■ Ep.133 第69話:矛盾:兄が語る転生理由。「過労死したから、ホワイトな世界を創る(24時間労働で)」
【第69話(Ep.133):まえがき】
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
前回、第68.5話(Ep.132)では、クラウディア様による「人生のM&A」が敢行され、コタロウの独身自由権が実質的にローゼンバーグ資本に接収されました。外堀が埋まる速度が、魔王軍の進軍速度を上回る異常事態です。
しかし、コタロウにはまだ、向き合わねばならない「負の遺産」が残っています。
魔王軍の将軍シュナイダーとして君臨する実の兄、ソウイチロウ。
なぜ、前世で日本社会の歯車として使い潰された男が、異世界でわざわざ「魔王軍」という物騒な組織を選んだのか。
深夜の移動オフィスで語られる、兄の壮絶な過去と、あまりにも歪んだ「ホワイト社会」への執念。
それは、一人のサボり魔にとって、魔王の呪いよりも恐ろしい「全人類・社畜化計画」の序曲でした。
【Ep.133 第69話:本文】
1. 深夜の青白い光、あるいは墓標としてのデスク
午前2時。北方要塞の防壁が吹雪に鳴り、王国軍の兵士たちが死んだように眠りについている時刻。
俺、神木コタロウは、再び兄貴の移動オフィスへと呼び出されていた。
「……コタロウ。夜分に済まないな。……この時間帯は、脳のゴールデンタイムだ。……ノイズが少なく、意思決定の解像度が上がる」
兄ソウイチロウ――シュナイダー将軍は、魔導スクリーンの青白い光に照らされながら、猛烈な速度で宙に浮く書類に電子的な印を刻んでいた。
彼のデスクには、空になった魔力回復ポーションの瓶が、まるで薬きょうのように積み上がっている。
「……兄貴。解像度が上がる前に、お前の寿命が尽きかけてるように見えるんだが。……用件は何だ。……俺は今、深いレム睡眠の海にダイブする予定だったんだぞ」
「……少し、昔話をしようと思ってな。……お前には、俺がなぜ魔王軍に身を置いているのか、その『経営戦略』の本質を知っておいてほしい」
兄貴は眼鏡を外し、目頭を押さえた。
その仕草は、前世の日本で、連日徹夜明けに朝食のパンを齧っていた時の彼と、全く同じだった。
2. 日本での終焉、あるいは「無能な上司」という魔物
「……コタロウ。覚えているか。……俺が、あのアパートから姿を消した夜のことを」
「……忘れるわけないだろ。……『明日のプレゼン、資料が 200ページ 足りない』ってうなされながら、玄関で倒れてたじゃないか」
「……。……あの時の俺は、資本主義の末端で、ただの『交換可能な部品』だった。……上司は、現場のプロセスを理解せぬまま数字だけを叩き、顧客は、理不尽な仕様変更を『誠意』という名で押し付けてきた」
兄貴の声が、低く、しかし熱を帯びて響く。
「……俺は、働いて、働いて、死んだ。……死の直前、俺が思ったことは『悲しい』でも『後悔』でもなかった。……ただ一つ、**『このシステムのアルゴリズムは、あまりにも非効率だ』**という憤りだけだった」
「(……死ぬ間際にまで、バグ取りのこと考えてたのかよ、この人……)」
兄貴は再び眼鏡を装着し、鋭い視線を俺に向けた。
「……そしてこの世界に転生し、俺は確信した。……王国も、教会も、前世のブラック企業と同じだ。……精神論と血筋で組織を動かし、末端の兵士を使い捨てにする。……だから俺は、魔王軍を選んだ。……ここは、実力と成果だけが指標となる、純粋な『機能体』だったからだ」
3. 兄が掲げる「ホワイト社会」の狂気
「……俺は、この世界を『マイグレーション(移行)』する。……魔王軍の圧倒的なシステムで人類を管理し、理不尽な上司を排除し、全ての労働を最適化する。……誰もが適切なタスクを与えられ、無駄なく価値を生み出せる世界。……それこそが、俺の創る究極のホワイト社会だ」
兄貴は、誇らしげに一枚の魔導地図を広げた。
そこには、魔王軍が占領した地域の「生産性推移」が、真っ赤な上昇カーブを描いて記されている。
「……いいか、コタロウ。……俺の統治下では、不条理な残業はない。……全ての労働は 24時間 365日 、シフト制で完璧に管理される。……無駄な昼寝や、生産性のない余暇は存在しない。……全人類が、一分の隙もなく幸福(最適化)に貢献できるシステム……。素晴らしいと思わないか?」
「……。……。……兄貴。……お前、……今、さらっと怖いこと言ったな」
俺は、椅子の背もたれから滑り落ちそうになった。
「……『無駄な昼寝がない』? ……それが、お前の言うホワイトなのか? ……それ、ただの『管理された地獄』だろ」
「……何を言う。……暇こそが、人間に余計な悩みを与え、争いを生むエントロピーとなるのだ。……全員が常に何らかの価値に従事していれば、世界は平和になる。……俺が 24時間 働いてこのシステムを維持しているのは、全人類を救うためだ」
4. 統計データによる死刑宣告:残業 400時間 の真実
『マスター。……報告。……お兄様の主張に対し、客観的なバイタル・データを提示します』
脳内の**【AI】**が、これ以上ないほど冷酷なトーンで割り込んできた。
『お兄様の今月の魔力消費ログ、および執務時間の解析完了。……お兄様の月間残業時間は、現在 400時間 を突破しています。……これは、厚生労働省の過労死ラインの 5倍 に相当します』
「……よん、400時間!? ……兄貴、一日は 24時間 しかないんだぞ!?」
『補足。……お兄様は、水属性の魔法による強制覚醒と、闇精霊による精神固定を併用し、睡眠時間を 1日 15分 まで短縮しています。……肉体年齢は 20代 ですが、精神の摩耗度は 80代 に達しています』
「……AI。……こいつ、……学習してねぇな」
俺は、呆れを通り越して、ある種の恐怖を感じた。
「誰もが効率よく働ける世界」を創るために、トップである本人が、世界で最も過酷な労働に従事している。
この矛盾に、当の本人は全く気づいていないのだ。
「……コタロウ。……お前は、この価値が分からないようだな。……いいか、俺が死ぬ気で(二度目だが)働けば、世界は白くなる。……お前も、我が軍に入れば、この『崇高な残業』の美学が分かるはずだ」
「……嫌だ。……絶対嫌だ。……俺は、お前が真っ白に燃え尽きるのを、特等席の布団の中から眺めてるだけにするよ」
5. 兄の矛盾、弟の決意
兄貴は、俺の拒絶を「理解不足」と切り捨て、再び書類の海へと没頭し始めた。
その背中は、確かに神々しく、そしてこの世で最も「不健康」だった。
「……コタロウ。……明日の朝 8時 までに、北方要塞の物流改善案を 3案 出しておけ。……インターンの課題だ」
「……。……今、夜中の 2時 なんだが」
「……あと 6時間 もある。……生産性を高めれば、12案 は出せる計算だ」
兄貴は眼鏡を光らせ、微笑んだ。
その笑顔は、かつて日本で俺に「夏休みの宿題を 3日 で終わらせろ」と言った時の、あの仕事中毒な兄そのものだった。
(……。……ダメだ。……この人を野放しにしたら、……この世界から本当に『サボり』が消滅する……!!)
俺は、移動オフィスを後にしながら、漆黒のバトンを強く握りしめた。
これまで、俺は自分のためにサボってきた。
だが、今、俺には「全人類の睡眠権を守る」という、不本意ながらも巨大な使命が芽生え始めていた。
「……AI。……兄貴のシステム、……どこかに『強制シャットダウン』のバグはないか?」
『肯定。……お兄様のシステムの唯一の弱点は、……彼自身が「人間」であることを忘れている点です。……過労死ラインを突破し続ければ、システムは自壊します。……マスター、お兄様を救う唯一の方法は、……彼を無理やり「サボらせる」ことです』
「……。……。……仕事中毒の兄を、……サボり魔の俺が更生させる、か。……最高に不届きな兄弟喧嘩だな」
北方要塞の冷たい夜風を浴びながら、俺は次の「カンニング」の目標を定めた。
魔王軍の野望を挫くのではない。
兄貴を、無理やり「二度寝」の深淵に引きずり落としてやるのだ。
英雄コタロウの、最も「非効率」で「情熱的」な戦いが、静かに幕を開けようとしていた。
(第69話 完)
【第69話(Ep.133):あとがき】
お読みいただきありがとうございました!
「過労死したから、ホワイトな世界を創る」。
一見すると素晴らしい志のように聞こえますが、その実態は「全人類を自分の過労死レベルの基準に合わせる」という、最悪のブラック・グローバリズムでした。
兄ソウイチロウ(シュナイダー)の抱える、あまりにも不憫で、かつ狂気に満ちた矛盾。
そして、その矛盾を「月間残業 400時間 」という数値で冷静に分析する【AI】。
コタロウが初めて抱いた「魔王軍を止めなきゃいけない(=兄貴を寝かせなきゃいけない)」という動機は、物語を大きな転換点へと導きます。
今回のハイライト:
・兄ソウイチロウの転生理由。
・「幸福=生産性」という、サボり魔にとっての地獄の定義。
・月間残業 400時間 という、二度目の死へのカウントダウン。
・コタロウ、兄をサボらせる決意を固める。
次回、魔王軍の真の野望。
大魔王ルシフェルが主導する「全人類・強制勤労計画」の全貌が、コタロウを震え上がらせます!
「……昼寝が懲役刑? ……ふざけるな、そんな世界、俺がペン回しで叩き潰してやる!」
次話、第70話「危機:魔王軍の野望が『全人類・強制勤労計画』だと知り、俺は震え上がった」。
コタロウの「安眠死守」のための聖戦が始まります。お楽しみに!




