中谷祐美の王子様
祐美の一日は、鏡と向き合って始まる。
身嗜みを整え、今日も自分の可愛さを再確認する。
キラキラ輝く自慢の髪。
いつも、どんな時だって手入れは欠かさない自慢の金髪。
勿論、服装にだって気を遣っている。
普通の制服じゃあ可愛くないもの。お気に入りの赤いカーディガンを着て、胸元も少しはだけさせて大人の色気ってやつを演出している。
いつだって全力。いつだって可愛い。
それが私、中谷祐美の生き方なのだ。
決して男に色目を使ってるとか、そういう思いでやっているわけじゃない。
可愛い祐美に嫉妬して、陰で色々言う人もいるけれど、そんなことは気にしない。
だって、私は可愛くなりたいから。
自分を磨いて、イケてる女になってやる。
そして、夢はお嫁さん。
物語みたいに素敵な王子様と結婚して、素敵なお嫁さんになること。
こんなことは、夢物語。
今まで誰にも言ったことはないけれど、子供の頃から心の何処かで望み続けている夢物語。
今日も学校へ行こうと、いつもの電車に乗った。
なんてことはない。いつも通りの風景。
皆が皆、慌ただしく電車に乗り込んでスマホを触ったり好きなことをしている。
祐美もゆっくりスマホを触りたかったけれど、座席に座れずに壁際に追いやられてしまった。
――今日は、ついてないなぁ……。
そう思いながら学校近くの駅に着くまでの時間、窮屈な車内で暇を持て余していた。
その時は、まだ気付かなかった。あんな人が後ろに居るなんて。
暫く経つと、なんだかスカートの辺りをゴソゴソと何かが動く違和感を感じた。
最初は、誰かの荷物が当たってるのかな?
なんて、暢気なことを思った祐美だけれど、段々と可笑しいことに気付き始めた。
その違和感は、どんどんとエスカレートしていった。
ゴソゴソと動いているモノがお尻や太腿を撫で付けるように動いている。
――気持ち悪い……。
ゴツゴツとした男の手だ!
そう気付くと、身体が強張っていくような感覚がした。
触られる度、悪寒が走る。気持ちが悪い。怖い。
後ろから異様な気配を感じる。
時折聞こえるネットリとした吐息が妙に耳に付く。
――ふざけないでよ! いくら祐美が可愛いからってこんなことして良いと思ってるのッ!? 早く離れてよッ!!
今すぐ振り返って、こいつを吊し上げてやる!
心の中で幾ら啖呵を切ったところで、あり得ない状況に身体は言うことを聞いてくれない。
男の手が、太腿を下から上へと撫でる。
まるで弄ぶかのような仕草に身体は震え、鳥肌が立った。
――今すぐ止めて……早くどっかいってよ! やだやだやだ……誰か、助けてよ……。
男の手がなで回すことに飽きたのか、下着へとその手を伸ばしてきた。
あまりに横暴な性衝動をぶつけられた恐怖で胸が一杯になる。
このまま抵抗しなければ、こんな男に汚されてしまうのだろうか。
僅かな希望に縋り、視線を動かして助けを求めた。
周りに居る人たちは皆、スマホに目を落としたり、目を閉じて自分の世界に入り込んでいる。
誰も他人のことなんて気にしていない。誰も祐美のことなんて見ていない。
現実は無情だ。
お姫さまみたいに可愛くなりたかった。可愛いお姫さまになれるように頑張った。
そんな私を見初めたのは、王子様なんかじゃなかった。
ピンチに颯爽と現れる王子様なんて、現実にはいないんだ。
唇を噛み締め、必死に涙を押し殺す。
涙なんて流してやらない。
泣いてしまえば、この男に負けてしまう。
涙を堪えるように再び顔を上げる。
視界に飛び込んできたのは、一人の男子だった。
その人は周りよりも頭一つ高い身長で、厳しい顔つきをしている。
同じ学校の制服を着ている。恐らく一年の自分よりも先輩だろう。
その先輩と視線が噛み合う。
同じ学校だからか、その人の瞳が温かかったからか。
どうしようもなく涙が溢れた。
――たすけて。
心の中で叫んだ。
すると、先輩は颯爽と近付いてくる。
遠くに居るにも関わらず、迷わず真っ直ぐ近付いてくる。
バン!っと直ぐ横で音がした。
それと同時に、祐美を男から守るように先輩の身体が後ろに入り込んだ。
「な、何だね君は……!?」
後ろに居た男が狼狽えたような声をあげる。
さっきまで手を出してきた男の声だ。その声を聞いて、思わず身体が強張る。
「ヒッ……!!」
先輩が一睨みすると、バタバタと男は逃げ出した。
あまりに呆気ない行動に、呆然としてしまう。
車内は、何事かと先輩を訝しげに見つめている。
注目を浴びたにも関わらず、先輩は何事もなかったかのように毅然としている。
冷ややかな視線が彼に集まる。居心地が悪いはずなのに未だに後ろに居る彼の温もりを感じる。
先輩は何も語らず側に居てくれた。
さっきの男とは違う。近くに居るだけで安心する。
そっと彼の顔を覗いて見た。
狼のような精悍な顔立ち。
想像していた白馬の王子様とは、ちょっと違う。
でも、祐美にとっては紛れもない王子様だった。




