↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/25

おうともさ! <point of view of Kuchinashi>

 これは一体どういうことだろうか。

 彼氏どころか友達すら碌にいない私が、放課後に男の子と2人で遠出をしていた。

 数十分バスに揺られて連れてこられたのは、大きな水族館。しかも、近郊ではデートスポットして人気の。

「…」

 私が呆然と水族館の入場ゲートを見上げていると、券売機に並んでいた1人の男子が駆け寄ってきた。その手には当然のように2人分の入場券が握られている。

 放課後に2人きりで水族館へ遊びに行く…。どうしてこうなったのだろう。そんなことばかり考えていたら、私の動揺を感じ取ったのか、彼が不安げな表情でこちらを見つめてきた。

「どうした? 水族館苦手だったか?」

「いえ…屋内ならどこでもいいけれど…」

 私がそう答えると、彼は明るく笑って私の背中をそっと押した。私は戸惑いながらも、遅れぬよう彼についてゆく。

 そして、薄暗い扉の中へと足を踏み入れた。

 私は日傘を閉じてサングラスも外す。流石に暗い水族館の中でサングラスをかけていては何も見えない。周囲を見回しても平日の昼過ぎのためか客は少なく、ちらほらと見かける程度だった。

 しかし、その客層は明らかに偏っており、見かけるのは若い男女のペア客ばかり。そして私も、その若い男女のペア客の1人だった。

 私は私をここまで連れてきた男、木庭 万次の背をじっと見つめた。

 私はこの男のことを良く知らない。同い年で、同じ部活で、四十万君と仲が良くて。知っているのはその程度。彼も同じようなことしか知らないだろ。それなのに彼は私を“デート”に誘った。

 デート。

 男女が前もって日時を決めて会うこと。特に親しい男女の間で使われる言葉。

 この男が何を思って私をそれに誘ったのか、私にはとても理解できなかった。しかし、半ば強引にバスに連れ込まれた私は、抵抗らしい抵抗も見せずにこうして2人で水族館に来ている。

 彼は私と何をしたいのだろうか。私は彼と何をするつもりでここまで来たのか。

 そんなことばかり考えていたからだろうか。私は彼が再び気遣わしげな顔でこちらを見つめていることに気付かなかった。

「…大丈夫か? 体調悪い?」

「え?」

 顔を上げると木庭君と目が合う。その表情に、私はふと母の顔を思い出す。…心配をかけてしまったか。

「いえ、大丈夫」

「そっか。なら行こうか」

 私が素っ気無く答えると、彼は笑って私の隣を歩く。コロコロと表情が変わる彼を見ていると、不思議なことに少しだけ気分が晴れた。

「この水族館来るの初めてなんだけど、結構広そうだな」

「そうね…」

 木庭君の言葉に慌てて相槌を打つ。しかし、私からそれ以上の言葉は出てこない。何とか会話を続けようと言葉を捜すが、何を話せばいいのかまったく分からないのだ。

 こんな時、スラスラと楽しく会話ができればいいのに。

「あ、クラゲ。クラゲってポヨポヨふわふわしてて好きなんだよな」

 私が悩んでいる隣で、彼はそんなことを言いながら柱状の水槽の中を見ていた。私もそれに倣ってじっと見てみる。…ただのクラゲだ。私の知っているクラゲと寸分違わぬクラゲで、特に可愛いとも格好良いとも思わない。それなのに、彼は真剣な表情で水槽を見ていた。

「…そんなに面白い?」

 思わず出てきたその言葉がひどく冷たいものだと気付いたのは、それが彼の耳に届いてからだった。言わなければ良かった。クラゲが好きだと言っているのにわざわざ横から水を差す必要はない。…不快に思われただろうか。

「あぁ。面白いぞ。今は中華サラダのことを考えてた」

 彼は振り向いて笑顔を見せる。…中華サラダ。中華サラダ?

 なぜクラゲを見ながら中華サラダのことを考えていたのだろう。中華サラダ、クラゲ、クラゲ…。あ。

「…きくらげ?」

「正解。1ポイント差し上げよう」

 …いや、意味が分からない。木庭君はクラゲの水槽から視線を外すと、歩みを進める。私もそれに従った。

「きくらげって漢字でどう書くか知っているか?」

「いえ…木の海月?」

 きくらげは木に生えるクラゲみたいなキノコだから、きくらげと呼ぶのだと思う。だったら漢字で書いても木海月と書いてもおかしくはない。

 しかし、木庭君は私の答えに首を横に振った。

「不正解。きくらげの漢字は中国から入ったものをほぼそのまま使ってるから、音から想像するのはほとんど無理だな。正解は木の耳と書くんだ。小学1年生の漢字」

 キノミミ? キは樹木のもくでいいとしても、ミミって何だ。

「ミミってパンの耳のみみ?」

「なんで例えがパンなのか理解に苦しむけど、まぁそのミミ」

 ほう。木の耳か。サルノコシカケぐらいには分かりやすい名前だ。覚えておこう。

 キノコの話をしながら水槽を見る。なかなか変な感じだが、それでも会話は続いていた。

 だからだろうか。水槽が途切れて、明かりが少し強くなっているはずの階段を見落としたのは。

 気付かずに歩き続けた結果、私は空中に足を踏み出した。

「わっ…」

 幸い、手摺りに捕まっていたのと、階段が低かったおかげでバランスを崩すだけに留まった。…のだが…

「…大丈夫?」

「…ぅ、うん…大丈夫…」

 咄嗟に差し出してしまったのか、木庭君の両手が私の肩を掴んでいる。そのまま私の目を見てくるものだから、非常に彼の顔が近い。

 私が耐えられずに木庭君から視線を外すと、彼も肩から手を離す。まずい。今、すごく顔が熱い。あぁぁ…今絶対顔赤くなってる…。

 その後は、楽しげに魚について話す木庭君の話に、ぽつぽつと相槌を打ちながら水族館を見て回った。




 私達が水族館を出ると、すでに外は日が暮れていた。赤く染まる空を見上げて、木庭君が大きく伸びをする。

「…ふー…結構長かったな」

「そうね」

 私は西日とその照り返しを少し眩しく感じてサングラスと日傘を取り出す。夕暮れの明るさにサングラスだと周囲が見辛くなってしまうが、あいにく色つきのメガネは今これしかない。紫外線はUVカットのコンタクトレンズをしているので気にするほどでもないのだが、紫外線以前に私は可視光さえも普通の人よりも苦手だ。虹彩に色素がないため必要以上に光を取り込んでしまうとかなんとか。

 決して木庭君を直接見るのが恥ずかしいとかそういう理由ではない。もっと論理的で理性的な理由だ。

「…これからどうする?」

 私が言い訳がましく防御の理由を考えていると、件の木庭君がそんなことを言う。

 え、帰るんじゃないの? これから暗くなるし…。そう思って首を傾げていた私は、次の彼の言葉に胸を射抜かれた。

「明日からテスト休みだし、俺はもうちょっと一緒にいたいんだけど…」

 もうちょっと一緒にいたいんだけど…一緒にいたいんだけど…一緒に…。

 木庭君の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。私は何も言い返せずに呆然と、ただ木庭君の顔を見ていた。

「…」

「あ、ごめん、嫌だった?」

 …はっ。あまりに処理量の多い言葉にフリーズしてしまった。

 何とか再起動に成功すると、慌てて木庭君に向き直る。

「あ、あのっ、その…家に、連絡すれば…大丈夫…」




 私は家に携帯で連絡を取ると、そのままノコノコと木庭君についてきてしまった。ただ、ちょっと不安ではある。つい最近(1ヵ月以上前)知り合ったばかりの異性と、こんな遅い時間(現在午後6時)まで一緒にいていいものなのだろうか…。

 そんな私達は夕日が沈んだ空の下で、映画の上映予定表を見ていた。丁度いい時間に上映するのは、動物の感動ストーリーとアメコミ原作のアクション映画。

 …ここで恋愛モノを見たら、私は絶対に感化されて木庭君に恋に落ちていた自信がある。だって、男の子とこんなに長い時間一緒に行動したのなんて初めてなんだもの…。

「…梔子は動物の方が見たいよな?」

「どちらかと言えばそっちの方が興味はあるけれど、木庭君が他のを見たいならそれでいいわ」

「…それなら…いや…うーん…」

 木庭君が唸る。そんなに悩むならアクションを見てもいいのだが、どうやらそういうことを悩んでいるわけではないようだ。

 私が何を悩んでいるのか問うと、彼はじっと私のことを見つめる。自然と目と目が合う。へ、平常心平常心…。対人経験の少ない私には、もうちょっと気を使って欲しい。今日はドキドキしっぱなしだ。

 私が木庭君の窺うような視線を何とか受け止めると、彼は話し始めた。

「…笑わない?」

「…おそらく笑わないわ」

「…俺、その…こういうの絶対泣いちゃうんだよね…」

「…行きましょう」

「え、ちょ、ちょっと待て! だから、泣いちゃうって…」




「…ぐすっ」

「ふふ…」

 映画館を出た私は、赤い目を何度も拭う木庭君を見て少し笑う。散々私を辱めた彼は、映画を見てボロボロに泣いていた。そりゃもう嗚咽を漏らしながら号泣していた。そして映画館を出た今も泣いている。

 確かに感動的なお話だったさ。あのワンちゃんも随分と演技上手かったしね。子役よりも上手かったくらいだったよ。でも、普通は涙ぐむくらいで号泣はしない。まさか木庭君にこんな一面があったとは。

「はぁ…っもう完全に夜だな」

 少し震えている木庭君の声に空を見上げると、綺麗な星空が見える。…お腹空いたな。

 綺麗な星空と言いつつも、思いつくのが食べ物のこととは、我ながらどうなんだ。でもお腹が空いてしまったのだから仕方ない。

「あのさ、ご飯食べに行かない?」

 私の言葉に木庭君は少し驚いたような顔を見せてから、少し笑った。

「あぁ、そう…」

「よーし! ウチが連れてってやろう!」

「っ!?」

 バシっと音を立てて勢い良く肩に置かれた手に、思わず悲鳴を上げそうになる。しかし、続いてにゅっと飛び出した顔を見て、それはすんでの所で収まった。

 私の髪とは比べ物にならないほどに濃い色の金髪に、くりくりとした緑色の瞳。私の頭の半分よりも下に出てきたその顔は、私の知っている人物にとても良く似ていた。

「っ…ぶ、部長…ですか?」

「おうともさ!」

 春日井 遥。第2演劇部の部長。人形のような見た目とは裏腹に、常にズボr…眠そうにしている印象しかないので、元気な表情を見せている彼女が一瞬本人だとは分からなかった。

 いつもはもっとダルそうにしているにも拘らず、明るくケラケラと笑っている部長に、私と木庭君が顔を見合わせる。この人、もしかして酔っているのだろうか…。

「いやー、いい映画だったな! ラストシーンとか大爆笑だったし」

 私達は暗い道を部長の先導で歩き出す。部長の話によると、どうやら映画のチケット売り場で私達を発見して、それからずっと後をつけていたらしい。…ということはこの人、尾行が面白そうって理由だけで映画のチケット代払ったのか。ある意味凄い。映画が終わって声をかけようかと迷っていたら、夕ご飯の話が出たので声をかけたのだとか。

「爆笑…でしたか?」

 私は少し遠慮気味に問う。ケロケロと笑う部長は、私達とは違って私服姿だ。猫の耳と尻尾のついたパーカーと暖色のミニスカートは、小柄な彼女には良く似合っていた。もしかすると制服じゃないから誰だか分からなかったのかもしれない。…いや、テンションの較差のせいだな。

「爆笑モノだろ。犬っころ1匹にあんなギャーギャー騒ぐかよ、普通」

 前を歩く部長の言葉を聞いて、チラリと隣の木庭君を見る。大丈夫だよ、木庭君。私から見てもこの人の感性はおかしいから。だからそんな恥ずかしそうに視線を逸らさなくてもいいんだよ。

「…あ、見えてきたぞ」

 部長の言葉に、私は視線を隣から前へと向けた。しかし、私からはほぼ何の店だか分からない。あれは緑色の…のれんだろうか。白く文字が書いてあるようだが…。

 私が目を凝らしていると、隣から木庭君の呟きが耳に入る。

「うまうま亭…?」

 うまうま亭。のれんにはそう書かれているのか。彼の呟きにこちらを振り向きもしない部長が補足説明をする。

「そ。美味いラーメン屋。ラーメンと玉丼と、あとはギョーザの味は保証してやろう。他の料理は腹を下す勇気が必要だがな」

 …大丈夫なの、その店…。




 店の内装は意外にも広くて綺麗だった。綺麗と言っても若い女性をターゲットにしているわけではないので、個人経営のラーメン屋の常識の範囲だが。

 部長はテーブル席の1つに陣取ると、私の手を掴んで隣に座らせる。急に手をつながれたことに驚きつつも、促されるままに座ると、部長が微笑んだ。というか、ほくそ笑んだ。

「ふっ…木庭から取ってやったぜ」

 木庭君も私の正面の席に座り、部長の表情を見て眉間にしわを寄せた。

「何か勘違いしてないっすか…? デートしてただけですよ」

 あ、やっぱり木庭君にとって、デートという単語に深い意味はないのか。

 …。

 木庭君の言葉に胸をつかれた自分を振り払いながら、お品書きを見る。さて、何を食べようか。

「デートねぇ…ま、何にせよだな、ウチのお気に入りを口説こうとした罪は重いぞ。…あ、すみません。ラーメンとギョーザ3人前で」

 お冷を持ってきた店員さんに、部長が注文を告げる。どうやら部長の中ではもうすでに全員分の注文が決まっていたらしい。私はそっとお品書きを元の場所に戻す。

 …いや、待て。勝手に注文されたのも気になるが、この人今変なこと言わなかったか。

「あの…お気に入りっていうのはどういう…」

 ちょっと身をよじりつつ、部長の様子を窺う。人形のような可愛らしい体躯が、今はちょっと恐ろしげに見えた。

 部長がクツクツと笑う。

「お気に入りはお気に入りだよ。武彦に協力を仰いで、小牧を出しに使ってでも、同じ部活に入れようと思った程度にはお気に入りさ」

 小牧さんがダシ…? 小牧さんを勧誘するついでに私を誘ったんじゃなかったの?

 私の困惑した表情を見て、部長は更に笑みを深めた。

「…どうやら、気付いてなかったっぽいね。そりゃそうか。ウチの部員とは全員初対面だったし、他に納得する理由があれば、自分を誘う理由を改めて考える必要もないかんなー」

 他に納得できる理由があれば…? もしかして凄く簡単で単純な理由があるのか? 部長が私を気に入った理由…。

 …私についての、単純な、理由。

 思いついたのは1つだけ。ただそれは、恐ろしく冷たい皮肉にしか感じられなかった。

「何っすか、それって…?」

 木庭君が部長に問う。

 部長が笑いながら自分の腕を私の右腕に絡ませた。

「そりゃお前、一目惚れってのは、見た目でに人を判断しているに決まってんだろう?」

「…」

 私はじっと、机に映る自分の影を見つめた。

「…ぇっと…」

 木庭君が言葉を発しようとして、うなだれる。

 そして3人の間に沈黙が流れた。

 じわりと目から熱いものが溢れそうになったその時、右腕に激痛が走った!

「痛っ!」

 思わず部長の腕を振り払って、立ち上がる。

 腕を見ると、はっきりと分かるほどにつねられた跡が残っていた。

「な、何するんですか!」

「だってー、暗ぇんだもーん」

 悪びれもせずにそっぽを向く部長。何なのだ一体…。

 と、そこでここが店の中だったと言うことを思い出す。私は苦し紛れに一つ咳払いをしてから席に着いた。周囲の客の視線が背中に刺さる…。

「何でそこで暗い顔するかね」

「何でって…」

 部長がこちらを見ながらそんなことを口にする。

 見た目。私の、見た目。

 自信を持てるはずがない。肌は病的なほどに白く、流れる血の色がうっすらと見える。目も色素がないため血液の色で赤く見える。髪も、手も、足も、全部、白い。

 こんなもの…

「…誰とも…何も、一緒じゃない…」

 やっと搾り出した声は、ひどくかすれて、震えていた。

「違う」

「えっ…?」

 私は隣から手を取られ、思わず部長の顔を見つめた。

「誰とも一緒じゃない? それは違う」

「…でも…」

 ぎゅっと手を握る部長の手は、微かに震えている。彼女はただ、私の瞳を見つめていた。

「ウチと、お揃いだ」

 そう言って、部長は明るく私に笑いかけた。

「ぁ…の…」

「肌の色も、髪の色も、目の色も普通の日本人とは違う。…ウチと、お揃い。違うか?」

「…」

「さ、ラーメン食おうぜ。伸びちまう」




 ずずずと麺をすする音が響く。

 …おいしい。

 久しぶりにラーメンを食べたが、こんなに美味しいものだったか。部長が美味しいラーメン屋と呼ぶだけはある。もっとも、思うように租借ができないので、食べる速度は遅いのだが。

 私は麺を食べながら、ちらりと隣を窺う。パーカー姿の部長が、餃子を頬張っていた。明るいブロンドの髪と、碧眼、健康的な白い肌。

 …お揃い、か。

 もしかすると、生まれて初めて言われたかもしれない。兄弟はいないし、小学生の頃から友達らしい友達もいなかった。

「…そういや、木庭が全然喋らないな」

「え? えぇまぁ…」

 部長が木庭君を見遣ると、木庭君は既にラーメンを食べ終えていた。流石に男子は食べるのが早い。そんな木庭君は、部長の言葉に曖昧に頷いた。

「…何て言うか、その…俺には、気にする必要はないとか、そういうことしか言えないんで」

「そりゃまた、言わなくて正解だったな」

「やっぱりそういうもんっすか」

「あぁ。そういうこと言う奴は大抵、容姿の違いってもんをなめてる。今でこそ世界は時間的に距離が小さくなったし、科学信奉があるから常識的に見て~とか言えるってだけだ。ウチがもし鎌倉時代にタイムスリップしたらどうなるかとか考えてないじゃないかね」

「それ経験談っすか? あ、いえ、今の無しで。…部長はタイムスリップしたんすか?」

「お前そういうこと言う? …まぁタイムスリップじゃなくてもさ、カラスや黒猫は不吉の象徴で、白孔雀や白蛇が神様の使いなのは何でさ。ありゃ全部外見のせいだろう」

「…孔雀や猫は喋らないっすよ」

「逆だよ逆。喋らなくともそういう印象を与えるんだ。ウチはウチに関わるすべての人間と会話しているほどヒマじゃないんでね。それに科学信奉が弱い地域や、誤った科学を常識と捉えている人間も現代にはいる。現に今でもアフリカ、特にサブサハラでは…食事中に言う話でもないな」

 部長が横目で私を窺う。気を遣ってくれたのだろうか。アルビノの女性をレイプするとエイズが治るだとか、呪術にその遺体を使うとか。そういった迷信で犯罪に巻き込まれる例がある。そりゃあもちろん知っていた。自分のことだから。…知ったきっかけは、小学校高学年の時の女子の陰口だったけれど。

 …本当に食事中に思い出すことではないな。

 私は若干の苦い思いを噛み締めながら、ラーメンを食べ終えた。2人には随分と長い時間を待たせてしまったな。

「…さてと。流石にこれ以上たむろしてると、お泊りコースになるな。解散するか」

 部長が立ち上がる。木庭君も立ち上がった。2人はそのまま真っ直ぐに出口へと向かう。

 テーブルに残された伝票…。

 私が払うのか…。

 支払いを終えて外へ出ると、夜風が火照った体を撫でた。店内よりは多少心地いい空気を吸い込んで、空を見上げる。店や街灯の光のせいでろくに星も見えないが、それでもあそこには星が浮かんでいるのだろう。

「梔子」

 木庭君に呼ばれて振り返る。そういえば、木庭君の家ってここから遠いのだろうか。結局学校からは結構離れてしまったが。…そういえば部長の姿がないが、元々この辺りに詳しいようだったし、家が近いのかもしれない。

「何?」

「いや、大したことじゃないんだけどさ」

 とりあえず駅までは一緒だろうと思って、私は駅の方向へと歩いていく。木庭君もそれについてきた。

「今日、お前と一緒にいて楽しかった。ありがとな」

「…そう」

 その時ふと、今日の学校での会話を思い出す。

 あぁ、そっか。この人はこれを私に伝えたかったんだ。

「…ねぇ、木庭君」

「どうした?」

「…手を、繋がない?」


 この日、私は初めて男の子と手を繋いで道を歩いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。