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少女と藤四郎との距離は、些か離れている。
満員電車。人と人との間は、辛うじて通り抜けられる程度の隙間しかない。
呼吸を整えた藤四郎は、人の間を縫うように進んでいく。
その身の熟しに迷いはなく、あっという間に少女の元へと辿り着いた。
バンっと大きな音を立てて壁に手を当てる。
その勢いのまま、藤四郎は少女の直ぐ後ろに身体をねじ込ませた。
「な、何だね君は……!?」
怪しげな動きをしていた壮年のサラリーマンが、藤四郎の背中越しに抗議の声を上げる。
その声に藤四郎の目の前で、少女の肩がビクッと震えた。
藤四郎は顔だけを彼の方へと向け、静かに睨み付けた。
桜花組で鍛えられた相手を脅す為の視線。殺気の乗せられたそれは素人に耐えられるものではない。
「ヒッ……!!」
自分よりも身長が高い藤四郎の鋭い眼光に睨まれると、男は縮みあがり、小さく声を上げる。
途端に萎縮した彼は、人波にぶつかりながら他の車両へと逃げるように去って行った。
車内は藤四郎一人に注目が集まる形となり、幸い少女に視線が向けられることはなかった。
直に電車は、学園の最寄り駅に到着する。
この居心地の悪さも暫しの辛抱だと自分に言い聞かせ、藤四郎は目を瞑りながら時間が過ぎるのを待った。
そんな藤四郎の姿を、赤いカーディガンの少女は熱の籠もった瞳で見つめていた。
その後、無事遅刻することなく宝来学園へと辿り着いた藤四郎。
朝から気力を磨り減らすこととなり、早く教室で一息つきたいと、彼は教室へと向かった。
「おはよう、桜花君! なんだかお疲れだね……?」
教室に辿り着くと、既に春彦が席に座っていた。
相変わらず机の上にノートを広げ、何やら設計図のようなものを書いているようだ。
「おはよ。ちょっとな……」
気遣わしげに聞かれた藤四郎は、言葉を濁しながら返事をする。
なるべくならば、電車での出来事はさっさと忘れてしまいたかった。
藤四郎自信、スマートにトラブルを解決出来たとは思っていない。
結局は相手の男を逃がし、自分が悪目立ちすることで注意を逸らしたに過ぎなかった。
もっと上手く立ち回れたのならば、また違う結果があったのだろうと思わずにはいられなかった。
考えを巡らせていると、僅かに教室の空気が変わる。
「桜花藤四郎、今日は遅刻をしなかったようですね」
「おお、委員長。おはよう、何か用か?」
名前を呼ばれ振り返ると、そこにはいつも通りパリッと制服を着熟した楓の姿があった。
始業前のこの時間。態々違うクラスまで訪れたということは、何か用があるのだろうと思い、藤四郎は訪ねた。
「えっ――いえ、用という程のことでは」
何処か不満げな表情をしながら楓が言う。
「違ったか? なら他に何か――」
「せんぱーい!!」
藤四郎の言葉を遮るようにして、一人の少女が割り込んで来た。
喋りながら小走りで藤四郎へ駆け寄り、少女はそのまま藤四郎の胸元へと飛び込んだ。
「――っと、この服、アンタ……」
「一年の祐美っていいます! 中谷祐美! さっきは助けてくれてありがとう!」
藤四郎は咄嗟に少女の身体を受け止める。
小柄ながら整った身体つきが、密着した制服ごしにも感じられる。
祐美と名乗る少女は、制服の上に目立つ赤いカーディガンを羽織っている。
その髪色も綺麗な金髪で、電車の中で出会った少女と一致していた。
「……もう大丈夫なのか?」
「はい! 祐美ほんとーにあの時怖くて泣きそうだったんですけど、先輩のお陰でもう大丈夫です! あの時の先輩、白馬の王子様って感じでぇ~マジイケメンでした!」
電車で震えていた少女とは別人のようにテンションで藤四郎に抱きつく祐美。
その好意を真っ正面から受け、些か気恥ずかしくなり藤四郎は視線を明後日の方向へと逸らした。
「……桜花藤四郎。学園でそのような不埒行為に及ぶなんて、見損ないました」
視線を逸らした先、そこには楓が二人の様子を冷ややかに見据えていた。
感情の読み取れない無機質な表情が恐怖心を煽る。
「これは、そういうのじゃなくて……ほら、祐美。離れてくれないか」
「えー……祐美もう少し先輩とこうしていたーい」
そもそも印象を悪くしないように電車を使って遅刻を回避したというのに、結局楓の印象を悪くしてしまうようでは意味がなかった。
藤四郎は雑念を振り払う。
未だ背中に手を回して抱きつく祐美の肩に手を置き、藤四郎は力業で引き離した。
「随分と仲がよろしいのですね」
「いや、仲は良くねぇよ……。そもそもさっき会ったばかりだしな」
「ひどーい! 祐美は先輩のこと愛してるのにぃ~」
極度の温度差の二人に挟まれる藤四郎。
どうしてこうなってしまったのか。
藤四郎は近くで素知らぬ顔をしている春彦へと、助けを求める視線を向けるが逸らされてしまった。
「一年生の貴女、もう少しこの学園の生徒として慎みを持った行動をしてください。そもそも何ですかその派手な髪色は? カーディガンも校則で指定されている物ではないようですね」
未だに藤四郎にくっつこうとする祐美に対して、楓が厳しい口調で問い質す。
「えー、可愛いでしょ? 祐美の可愛さに免じて許して? ――それより先輩。今日のお礼もしたいし、放課後デートしましょうよぉ。祐美、商店街のパンケーキ屋さん行きたいです!」
楓の詰問をサラッと受け流し、藤四郎へと話題を向ける。
祐美の言うパンケーキ屋とは、前回楓と出会った場所だった。




