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■ Ep.132 第68.5話:資産:幕間【クラウディアの契約。パトロンから、生涯の所有者(婚約者)へ】

【第68.5話(Ep.132):まえがき】

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


前回、第68話(Ep.131)では、魔王軍の「前線オフィス」という名の、洗練された地獄を目の当たりにしたコタロウたち。

兄ソウイチロウが提示した「業務改善コンサルタント」という名のヘッドハンティングは、コタロウの安眠を脅かす最大の脅威となりました。


しかし、その光景を見て、別の意味で火がついた人物がいました。

ローゼンバーグ家の現当主にして、コタロウの筆頭パトロンを自負するクラウディア・フォン・ローゼンバーグです。


「コタロウ様という最高級の資産を、あのようなブラック企業(魔王軍)に奪われるなど、経営者として、そして女として万死に値しますわ」


今回は、魔王軍の冷徹なシステムに対抗すべく、クラウディアが「資本力」と「契約」を武器に、コタロウの人生をまるごとM&A(合併・買収)しようと画策する幕間エピソード。

公爵令嬢による、不届きなまでの「独占的所有権」の主張をお楽しみください。


【Ep.132 第68.5話:本文】

1. 資本家の焦燥と、夜のオフィス

北方要塞「ノーザン・ゲート」、クラウディアが私財を投じて改装させた特別客室。

外はマイナス30度の極寒だが、室内は魔導式の床暖房と最高級の暖炉により、王都の春のような暖かさに保たれている。


だが、その部屋の主であるクラウディアの表情は、北方の吹雪よりも険しかった。


「……認めざるを得ませんわ。あの方、シュナイダー将軍……いいえ、ソウイチロウ様とお呼びすべきかしら。あの方の組織運営能力は、王国の腐敗した貴族たちとは比較になりませんわね」


クラウディアは、サイドテーブルに置かれた魔導端末の数値を睨みつけながら、深紅のワインを一口含んだ。

彼女が見ているのは、昼間の視察で密かに収集した、魔王軍の物流コストと徴税システムの推計データだ。


「……無駄がない。あまりにも無駄がなさすぎますわ。……あのような『効率の化け物』が運営する組織に、コタロウ様のような『最適化の天才』が加われば、この世界は一瞬で塗り替えられてしまう。……そして、わたくしのパトロンとしての立場も、相対的に価値を失ってしまいますわ」


クラウディアにとって、コタロウは「憧れの英雄」であると同時に、自分が生涯をかけて投資し、育て、そして独占すべき「最高級のブランド」だった。

パトロン(支援者)という立場は、これまで彼女にとって最強の武器だった。だが、魔王軍という名の「他社」が、より好条件のオファーを引っ提げて現れた今、その武器は錆びつこうとしている。


「……支援、などという生ぬるい関係では足りません。……競合他社に引き抜かれる隙を与えないためには、……所有権そのものを移転させるしかありませんわ」


クラウディアの翠の瞳が、冷徹な資本家の光を帯びる。

彼女は机から、金色の箔押しが施された、一枚の「契約書」を取り出した。


2. 将軍との対峙、あるいは「義兄」への挨拶

クラウディアは、夜更けにもかかわらず、移動要塞の執務室にいるソウイチロウを訪ねた。

兄ソウイチロウは、山のような書類に目を通しながら、顔も上げずに言った。


「……夜分に失礼だな、ローゼンバーグ家の当主。……残念だが、コタロウのインターン採用枠は既に確定している。……お前の財力で、我が軍の採用基準をねじ曲げることは不可能だ」


「……お目が高いですわね、お兄様。……ですが、わたくしがここへ参りましたのは、商談のためではございません。……ご挨拶ですわ。……コタロウ様の『生涯の管理者(伴侶)』として」


兄ソウイチロウが、初めて顔を上げた。眼鏡の奥の瞳が、クラウディアの覚悟を値踏みするように細められる。


「……伴侶? ……フン。お前のような感情に流される貴族が、あいつの隣にいて何ができる。……コタロウに必要なのは、奴の生産性を最大化し、適切なリソースを配分する『管理システム』だ」


「……いいえ、お兄様。それは違いますわ」


クラウディアは不敵に微笑み、ソウイチロウのデスクに身を乗り出した。


「……貴方は、コタロウ様を『道具』として見ている。……ですが、わたくしはあの方を『資産』として愛しておりますの。……貴方の創る世界に、コタロウ様のサボり場所はございませんが、……わたくしの創る王国の隣には、あの方が一生二度寝を楽しめる『永遠の聖域(寝床)』がございます」


クラウディアは、持参した書類をソウイチロウの目の前に叩きつけた。


「……本日をもって、わたくしはコタロウ様への全支援金を『結婚の持参金』へと名目変更いたしました。……また、ルミナス家およびローゼンバーグ家の全利権を担保に、コタロウ様の債務をすべて買い取らせていただきました。……コタロウ様は、実質的にわたくしの『所有物』。……他社への転職には、わたくしの署名が必要になりますわ」


「……。……不届きな真似を。……あいつの同意はどうした」


「……今から、……寝込みを襲って、……無理やりハンコを押させる予定ですわ」


兄ソウイチロウは、一瞬だけ呆れたように溜息をついたが、すぐに口元を歪めた。


「……。……なるほど。……手段を選ばない執念だけは、……魔王軍の幹部並みの素質があるようだな。……いいだろう。……お前の『囲い込み戦略』が、俺の『ヘッドハンティング』に勝てるかどうか。……北方編の結末まで、査定してやる」


「……ええ。……楽しみにしていてくださいまし、お義兄様」


クラウディアは完璧なカーテシーを披露し、夜のオフィスを後にした。


3. 襲撃、あるいは「終身雇用」の通達

深夜。北方要塞のコタロウの自室。

コタロウは、アヤネとの「情愛の対話」の疲れもあり、既に深い眠りについていた。


カチリ。


無機質な鍵の開く音と共に、クラウディアが音もなく部屋に侵入した。

彼女の背後には、ローゼンバーグ家の秘蔵の「影」たちが、契約書と朱肉を盆に乗せて控えている。


「……コタロウ様。……お疲れのところ、申し訳ありませんわ」


「……ん……。……あ。……クラウディア? ……な、なんだよ。……こんな夜中に。……また、お菓子でも持ってきたのか?」


コタロウが眠そうな目を擦りながら起き上がると、そこには、月光を浴びて妖艶に微笑むクラウディアの姿があった。


「……いいえ。……コタロウ様に、新しい『ライフプラン』をご提案に参りました」


クラウディアはコタロウのベッドの端に腰を下ろし、有無を言わさぬ迫力で、分厚い書類を膝の上に置いた。


「……コタロウ様。……魔王軍のインターン、魅力的ですわよね。……ですが、あちらには『福利厚生』がございません。……そこで、わたくしが新しい契約書をご用意いたしました」


「……契約書? ……また、パトロンの更新か?」


「……いいえ。……『共同経営者兼・生涯所有権承諾書』。……世間一般では、それを『婚約内定通知書』と呼びますわ」


コタロウが凍りついた。

眠気が一瞬で吹き飛ぶ。

【AI】が脳内で、警告アラートを最大音量で鳴り響かせている。


『マスター。……緊急警告。……本契約書を締結した場合、マスターの戸籍、資産、居住地、および毎日の睡眠スケジュールに至るまで、すべての管理権限がクラウディア様に移管されます。……これは事実上の、人生の「M&A」です』


「……クラウディア。……あのさ。……俺、まだ学生だし。……そういう重いのは、……ちょっと……」


「……重くはございませんわ。……コタロウ様は、ただ今まで通りサボっていればよろしいのです。……あとの煩わしい手続き、納税、魔王軍への抗議、そして将来の育児に至るまで……すべて、わたくしがマネジメントいたします」


クラウディアは、コタロウの震える手を優しく取ると、その手のひらに朱肉のついたペン――ではなく、魔導式の「血判契約ペン」を握らせた。


「……サインを、コタロウ様。……貴方が、あの完璧主義のお兄様に壊される前に、……わたくしの檻(愛)の中に逃げ込んでくださいまし」


「……クラウディア……。……お前、……目がマジすぎるんだよ……」


4. 契約成立、あるいは資産価値の確定

「……コタロウくん? ……クラウディアさん? ……何をしてるんですか?」


そこへ、異変を察知したアヤネが(パジャマ姿で)部屋に飛び込んできた。

さらに、廊下からはリリスやモモの気配も近づいてくる。


「アヤネさん。……遅かったようですわね。……コタロウ様は今、わたくしの『専属ブランド』として、終身雇用契約の第一段階を完了させるところですわ」


「……なんですって!? ……ずるいです! ……コタロウくん、書いちゃダメです!」


「……騒がしいですわね。……ですが、これは経営判断ですの。……コタロウ様というリソースを、最も有効に活用し、保護できるのは、……わたくしの資本力だけですわ!」


クラウディアは、混乱するコタロウの手をぐいと引き寄せ、契約書の署名欄にペンを走らせた。


カリカリ。


魔導インクが輝き、契約が魂に刻まれる。

それは、クラウディアによる、コタロウ個人への「資本注入」の完了を意味していた。


「……あ。……あぁ……。……。……。……俺の、……独身貴族(自由)が……」


コタロウが絶望のどん底で天を仰ぐ。


『マスター。……報告。……おめでとうございます。……マスターの市場価値は現在、王国全土の 15パーセント を占める「ローゼンバーグ・グループ」の全資産と直結されました。……同時に、マスターの「婚約内定」が既成事実化し、サボりやすさはさらに 0.000001パーセント 低下しました』


「…………死にたい」


クラウディアは、完成した契約書を愛おしそうに胸に抱き、コタロウの額に勝利のキスを落とした。


「……。……これで、貴方はわたくしのもの。……魔王軍だろうが、精霊王だろうが、……誰にも、わたくしの資産を奪わせはいたしませんわ」


5. 所有者の凱旋

クラウディアは、部屋に集まったライバルたち――アヤネ、リリス、モモを見渡し、高らかに宣言した。


「……皆様。……コタロウ様は、わたくしが『買い取り』ましたわ。……今後の面会、および共同作業には、わたくしへの事前申請と利用料ロイヤリティの支払いが必要になります。……よろしくて?」


「……。……。……この、守銭奴女……!!」

「……不合理だわ。……独占禁止法に抵触する可能性がある……!」

「……クラウディア。……お前、……噛み殺してやる……!」


ヒロインたちの怒号と嫉妬のマナが、北方要塞の夜を昼間のように明るく照らし出す。

その中心で、コタロウはただ、自分の人生が「資産」として完璧に囲い込まれた絶望に、震え続けることしかできなかった。


パトロンから、生涯の所有者へ。

クラウディアの契約は、コタロウにとっての「救い」であり、同時に逃げ場のない「黄金の鎖」となったのである。


北方要塞インターンシップ。

魔王軍との戦いの裏側で、一人の少女による「人生のM&A」は、鮮やかに、そして不届きに成し遂げられたのだった。


(第68.5話 完)


【第68.5話(Ep.132):あとがき】

第132話をお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、クラウディア様による「人生のM&A」という、構造経済学的な観点からも極めて強引かつ合理的な(?)囲い込み劇が敢行されました。


パトロンから「所有者」への転換: 支援という不確定な関係性を脱却し、コタロウを「生涯の個人資産」として接収する決断は、魔王軍という競合他社への対抗策としてこの上ない一手となりました。


独占的所有権の確立: ルミナス家およびローゼンバーグ家の全利権を担保にした債務の買い取りにより、コタロウの自由は事実上の「黄金の鎖」に繋がれることとなりました。


絶望のサボり指数: 契約成立に伴い、コタロウのサボりやすさは 0.000001% まで低下し、彼の「独身貴族としての自由」は資本の重圧に押し潰されています。


【次回予告】

第133話(第69話)では、この騒乱の元凶である兄・ソウイチロウ(シュナイダー将軍)の深層心理に迫ります。


兄の歪んだ「ホワイト社会」: 前世での過労死を原動力に、24時間労働によって非効率を排除しようとする兄の狂気的なビジョンが語られます。


月間残業400時間の衝撃: システムの頂点に立ちながら、自らが最も過酷な労働に従事し、睡眠を1日15分に短縮している矛盾した姿が明らかになります。


不届きな更生計画: 兄を「二度寝」の深淵に引きずり込み、全人類の睡眠権を守るための、コタロウによる「非効率な戦い」が始まります。


兄貴のメンタルを「サボり」という名のデバッグで救い出せるのか。次話、第69話「矛盾:兄が語る転生理由」をどうぞお楽しみに。


物語を応援していただける方は、ぜひブックマークや下の評価欄から 【★★★★★】 で支援いただけると、コタロウが次話で兄に突きつける「強制シャットダウン」の破壊力が増すかもしれません。


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