■ Ep.131 第68話:視察:兄貴に拉致されて「魔王軍・前線オフィス」を見学することになった
【第68話(Ep.131):まえがき】
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
前回、第67.5話(Ep.130)では、コタロウと【AI】による非道な「黒歴史・全校放送」により、兄ソウイチロウの威厳が一時的に(物理的・精神的に)圧砕されました。
「漆黒の堕天使」のポエムが北方要塞に響き渡った夜、兄弟の絆は別の意味で深まった……わけではありません。
一晩明け、驚異的な「社畜精神」でメンタルを自己修復した兄貴。
彼はポエムの件を「非効率な過去のログ」として強引にアーカイブし、次なる勧誘作戦に出ます。
今回は、魔王軍の移動要塞、通称「前線オフィス」への社会見学。
そこには、剣と魔法のファンタジーを真っ向から否定する、高度にシステム化された地獄が広がっていました。
コタロウが目撃した「魔王軍・働き方改革」の実態とは。
【Ep.131 第68話:本文】
1. 鋼鉄の沈黙と、エリートの復活
北方要塞の朝は、相変わらずの吹雪で幕を開けた。
だが、昨夜の「ポエム放送」による気まずさは、要塞全体を覆う寒波よりも鋭く俺の胃を突き刺していた。
(……普通なら、一ヶ月は寝込むレベルの羞恥心だったはずだ。……兄貴、死んでないだろうな)
俺がそんな心配をしながら、アヤネの用意してくれた温かいスープを啜っていた時だった。
ドォォォォォォン!!
要塞の正門前に、再びあの巨大な移動要塞が接岸した。
タラップが降り、そこから現れたのは……昨夜の「堕天使」とは似ても似つかない、完璧にアイロンの効いた軍礼装に身を包んだ兄、ソウイチロウだった。
「……おはよう、コタロウ。昨夜の『不規則な通信障害』については、既にデバッグを完了させた。……本日は予定通り、お前たちを我が軍の拠点へと招待する」
兄貴は眼鏡を中指で押し上げ、何事もなかったかのように言い放った。
その顔には、一点の曇りもない。……いや、あまりにも「仕事モード」に入りすぎていて、逆に怖い。
「……兄貴。……お前、メンタル強すぎだろ。……普通、あんなの流されたら、魔王軍を辞めて田舎で農業始めるレベルだぞ」
「……過去の遺産に囚われるのは、生産性のない行為だ。……それよりも、未来のビジョンを共有しよう。……さあ、乗り込め。……これは命令ではなく、福利厚生の一環としての『オフィス見学』だ」
俺と、ついでに「コタロウくんのガード(兼・恋人)」として離れないアヤネ、そして「パトロンの視察」と称するクラウディア、リリス、モモ。
俺たちは半分拉致されるような形で、魔王軍の移動要塞へと足を踏み入れた。
2. デジタル・パンデモニウム
移動要塞の内部に入った瞬間、俺たちは言葉を失った。
そこには、ドロドロとした溶岩も、拷問器具も、生贄の祭壇もなかった。
広がっていたのは、白を基調とした、異常なまでに清潔で機能的な「オフィス空間」だった。
「……な、なんですの、ここは。……魔法学園の図書室よりも静かですわ……」
クラウディアが驚愕の声を上げる。
空中に浮遊する数百枚の魔導スクリーン。
そこには、要塞の各セクションから上がってくる報告データが、折れ線グラフや円グラフとなって刻一刻と更新されている。
「……凄いわ。……全ての魔力波形が、独自の通信プロトコルで統合されている。……これ、王国が百年かけても構築できないレベルのネットワークよ……」
リリスが魔導端末を叩き、その構造を解析しようとするが、あまりの複雑さに眼鏡を曇らせている。
「……現在、我が軍のIT基盤は、CTO(最高技術責任者)のバフォメットが管理している。……全軍のステータスはクラウド化され、無駄な伝令や紙の報告書は一切排除されている」
兄貴が指し示した先には、巨大なサーバーラックのような魔導具に囲まれ、必死の形相で空中にキーボード(の代替品)を叩いている、羊の頭を持つ悪魔がいた。
その目は血走り、周囲には空になった魔力ポーションの瓶が散乱している。
「……兄貴。……あのバフォメットさん、……あきらかにサーバー落ちを怖がってるITドカタの顔をしてるんだが……」
「……安定稼働は、エンジニアの誇りだからな」
兄貴は淡々と答え、さらに奥へと俺たちを導いた。
3. CFOの算盤と、CSの誘惑
次に見えてきたのは、金貨の山ではなく、膨大な「資産管理表」と格闘する一角。
「……こちらが財務部門だ。CFO(最高財務責任者)のマモンが、征服地域の徴税管理と、魔導兵器の開発コストを1ゴールド単位で管理している」
そこには、大きなソロバン(に見える精密魔導具)を叩きながら、「今期の経常利益がマイナスだ! 骸骨兵の維持費を15パーセント削減しろ!」と部下に怒鳴っている、太った悪魔がいた。
「……魔王軍って、もっとこう……略奪で生計を立ててるんじゃないのか?」
「略奪はキャッシュフローが不安定だ。……これからは、占領地からのサブスクリプション型課金モデル(定期徴税)の時代だ」
「(……。……もう、こいつらだけで世界征服できるだろ……)」
俺が絶望していると、一人の美しい魔族の女性が近づいてきた。
柔和な微笑み、完璧なマナー。
「……ようこそ、魔王軍・前線オフィスへ。……私はカスタマーサクセス(CS)責任者のルミと申します。……アヤネ様、クラウディア様。……当オフィスでは、多様な魔族と人間が共生する、インクルーシブな環境作りを推進しておりますの」
ルミが演出する「綺麗」で「先進的」な環境に、アヤネたちが目を輝かせる。
「わぁ……! 精霊さんたちも、あんなに楽しそうにお仕事してるんですね!」
アヤネが指差した先では、小さな妖精たちが「マナのデバッグ作業」という名の肉体労働に従事していたが、ルミの巧みな話術により、それは「クリエイティブなコラボレーション」として解釈されていた。
「……コタロウくん、魔王軍って、思っていたよりずっと素敵かもしれません……!」
「(……アヤネ。騙されるな。……あれは、洗練された『広報(PR)』だ。……本質を見ろ……)」
4. 秘書室の影と、残業の気配
だが、俺の目は誤魔化せなかった。
オフィスの中心部、兄貴の執務室の前に置かれた、一際豪華なデスク。
そこに座る、一人の女性悪魔。
秘書室長のフィネ。
彼女は、兄貴が運んできた山のような書類(魔導スクロール)を、恐ろしい速度で処理していた。
だが、その表情は……死んでいた。
肌にはツヤがなく、目の下には消えることのない漆黒のクマ。
彼女が時折啜る「魔力コーヒー」からは、寿命を前借りするような、不吉な魔力の匂いが漂っている。
「……あ。……フィネさん。……お疲れ様です」
俺が思わず声をかけると、彼女は視線を書類から一ミリも動かさず、機械的な声で返した。
「……あ……はい……。……将軍の弟君……ですね……。……あ……すみません……。……今、……今期征服率120パーセント必達の…………稟議を通さないと…………将軍が……寝かせてくれないので……」
「……。……兄貴。……あの人、……今すぐ労働基準監督署に駆け込むべき顔をしてるんだが」
「……フィネは優秀だ。……彼女がいなければ、このオフィスの生産性は30パーセント低下する。……彼女の献身こそが、我が軍の勝利の礎だ」
兄貴は満足げに頷き、フィネのデスクに、さらに新しい書類の束をドスンと置いた。
「フィネ。……追加だ。……これ、明朝のミーティングまでに、3パターンでシミュレーションを出しておけ」
「……御意……。……あ……。……死ぬ……」
フィネの魂が口から抜けかけている。
俺は確信した。
このオフィスは、確かに「ホワイト」だ。
壁も、床も、兄貴のロジックも。
だが、その「白さ」は、従業員の命を漂白して作り上げられた、最悪のブラックの裏返しなのだ。
5. インターンシップの招待状
視察の最後、兄貴は俺を広いベランダへと連れ出した。
そこからは、吹雪の向こうに広がる、魔王軍によって統治された整然たる「植民地」が見える。
「……どうだ、コタロウ。……王国のような、伝統と精神論に縛られた旧態依然とした組織に、未来があると思うか?」
「……。……。……兄貴。……お前の創った世界は、確かに綺麗だ。……だけどさ。……あそこで働いてる連中、……みんなお前みたいな『仕事中毒』じゃないんだよ」
「……生産性を高めれば、誰もが平等に豊かになれる。……それが俺の信じる正義だ。……コタロウ。お前という『効率の天才』を、俺は本気で欲している」
兄貴は懐から、一冊のパンフレットを取り出した。
【 新設:ヒューマン・リソース・インテグレーション事業部(人間界受入課) 】
「……フェーズはシード期。……将来の魔王軍の中核を担う、スタートアップ部署だ。……お前をそこの『事業部長代理(インターン生)』として迎えたい。……条件は、お前がアトランティアで見せたあの『重力操作』の原理を、我が軍の輸送システムに応用するだけでいい」
「……輸送システム? ……あぁ。……重力で、魔物を高速配送するってことか」
「……察しがいいな。……コタロウ。お前がここに来れば、……王国での『Fランク』という汚名は消え、……新世界の『共同創業者』になれる」
俺は、パンフレットをパラパラとめくった。
そこには「裁量労働制」「アジャイル開発」「シナジー効果」といった、前世の意識高い系企業が好んで使いそうな、耳障りのいい言葉が並んでいる。
(……最悪だ。……この場所、……寝ててもいいって言いつつ、……『生産性が上がらないのは、お前の自己責任だ』って追い詰めてくるタイプだ……!)
『マスター。……緊急解析。……お兄様の提案するプランに従った場合、マスターの自由時間は現在の 95パーセント から 2パーセント へと減少します。……ただし、ストックオプションとして「魔王領の土地」が付与されます』
「……AI。……土地なんていらないから、……俺は布団が欲しいんだ」
俺は兄貴に向き直り、パンフレットをポケットにねじ込んだ。
「……とりあえず、……預かっておくよ。……視察としては、最高に『不届き』だった。……兄貴、……お前、……日本にいた時より楽しそうだな」
「……。……当たり前だ。……あちらの世界では、俺の上に『無能な上司』がいた。……この世界では、俺が『システム(神)』だ。……誰も俺を止められない」
兄貴の眼鏡が、吹雪を反射して冷たく光る。
その瞳には、世界を救う情熱ではなく、世界を「最適化」してやりたいという、狂気にも似た仕事への執念が宿っていた。
「……帰るぞ。……アヤネ、クラウディア。……ここは毒だ。……長くいると、俺たちまで『残業代の出ないやりがい』に目覚めちまう」
俺たちは、兄貴の冷徹な見送りを背に、移動要塞を後にした。
北方要塞へと戻る馬車の中で、俺はブラック・バトンを握りしめ、自分に誓った。
「(……絶対に、魔王軍を止めなきゃいけない。……。……あいつらが勝ったら、……この世界から『二度寝』という概念が消滅しちまう……!!)」
サボり魔コタロウ、初めての使命感。
それは、正義のためでも、王国のためでもない。
自分の「サボりライフ」という名の、最後の聖域を守るための、不屈の決意だった。
(第68話 完)
【第68話(Ep.131):あとがき】
第131話をお読みいただき、ありがとうございました。
魔王軍の正体が、洗練された「異世界のスタートアップ企業」であったという衝撃的な展開でした。IT基盤を支えるバフォメットや財務管理のマモン、そして過労死寸前の秘書フィネなど、現代社会の縮図のような「ホワイトな地獄」が描かれました。
今回のポイントは以下の通りです。
魔王軍のスマートオフィス化: 溶岩や祭壇ではなく、魔導スクリーンとデータが支配する機能的なオフィス空間が広がっていました。
兄・ソウイチロウの野望: 世界を「最適化」し、全員をホワイトな環境で働かせる「世界征服」を本気で推進しています。
コタロウの危機感: 兄のシステムが完成すれば、この世界から「二度寝」という概念が消滅してしまうという、彼にとっての死活問題に直結しました。
しかし、魔王軍によるこの「ヘッドハンティング」の動きを見て、誰よりも焦りを感じている人物がいました。コタロウの筆頭パトロンを自負する、クラウディア・フォン・ローゼンバーグです。
次話、第132話(Ep.68.5)では、物語の舞台は再び北方要塞の内部へ。
魔王軍という巨大な「競合他社」に対抗するため、クラウディアが資本力と契約を武器に、コタロウの人生そのものを「M&A(合併・買収)」しようと動き出します。
パトロンから「生涯の所有者」へ: 支援という生ぬるい関係を脱却し、独占的な所有権を主張するための「契約」を画策します。
深夜の襲撃と血判状: 寝静まったコタロウのもとへ、人生の管理権限をすべて買い取るための「婚約内定通知書」が持ち込まれます。
公爵令嬢による、不届きなまでの資本主義的囲い込み戦略。魔王軍の「管理」とクラウディアの「独占」、二つの巨大な重力に挟まれたコタロウに安眠の地はあるのでしょうか。
次回、幕間「資産:クラウディアの契約」。資本力を用いた強引なチェックメイトの瞬間を、どうぞお楽しみに。




