上がらず、それは亡くなった今も変わらないらしい。むしろ
「はい。お祖母様は私の目標であり憧れなのです」
これは紛れもない真実。私を育ててくれたお祖母様は誰よりも身近で大切な人だった。私の心の拠り所だったお祖母様亡き今、この国に何の未練もないほどに。父は私がそんな風に思っていることすらご存じないでしょうけれど。
父の視線が私から離れない。私の真意を測っているのかしら? だけどそうなるのも仕方がないわ。私と家族の間に温かい何かが存在したことなんてないから、何か企んでいると思われても仕方がない。悲しいけれどそれが現実だわ。
「お前の気持ちはわかった」
そう言うと父は手を振った。これで話は終わりってことね。流石にこの場で結論を下すことは出来なかったらしい。仕方がないわ、今回は私の真意を聞きたかっただけのようね。まだ何も決まっていないようだし、却下されなかっただけマシかしら? だけど……どうして私がこんなことを言い出したのか、考えてくれるなんてことはないのでしょうね。
執務室を辞して王宮の回廊を進み、自室のある奥宮へと向かう。遅い春の訪れを迎えた庭は新緑と春咲の花々で賑わっていた。その花々にささくれ立っていた心が和む。その時、庭から人の話し声が聞こえた。
「お気の毒なエルリカ様。悪魔のような王太子に嫁がねばならないなんて」
耳に入った名前に思わず足を止めた。声のする方に視線を向けると、若い令嬢が数人集まっている。間には生け垣があって向こうからはこちらが見えない上、あちらもまた若さ故か周囲に気を配る配慮に欠けているらしい。声量は落としているけれど王宮で私語だなんて随分と迂闊ね。
「こんな時こそ、あの方の出番でしょうに」
「まったくですわ。どこからも縁談の来ないあの方こそぴったりでしょうに」
「ですが、出来損ないを彼の国が受け入れるかしら?」
「そうね。滅んだ王朝の色ですもの。難色を示すかもしれませんわ」
どうやらあの一団はエルリカに心を寄せるご友人らしく、私に代わりに嫁げと言いたいらしい。声を潜めているのは父が私を実子と認めていることと、この色が父の母―王太后から受け継いだ色だから。滅んだ王朝の色など不吉だと言う者は一定数いるからそう言われるのは仕方がないと諦めているけれど、公になれば不敬罪にも問われるのに。
「アリッサ様……」
心無い言葉に、私付きの侍女のエリーが名を呼んだ。怒りに今にも爆発しそうな表情をしているけれど、相手にする価値もないわ。あの子の威光がなければ何も出来ないし、その威光だってどれほど力があるのか疑わしいから。
「放っておけばいいわ。私に手を出すなんて出来ないもの」
「ですが……エルリカ様もあんまりですわ。あの者たちを諌めないなんて……」
エリーの怒りももっともだけど、きっとエルリカにそんな発想は存在しないわ。あの子はいつだって誰かが何とかしてくれると思っているし、それを当然だと疑わないから。
「腹を立てればお腹が空くし、気分も悪くなって損するだけよ」
「もう、アリッサ様ったら!」
「ふふっ、ありがとう。エリーの気持ちが嬉しいわ」
「アリッサ様はお人が良すぎるのですわ」
エリーが未だ憤慨しているけれど、私は彼女が言うような善人ではないわ。父への進言もあの子のためじゃなく自分のためなのだから。
心無い言葉に鬱々とした日々をひと月ほどやり過ごした頃、変化が訪れた。それは家族が唯一集う朝食の時間だった。
「アリッサ、お前をファーレンに送る。心して臨め」
食事を終え、お茶を嗜んでいたその時だった。父から重々しく告げられた言葉は私が待ち焦がれていたものだった。母は静かに目を伏せ、兄が眉間に皺を寄せ、エルリカはパッと顔を上げて表情を輝かせる。でも次の瞬間、私の存在を思い出したのか、神妙な表情を浮かべた。わかりやすい子ね、だけどこれでは他国に嫁ぐのは難しいわ。
「承知いたしました」
微かに笑みを浮かべて父の言葉を受け取ると、身体のこわばりが解れるのを感じた。知らないうちに緊張していたみたいね。不安よりも解放感と爽快感が勝り、ようやく私の心にも春が訪れてくれたような気がした。これで空気のように、腫れ物のように扱われる息苦しい日々が終わるわ。それに比べたらファーレンでの苦難も大したことではないように思えた。
それに、未だに過去の栄光に縋るばかりで変化を受け入れない父や兄にはうんざりしていたわ。エルリカを溺愛し、女は黙って従うのが美徳だと信じて疑わない母にも。そして自分の望みは全て叶えられて当然だと疑わず、自分の我を通すのが当たり前だと信じ切っているエルリカに。あの子のせいで私がどれほど嫌な目に遭い、たくさんのものを失ってきたことか。あの日のことだって未だに忘れられないわ……




