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 朝がやって来た。清々しく晴れた空。 

数時間前まで街を包んでいた闇など、何処にもなかったかのように燦々と降り注ぐ陽光が街を照らす。 

人々は目を覚まし、街は慌ただしく動き出していた。 

  

 朝の薫りを乗せた風が、扉の隙間から吹き込み顔をくすぐる。

ぐっすりと眠っていた藤四郎はくすぐったさから寝返りを打ち、僅かに意識を醒ました。



「ん~……」


 薄めを開き、部屋の壁に掛けられている時計に目を向ける。

時刻は、まもなく午前八時。準備や通学時間を考えるならば、遅刻せず通えるギリギリの時間だ。


 そんな起きなければいけないという思いと反して、身体は心地の良い布団から出ることを拒んでいる。

昨日の夜の騒動では頑張った。だから、少しくらい遅刻してしまってもいいだろう。

そんな考えが、藤四郎の脳裏を過ぎる。



「弟く~ん? そろそろ起きなくていいの~?」


 ふわふわとした華子の声が、部屋の外から聞こえてくる。

耳触りの良い優しい声が、頭の中に入り込み反芻する。



「起きるか……」


 脳が動き出せば次第と身体も目覚めていき、藤四郎は布団から起き上がった。


 のそのそと部屋を出て、華子に促されるまま朝食をとる。

食卓に源六の姿はない。既に食事を済ませ、自室で安静にしているようだった。



「いってきます」


「いってらっしゃい。気をつけるのよ~」

 

 一目源六の様子を伺いに行こうかと考える藤四郎であったが、朝の忙しい時間、悠長にしている暇はなかった。

いそいそと支度を済ませ、いつも通り華子に見送られながら家を出る。


 

「さて、と……学校行くかぁ」


 朝日を浴び、藤四郎は大きく伸びをしながら歩く。 


 歩きながらポケットからスマートフォンを取り出し、時間を確認する。 

このまま歩いて行けば、確実に遅刻であった。


 普段の彼ならばさほど焦ることはない。

それはそれで仕方のないこと。学校が終わるまでに間に合えば良いくらいの気持ちである。



 だが、今日は違った。昨夜の楓の言葉を思い出す。


――くれぐれも明日は学校を遅刻しないように。


 別れ際、念を押すようにかけられた言葉。



「あー……今日遅刻したら不味いか。不味いだろうなぁ……」


 折角、楓との協力関係を築き、仲も良くなってきているところだ。

ここで遅刻をして印象を悪くして、この関係を台無しにする。

そんなことは藤四郎も避けたかった。



「今日は、電車使ってくか」


 宝来学園へ向かう方法は、徒歩以外にも電車通学がある。 

そちらのが通学時間は短くて済むのだが、藤四郎は徒歩での通学を好んでいた。


 朝のラッシュ時はほぼ全ての車両が、学園などがある都心部へ向かう人々で埋まってしまう。

そんなところへ行けば、中には桜花組を知っている者もいるだろう。

 

 公共の場で問題が起これば面倒なことにもなる。 

彼自身、人混みが好きではないというのもあるが、自衛の意味もあり藤四郎は電車での通学は控えていた。


 楓との約束もある。一つ覚悟を決めて、藤四郎は駅へと足を向けた。

 

 駅に着くと、同じように電車を待つ人々で溢れている。

スーツを着たサラリーマンや、藤四郎と同じように制服を着た学生。

その他にも大勢の人が、電車の到着を待っている。 


 駅のホームへと一台の列車がやって来た。

シューっと音を立てて電車の扉が開く。車内から降りる乗客は殆どいない。

乗車口に列んでいた人々が、次々と電車に乗っていく。


 藤四郎もその人波に沿うように電車へと乗り込んだ。

満員の車内。少し動けば隣の人の肩とぶつかってしまうくらい余裕がない。


――これが嫌なんだよな、朝の電車って。


 内心うんざりしつつも、藤四郎は車内に吊された胡乱な広告に目を向ける。

不倫。政治。嘘か誠か、様々な不祥事が取り沙汰されている。


 その中でも一つの見出しが目を惹いた。

 

【突如現れた謎のヒーロー・エンジェルの正体とは!?】


 自分も既にゴシップのネタにされる側なのだと思い、藤四郎はどっと疲れが押し寄せたような気がした。

それに続く見出しも、世間から巻き起こる賛否両論。善悪の論争である。

 

 何が正しくて、何が正しくないのか。

藤四郎自信、正義などと名乗るつもりはない。己が信じる行いをしてきたに過ぎなかった。 

この問いは、堂々巡りなのかもしれない。



 そうこう考えながら、藤四郎は電車が目的地へ到着するのを待っていた。

電車がまた駅の一つに止まり、人々が入れ替わり立ち替わる。


 人の波が流れたことで、乗客達の立ち位置が変わる。

そんな光景を眺めて居ると、ふと藤四郎は違和感を感じた。



 誰かに見られているような感覚。人の視線の気配だ。



――誰かに見られている? 敵意は感じない。何処から……。 

      

 藤四郎は、己に向けられる人の気配には敏感だった。 

特に悪意というものを察するのに長けている。


 今向けられたものが敵愾心からくる視線ではないと感じ、藤四郎は視線の主を探した。


 少し離れた場所。車両の隅にある壁の側で、赤いカーディガンを着た金髪の少女がこちらを見ていた。

カーディガンの下には、藤四郎と同じ宝来学園の制服を着ている。同じ学校の生徒のようだ。


 その少女は顔を俯かせ、下唇を噛んで何かに耐えているような表情をしている。

 

 不信に思った藤四郎は、少女の後ろを見る。 

スーツを着て眼鏡を掛けた真面目そうな壮年のサラリーマンが、不自然なほど少女に密着している。


――痴漢か。


 痴漢。電車に絡むトラブルとしては代表的なものだ。

ただ相手を捕まえれば良いというものでもない。

 

 恐怖心などの様々な理由で、被害者の中には訴え出られない者もいる。

また中には免罪を被り、人生に傷をつけられる者もいる。



 苦虫を噛み潰したような顔で、藤四郎は少女の方を見る。


 小さく震える彼女の身体。

再び少女がこちらを見た。今度は、しっかりと藤四郎と目が合った。 

その瞳からは、一滴の涙が流されている。  

 

――これだから電車は嫌なんだよ。


 トラブルに巻き込まれてはたまらない。

藤四郎は静かに深呼吸をして、前を向いた。

 

  

 

 


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