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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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もたらされた縁談

久しぶりにこちらに投稿します。

よろしくお願いします。

「私が、ファーレンに嫁ぎます」


 その言葉を発した時、不思議なくらいに心が凪いだ。どうやらこの国は私にとって居心地のいい場所ではなかったらしい。単身異国に嫁ぐ不安よりもここから解き放たれる爽快感を、私はこの時確かに感じていた。


 私―アリッサはここヴァイラント王国の第二王女。目の前には少しくすみのある金髪と晴れ渡った秋空のように澄んだ瞳を持つこの執務室の主が胡乱げに私を見ていた。こんな風に真っ直ぐに見つめられるのはいつ以来かしら?


「正気か? 」


 私の言葉が信じられないのか、その視線には疑念と警戒心が見て取れた。一国の王だというのに私なんかに見透かされるなんて……そんな思いが顔に出ないよう自らを戒めた。


「はい、私がエルリカの代わりに嫁ぎとうございます」


 はっきりと告げると父の眉間の皺が一層深くなった。その理由はわからないけれど、胡散臭いと思われたのかもしれない。でも、もう後戻り出来ない。気を張っていないと身体が震えてしまいそう。だけどこの選択を悔いたくないわ。


「相手が誰か、わかっているのか? 『血塗れの王太子』とも『一夜で千人を斬殺した悪魔』とも恐れられている男だぞ」


 その声には確かな恐れと強い侮蔑が潜んでいた。






「嫌です! 私はファーレンになど参りません! だって私は……」


 泣き濡れた可憐な声が廊下にまで漏れていた。声の主は妹エルリカで、そんな彼女の憂いを晴らそうとする別の声が続いた。


 またか……と呆れてしまったのは許してほしい。だってこれはいつものこと。エルリカが泣けば周りは否応なくあの子を慰め、機嫌を取ろうとする。もう十五歳になろうというのに、その様はまるで幼子にするような過剰ぶりだった。


 事の発端は一年前、我が国の東に位置し、かつては敵国として剣を交えたこともあるファーレン王国からの同盟の提案だった。十年以上続いた内戦を終わらせた彼の国はようやく外交にも目を向け始めたらしい。我が国も決して盤石とは言えない状況にあったため、それから両国間で交渉が続いていたのだけど、この度同盟を結ぶことが確定し、その証に王族同士の婚姻が取り決められた。それが半月ほど前のこと。ファーレンには王女がいないため、我が国から誰かが嫁がねばならないのだけど、多分その話があの子に伝わったのでしょうね。


「大丈夫ですわ、エルリカ様。きっと国王陛下が断ってくださいます」

「そうですわ。国王陛下はエルリカ様を誰よりも可愛がっていらっしゃいます。あのような蛮族に大切なエルリカ様を送るなど、決してなさいませんわ」

「民だって我が国の『花姫』と讃えられるエルリカ様をあんな国に送るなど、決して許しませんわ」


 侍女たちの声が段々熱を持っていく。実際、あの子は輝く黄金の髪と父と同じ青瞳を持ち、我が国一と讃えられる美貌を持っている。傾国の美女と讃えられた母方の祖母に似て、垂れ目がちの大きな瞳とすっと通った鼻筋、小さく瑞々しい唇と雪のような白い肌を持ち、体格も華奢で守ってあげたくなるような儚さがある。その愛らしさから『ヴァイラントの花姫』と呼ばれ、無邪気で健気な王女と民からの人気も高い。


「でも、同盟の条件は両国の婚姻だと聞いたわ。だったら断るなんて……」


 侍女たちの慰めも今のあの子の耳には届かなかったらしく、再びすすり泣く声が漏れてきた。


「ご案じなさいますな。きっと陛下も王妃様も、不幸になると目に見えている縁談をエルリカ様に押し付けたりなどなさいませんわ」

「そうですわ。それに、嫁ぐ資格を持つ方は他にもいらっしゃるではありませんか」


 僅かに声量を落として侍女が囁く。


「他にもって……だ、だめよ! お姉様にそんな縁談を押し付けるなんて出来ないわ!」

「まぁ!エルリカ様、なんてお優しい」

「冷たい姉君をそこまでご案じになられるなんて……」


 涙声でエルリカが叫ぶと、侍女たちが一斉に称賛の声を上げた。その声に、その内容に、私の中である考えが決定的になるのを感じながら静かにその場を離れた。


 それから私はすぐに動いたわ。父に私をファーレンに送ってほしいと請う書簡を出した。それが十日前のこと。その後、家族揃っての朝食でも父から何の言葉もなかったけれど、今日、ようやく呼び出されたというわけ。そして冒頭に至る。






「そんなものは誇張でございましょう。一夜で千人斬るなど無理な話ですわ。何本剣が必要になるでしょう」


 いくら磨き上げた剣でも十人も斬ったら使い物にならなくなると聞くわ。千人なら百本以上の剣が必要になるけれど、それなら専用の荷物運びが必要になる。戦場でそんな無駄なことに人を割けないはず。


「それほどに人を斬り、味方ですら恐れる男だということだ。そんな男に嫁げばいつ斬り捨てられるかわかったものではないぞ?」


 父の懸念は確かに理にかなっているように感じる。だけど、私はそう思わないわ。


「それでも、先方から同盟と婚姻を提案してきたのであれば無碍に出来ませんでしょう? もし些細なことで他国の王女に危害を加えれば周辺国の警戒と疑心を招きます」


 ファーレンは十年以上続いた内戦を終わらせたばかりで、今は内政に力を入れているらしい。そんな状況なら他国との軋轢は避けたいはず。そのために同盟を持ちかけてきたのでしょうし。


「それに……」


 煮え切らない父の背を押すべく、次の一手を打ち込む。


「エルリカはまだ十五歳、単身異国に嫁ぐにはまだ幼うございます」

「お前と二つしか変わらんぞ」

「大人になってからの二歳差と、十五歳と十七歳とでは大きく違いますわ。あの子はまだまだお父様やお母様の庇護を必要としています。それに、あの子には思う相手がいるのでしょう?」


 これも我が国では有名な話。詳細は知らないけれど、あの子は幼い頃に知り合った男児を思い続けていて、十六歳までに何としても相手を見つけるから婚約は待ってほしいと父に乞い、父もそれまではと約束していると。もっとも、それを理由に縁談を断っているようにも見えるけれど。


「十六まであと一年。それまではと陛下もお考えなのでしょう?」


 よく考えれば馬鹿馬鹿しい話よね。王族にそんな自由はないし、そもそも何処の誰とも知れぬ相手を思い続けるなんて。もし相手が既に婚姻していたり、王女の相手に見合わない身分だったりしたらどうするのかしら。あの子は王宮の中でも王族が住む奥宮で出会ったから身分的には問題ないはずと言っているらしいけれど、そんな都合のいい話があるとは思えない。もっとも、それを口にしたりはしないけれど。


「幸いにも私には思う相手もおりません。それとも、ファーレンはエルリカを望んでいますの?」


 それなら話は変わるけれど、利用価値の高いあの子を父が簡単に手放すとは思えない。まだ焦る年ではないし、縁談を乞う書簡が山のように届いていると聞くわ。その中には大国の王子の名もあり、父の本命はそちらだとも囁かれている。


「……恨んでいるのか?」




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