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亡国色の王女は打算で敵国に嫁ぐ  作者: 灰銀猫


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3/15

名ばかりの家族

 あれは五年前、お祖母様が亡くなってしばらく経った頃のこと。さすがにお祖母様の離宮に留め置くわけにもいかないと、私は王宮に呼び戻された。


 その頃の私はお祖母様のご友人やその孫と交流があって、少ないけれど幼馴染ともいえる友人もいたわ。王宮に移って落ち着いてきた頃、私が彼女たちを招いてお茶会をしていたところにやってきたのが、十歳になったばかりのエルリカだった。


 母を伴って意気揚々とやってきたあの子は、私に友人がいるなんてずるいと泣き出し、令嬢や付き添いのご夫人たちの前で同情を求め始めた。私への態度に元々思うところがあった参加者が眉をひそめる中、驚くことに母はエルリカを諌めるどころか友人を妹に譲れと言い出したのだ。


 さらに、宥めようとしたご令嬢に癇癪を起したエルリカが暴れてそのご令嬢に怪我を負わせてしまった。幸いにも傷は目立たない場所だったけれど痕が残ってしまったわ。令嬢にとって傷は婚姻に関わる大きな瑕疵になり得るのだけど、相手は王妃と家族から溺愛されている王女。苦情を言うことも出来ず、その場にいた令嬢たちはエルリカを優先せざるを得なくなってしまった。

 

 後で知った話だけど、その頃のエルリカは泣いて我を通すことを覚え、被害者ぶって周囲の同情を買っていた。可憐な外見も相まって周りはエルリカの味方をするものだから、同年代のご令嬢たちから敬遠されていたのだとか。私の友人たちもしばらくは相手をしたらしいけれど徐々に離れたと聞く。


 あれ以来、迷惑をかけるかもしれないと思うと私も友人を誘うのは憚られてしまい、すっかり縁も途絶えてしまった。彼女たちを巻き込みたくなかったし、それで不利益を被るのは申し訳なく、またエルリカと関わるのが面倒でそれ以来友人を作るのも避けてきたけれど……お祖母様を亡くして一人ぼっちになってしまった私にとって、どれほど寂しく苦しかったことか……母もあの子も、そんなことは少しも考えてはくれなかったわね。


 成長しても泣いて我を通すところは変わらず、今回もそれで嫌な縁談を回避したのだから大したものだわ。慈愛に満ちた完璧な王女を装っているけれど、一皮剥けば甘ったれた性根は相変わらずのようね。


 それに、未だに幼い初恋にこだわっている夢見がちなところも。周囲は健気な王女だと持て囃しているけれど、痛々しいと思わないのかしら? それにどうやって顔も名も知らない相手をどう見つけるつもりなのかも。人伝てに聞いた話では黒髪の秀麗な顔立ちの男児らしいけれど、今のところそれに該当する人物は見つかっていない。まぁ、国を離れる私には関係ないことだけど。




 私がファーレンに嫁ぐ話はあっという間に王宮に広がった。正式に父がファーレンにそう返事をしたとの話が公になったのもあるでしょうね。そうなると状況は私の予想から外れた方向へと向かっていた。


「ねぇ、お聞きになりまして? アリッサ様がファーレンに嫁がれることになった件」

「ええ。何でもエルリカ様がお可哀想だと仰って自ら声を上げられたとか」

「なんて健気なのでしょう。王女の鑑ですわ」


 王宮のあちこちで囁かれる噂話。私に関するものはどれも心無い物ばかりだったのに、今回の件はいつの間にか美談に仕上がっていた。概ね合っているから間違いではないのだけど……これは多分、父の仕業でしょうね。厄介者として扱っていた娘を押し付けたと噂されてはファーレンの我が国への心証が悪くなる。美談に仕立て上げて私の評価を上げ、向こうを納得させたい考えなのでしょうね。


「どういうつもりだ?」


 それを証明するかのようなやり取りがあったのはそれから三日後。日課としている庭の散策から戻る途中、兄の王太子に呼び止められた。父や妹と同じ色を持つ瞳はすっかり冷め切っていて、温かみなど少しも感じられない。王家の色を持たない私は彼にとっても価値がないらしい。残念ながら男尊女卑の考えが強く高圧的な父に似てしまった。顔は悪くないけれど嫌悪感が先に立ってしまう。


「どう、とは?」

「なぜエルリカの身代わりを申し出た? 何を企んでいる?」


 その声はまるで臣下に向けるようなもので、エルリカに向けられるものとは程遠かった。随分酷い言い草だわ、それが実の妹に向ける言葉と表情なのかしらとは思うけれど、この人に何かあっても私の心がそれで痛むこともないからお互い様かしら。


「企んでいるなど……私はお祖母様の言いつけに従っただけです」

「お祖母様だと?」


 形のいい眉が僅かに歪む。そうしていると顔はお祖母様に似ているわね。どうせなら心栄えも似ればよかったのに。


「ええ。常に王女たる自覚を忘れるな、民と国のために尽くせと、離宮では繰り返し教えられましたから。それに、亡くなる間際、約束したのです、立派な王女になると」


 あの時の悲しみと寂しさは思い出すたびに胸を抉る。いつだって私を優先して守ってくださったお祖母様。その庇護がなければ今の私はなかった。


「お祖母様の……」


 兄にとってお祖母様はどういう人だったのかしら? その表情からは何もわからないわね。 


「ご心配なく、これからも王家の一員としての立場を忘れず精進いたします。お話はそれだけですか? だったら失礼します。これから授業がありますので」

「授業?」

「ファーレン国についてのものですわ。王太子妃として嫁ぐにはまだまだ足りないので」


 一層顔を顰めたけれど何も言わなかったのでその場を離れた。あれは私ではなくエルリカの心配をしているのでしょうね。あの子がこの縁談を泣いて嫌がったことが広まってしまったから。お陰でその噂を払拭するのに苦心しているらしいけれど、そうすればするほど世間はその疑念を深めるから下手に手を打てないらしい。今は初恋の男子を想う故だと美談にしようとしているけれど、十五にもなって初恋にこだわるなど……と眉を顰める者が増えているのだとか。


 一方で私の評価が上がったわ。不当に扱われてきた王女は優しく心映えの優れた者だと宣伝を始めたのもあるでしょうけれど。兄はあの子を溺愛しているから、立場が逆になりつつあるこの状況が許し難いのかもしれない。この状況、私にどう影響するかしら? エルリカを異常に溺愛している母や兄がこのまま黙っているとも思えないのだけど……





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