封印っと…
「今こそ、かの暗君を打ち滅ぼし、この世界に正義を示す時なのだ! それがなぜ分からない!」
「ですから、それは法に触れる手段であってはならないのです! 暴力は正義ですか? 他者から命を奪うことがあなたの掲げる正義なのですか!?」
筆頭騎士である翼殿と、小牧司法官の議論は白熱していた。つい先月、恋人同士だということが発覚したと言うのに、お互いに譲れないものがあるのかますます勢いを増しそうだ。ここは中立である俺が、2人を止ねばならない。このままでは反国王派の足並みが揃わぬまま、空中分解してしまう。これでは今までの苦労が台無しだ。
「御二人共、落ち着いてください。自分の意見ばかりでは話が進みません」
俺が椅子から立ち上がりもせずにそういうと、2人は俺の方をチラリと見遣ってから渋々腰を下ろす。やれやれ本当に困った人達だ。こうも短気だと、国王派の人間に利用されて終わってしまう。それでは俺が困る。こいつらにはまだ働いてもらわねばならないのだから。
「筆頭騎士殿は、どのように国王を王座から引きずり下ろすおつもりですか? 騎士の中で最も力を持つとはいえ、あなたも王の近衛兵を動かす権限はないはず。国王を捕らえると言うならば、具体的な手段をお聞きしたい」
俺の言葉に真っ先に反応したのは、筆頭騎士殿ではなく司法官殿だった。
「木庭! 貴様まさか、クーデターに賛成するつもりなのか!?」
彼女はバンッと机を叩いて立ち上がると、俺を睨み付けた。豪商である俺は彼女の信念とも呼べる法に、幾度となく触れており、その度に裏から金で解決してきた。それを知っているのか、彼女は俺にあまり良い印象を抱いていないようである。
「私はただ質問しただけですよ。そもそも具体的な手段を考えるための会議なのですから、この程度は許していただきたいものですね」
司法官殿は舌打ち交じりに着席する。女性なのだからもっと慎みを持って欲しいものだ。俺は司法官殿に向いてしまった視線をもう一度筆頭騎士殿に向ける。
「城内で兵を起こし、そのまま王の下まで赴く」
「もし国王に逃げられたらどのようにするおつもりで?」
「探して、捕らえる」
「ふむ…」
単純だが、城内で決起という作戦は非常に有効だ。篭城によって時間を稼がれることもなく、スムーズに追い詰められる。ただ、さっきも言ったように近衛が常に国王に張り付いている上に、城内には国王派の人間も当然いる。怪しまれずに反旗を翻すことができるかというと…少なくともこの男だけでは無理だ。
筆頭騎士殿が兵の装備を整えている間に気付かれては国王に逃げる隙を与え兼ねない上に、準備が上手くいったとしても近衛による時間稼ぎができる。作戦の方針としては悪くもないが、国王派が未だに多い現状では良いと言い切るのも難しい。
俺は軽く頷くと、今度は司法官殿を見る。
「…では、司法官殿はどのようにお考えですかな?」
「ふん。決まっているだろう。国王を法廷で裁く。国王を裁いてはならないという法はない。平民ではないから罪状は少なくなるが、それでも不正は腐るほどある」
この案は実現不可能ではない。彼女の権限をもってすれば、ある程度の根回しで国王を訴えることも可能だ。しかし、そこから有罪になるかどうかというと、その時点で国王派がどれだけ残っているのかが問題になる。そして何より、それでは時間がかかりすぎるのだ。
今の国王が王座にいられるのも時間の問題だ。俺達がやらなくとも誰かがかの暗君を失墜させるだろう。しかし、それでは遅い。俺が早い段階で、平民の味方をしたという実績を作るにはできる限りの早急な対策が必要だ。
どうしたものか。
「…まず筆頭騎士殿の意見ですが、もしも国王に逃げられた場合、次の手が打てません」
「だから、その時は探し出して…」
「いえ、それはできません。国王派の人間は残念なことに未だ多い。今の状況で反逆しては捕らえられてしまう可能性が高い。彼らに付入る隙を与えるのは得策ではないでしょう。司法官殿の言うとおり、謀反とは国家転覆罪なのですから」
「…」
「次に司法官殿の案ですが、端的に言って時間がかかりすぎます。法廷は王の政治が関与できない場所とされていますが、書類を申請すれば確実に国王派の人間に見つかるでしょう。それだけ国王に対策を取らせる時間を与えてしまうのが問題です」
「…では、お前には他の案があると?」
司法官と筆頭騎士の眼差しを受けて、俺は薄く笑った。
「…まず、近隣の森を根城にしている賊を雇いましょう。そして、いくつかに分けて城に接近させます」
「賊だと?」
筆頭騎士の目が鋭く俺を射抜いた。ここにいる人間は頭が固くて困る。
「えぇ。賊です。城近くまで接近して散発的に暴れ始めれば、おそらく騎士と兵のほどんとは制圧に駆り出されて城は手薄になる。さらに、城を取り囲むように賊を配置できれば王の逃げ道を塞ぐ事もできる。いかがですかな? これで筆頭騎士殿は出兵の準備を誰にも怪しまれることなく行える上に、国王派の目も外の山賊に向くはずです」
「納得できるはずがないだろう。王を捕らえるために民を犠牲にするというのか」
「では現状維持がお望みですかな?」
「それはっ…」
「…さっきから何をしているのですか」
筆頭騎士殿が悔しげに…あれ。次の台詞俺じゃなかったか。突然4人目の声が後ろから聞こえ、読み合わせが停滞する。豪商の俺が背もたれに体を預けて後ろを見ると、逆さまになった梔子の姿が映った。その表情は何だか険しい。あれかな。俺の作戦がそんなに嫌だったとか?
「やることがないから、3人で漫画読んでただけだが…」
正義の筆頭騎士、翼先輩が梔子の疑問に答える。そうだ。3人で仲良く漫画を読んでただけだから、そんな顔をされる謂れはない。俺は体勢を元に戻して梔子と向かい合う。
「今月の“それ行け! ホンジョウ君”が最初から最後まで3人の会議のシーンで、話がまったく進まないから、それをネタにして3人で遊んでただけだぞ」
「何その漫画…小牧さんまで一緒になって…」
「いや、その…」
梔子の言葉に、法の守護者たる小牧先輩も口ごもる。ちなみに今日の部活はここにいる4人しかいない。他の4人は中間テスト明けということもあってか、思い思いに過ごしているらしい。部長とか絶対に寝に来ると思ったし佑介も来ると思ってたのに、意外にもそれぞれやりたいことがあるようだった。
あの一件以来、部長はあまり部室のベッドで寝ることはなくなった。なんてことは更々なく、部活の時間は大抵、いつも通りグースカピーと寝息を立てて専用ベッドで寝ている。本当にあの人の神経の図太さには恐れ入る。
「今日の部活の出席者も4人とはいえ、普段から即興で何かやるのは俺と木庭しかいないからな」
「だったら、今日の部活なしにするとか…」
「それやってると生徒会が怒るんだよ。活動していないなら廃部にするぞーってな」
梔子の文句に翼先輩が呆れたように答える。部費もゼロ円なのに、逆に廃部にする意味はあるのかと疑問に思う。空き教室は他にもあるし、もしかすると積極的に廃部にする理由がないのが、この部活が存続している理由なのかもな。
俺は机の中央に置いてある月刊雑誌を閉じると、鞄にしまう。ちなみに今日の鞄の中身は、財布と弁当箱とこのコミックマガジンだけ。教科書と筆箱は教室のロッカーの中だ。そろそろ俺が鞄を持たずに登校する日も近いかもしれない。
小牧先輩が暗幕を開けると、外には綺麗な青空が広がっていた。時計を見るとまだ午後3時。午前中で試験が終わり、部室で昼食取ったのが1時ごろだったか。
「…そういえば、翼先輩。今日は何時まで部活やるんすか?」
「ん? あぁ、特に決めてないが…2時間もここにいたし、もう止めてもいいかもな。運動部は下校時間の6時までやるらしいけど、文化部はあんまり長いことやらんやらしいし」
うへー。それって5時間近くも練習するってことか。やってらんねーな。心の底から運動部じゃなくて良かったと思う。この思いは運動部の美少女を見るたびに揺らぐのだけれど。
「…帰るか。やること無いしな」
何となく4人の間に沈黙が流れて、翼先輩がそんなことを言う。確かにこのまま部室に残っていても仕方ない。もしかすると4人はそのことを見越して部活に来なかったのかもな。俺も、佑介が来ないならと安直な理由で来てしまったが、別に来なくても良かった気がする。強いて言うなら、小牧先輩みたいな美人でもこんなアホみたいな漫画読むんだって発見があったくらい。
俺は軽い鞄を背負って立ち上がる。ほぼ同時にその場にいた全員が帰る準備を始めた。…しかし、俺だけ帰る準備が整っているので、独り寂しく部室を出た。廊下から見える北の空は気持ちのいい青空で、少し気分が晴れる。これから家に帰っても特にやることもないし、どこかに遊びに行くのもいいかもしれない。翼先輩を誘ってみるか。
俺がそんなことを考えながら空を見上げていると、3人が部室から出てくる。翼先輩は部室に施錠をして、その鍵を俺に放った。慌ててそれを受け取ると、翼先輩は微笑む。
「受け取ったな? 一年。鍵頼む」
「…まぁそのぐらいいいっすけど…」
どうせ職員室に戻すだけだ。1年生の昇降口は職員室に近いので、帰りに寄って行こう。…あ、そうだ。
1つやりたかったことがあったのだ。俺は鍵を貰い受けて、昇降口とは反対方向に歩き出す。小牧先輩と翼先輩はもう先に歩き始めてしまっている。そんな俺に気付いたのは梔子だけだった。
「どこへ行くの?」
「んー…まぁ、大した用じゃないんだが」
部室の使っていない方の扉の前に立って、それに手をかける。しかし、扉はすんなりとは開かなかった。
鍵がかかっているのか? そう思って少し力を入れると、ノロノロと扉は開いた。どうやら部室の中のダンボールが扉を圧迫しているらしい。俺はそんな細工をした覚えはないから、多分やったのは部長だろう。
再びあのような過ちがないとも限らない。こっちもしっかりと施錠しよう。俺は古びた鍵穴に安っぽい鍵を差し込んで、扉を施錠する。
「封印っと…」
俺は扉に鍵がかかったことを確認してから昇降口へと向かう。チラリと横を伺うと、梔子がサングラスをかけていた。別にこれは有名人気取りとかそういうのではない。なんでも紫外線対策の一環なのだとか。
トボトボと2人で廊下を歩いていると、ポツリと梔子が話し始めた。
「…今日も晴れているわね」
「…? そうだな」
梔子はじっと俺のことを見つめる。サングラス越しでは彼女の表情は分からなかった。もっとも、サングラスがなかったからと言って、俺が梔子の表情を詳しく読み取れるかと言うとそうでもないのだが。
「…あの…今日は四十万君はいないのね」
「あぁ。何でも遊びにいくとか何とか。詳しいことは知らないけどな」
「そう。…えっと…」
視線をクルクルと彷徨わせて口ごもる。急にどうしたんだ、こいつ。
もう一度梔子はこちらを見ると、俺が不審に思っていることに何となく気付いたのか俯いてしまった。本当にどうしたのだか。
「…ごめんなさい」
「は?」
唐突なその言葉に、俺は思わず間抜けな声を上げた。
「その…人と話すのは得意ではなくて、つまらないわよね」
俺はまたしても梔子の言葉に首をかしげた。つまらないとかは別に考えてなかったな。梔子はあまり喋らない奴だから、会話がないことは気にしていないし。
いや、違うか。俺がつまらなく思っていたとか、そういうことじゃないのかもしれない。
「梔子。これから暇か?」
「えっ? え、えぇ…時間はあるけれど…」
「俺とデートしてくれ」




