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「あー……あそこか。なぁ、春彦もどうだ? 甘いもの好きだったろ」
藤四郎はこうも好意をあけすけに伝えてくる相手と、容易に二人っきりになるのは避けたかった。
まして、藤四郎は祐美のことをよく知らない。
せめて誰かもう一人、気心の知れた相手を連れて行きたいという思いから春彦へ誘いの言葉を掛ける。
「ごめんね。今日は僕、逢澤さんたちと遊ぶ約束してて……」
「逢澤?」
春彦は既に先約があることを申し訳なさそうに伝えた。
その聞き覚えのない名前に、思わず藤四郎は聞き返す。
すると、春彦が教室の一角を目線で指し示す。
視線の先には、クラスの派手な女子グループが居た。
彼女達は、藤四郎と春彦が出会う切っ掛けにもなった三人組だ。
当初は春彦に対してイジメのような絡み方をしていた彼女達だが、今では和解している。
春彦の様子を見るに関係は悪くないのだろう。
春彦が見ていることに気付いたのか、彼女達が手を振っている。
それに春彦は恥ずかしげに手を振り返した。
その照れた仕草が可愛かったからか、彼女達から黄色い歓声が上がっているようであった。
――ファンクラブみたいになってんじゃねぇか……。
元々好意が空回り、関係が拗れてしまっていたのは知っていた。
その蟠りが解消された今、ファンクラブのようになっているのだから驚きである。
この小柄で愛らしい顔立ちの友人も中々隅に置けない男だと、藤四郎は改めて実感させられた。
「せんぱーい、二人で行きましょ?」
自分の腕を藤四郎の腕に絡め、上目遣いで見上げながら祐美が言う。
「いい加減にしなさい。風紀が乱れていますよ」
こめかみに皺を寄せた楓が声のトーンを落とし言う。
あからさまに不機嫌な彼女は、今にも舌打ちをしそうな表情で腕を組んでいた。
「ほら、祐美も離れろって……もう授業始まるから教室に帰れ」
その様子を察した藤四郎は、早々に帰るよう祐美を促す。
「はぁい……先輩、また放課後に来ますね~」
流石に分が悪いと踏んだのか、パチンっと目配せを一つ残して祐美は自分の教室へと帰っていった。
嵐が去ったかのような静けさ。
祐美が去った後も何故かまだ残っている楓は、一言も発せず佇んでいる。
「……彼女のことは名前で呼ぶんですね」
ぽつりと楓の口からそんな言葉が漏れる。
意識してなければ聞き逃してしまうほど小さな声。
「ん?」
朝の喧騒の中、そんなつぶやきは相手の耳に届く前に霧散してしまう。
「何でもありません。私も教室へ戻ります」
平静を取り戻した楓は踵を返し、藤四郎の居る教室を出ようとした。
期待していたわけではない。
それでも楓の心は、彼が他の女子の名前を呼ぶ度にささくれ立った。
心の何処かでは、再び彼に名前を呼ばれることを望んでいたのだろう。
そんな自分の内心を悟られぬように、平静を装って教室のドアに手を掛ける。
「――楓!」
その時、後ろから藤四郎の呼び止める声が聞こえた。
驚き振り返ると、藤四郎が楓を追いかけて来ていた。
「……今日の放課後、空いてるか? 一緒に来て欲しい」
「……空いていますけれど、良いんですか? あの子と二人っきりでなくても」
所在なげに手を口元に宛てた藤四郎が、楓の予定を尋ねた。
「ああ、流石に祐美と二人は困る。まあ、なんだ……楓が嫌じゃなければ一緒に来て欲しいんだが」
「――分かりました。この学園の生徒として、学園外であのようなことをされても困ります。風紀委員としては風紀の乱れは正さねばなりませんね。
仕方ありませんから、私も同行しましょう。あくまで風紀委員として、ですから」
一息に自分の考えを述べる楓。
スラスラと並べられる言葉は、まるで用意されていたかのようであった。
「お、おう。じゃあ放課後は頼むな」
あくまで風紀委員として同行するという彼女の怒濤の言い分に、藤四郎は些かたじろぎながら返事をした。
「ええ。では、授業の準備がありますので失礼します」
何事もなかったかのように帰っていく楓の後ろ姿は、先ほどより幾分か軽やかな足取りに見える。
それを見送った藤四郎は、もう既に家に帰りたいほどの疲労感を感じたのだった。
「これが青春ってやつかな?」
「うるせぇ」
春彦が、前髪の隙間から意地悪げな表情を見せる。
からかうようなその視線。藤四郎は返事の代わりに、春彦の頭を乱暴に撫で付けた。
始業の予鈴が鳴り響く。
生徒の大半が、慌ただしく教室の自分の席へと帰っていく。
藤四郎も自分の席へと帰り、その椅子に深々と椅子に腰掛けた。
一悶着待ち受けているであろう放課後に備え少しでも英気を養おうと、そのまま藤四郎は浅い眠りに落ちていくのだった。




