色白美乳の不思議ちゃん
昔の話で一頻り盛り上がった後、俺と鈴先輩、梔子は大きな水槽の前で立ち止まっていた。
そこはロビーに入ってすぐの部屋で、現在は客間として使われているらしい。客間のくせに部屋の照明は暗く、部屋の壁に埋め込まれている水槽が、ぼんやりとライトアップされており、幻想的な空間を演出している。
その大きな水槽の中には、ふよふよぽよぽよと漂うゼリー状の生き物。
そう、クラゲだ。
何を隠そう、俺はクラゲが大好きなのだ。大好き過ぎて海○姫も読んだ。とても他の生き物には真似できない、癒しのオーラを持っている。刺されるのは嫌だが、ダイビングしてじっくりと鑑賞してみたいと思うほどには好きだ。
この病院…もとい、別荘を初めてうらやましいと思った。クラゲを個人で飼育しているのか。うらやましい限りだ。水槽の水の交換や水温調整くらいなら別に問題もないのだが、中で水流を作るのが難点なのに。あー、クラゲ用の水槽が欲しい。
「…可愛い…」
フカフカの絨毯に腰を下ろしてじっとクラゲを観察する。ここの水槽はいいなぁ。気泡はないし、水流も上手く循環しているようで、クラゲにとっては悪くない環境だろう。それでも個人飼育では長生きしないだろうけど。
「めっちゃ可愛い…」
生まれ変わったら海の生き物になりたいな。そしてクラゲと思う存分に泳ぐのだ。今生はせいぜい風呂でタオルに空気を入れて遊ぶさ。
「はぁ…欲しい…」
俺は他にもイソギンチャクが好きだ。あとはシャコとかエビとかカブトガニとかダイオウグソクムシとかヤドカリとかカニが好き。かに座の人も大体好き。かに座のあなた、俺と一緒に暮らしませんか? いや、誰がかに座なのかなんて知らないけど。ウチの部にいるのかな?
「クラゲと結婚できればなぁ…」
「鳥と結婚しそうな人を知ってるけど、流石にクラゲに向かって言う人は初めてだよ」
「喜んでもらえたみたいで良かったわ。最近飼い始めたの」
2人が後ろで何か言っているような気がするが、完全にクラゲモードの俺には聞こえません。…でもこれ、最近飼い始めたのか。最近といえば、梔子とは水族館にデートに行ったな。その時もクラゲを見た。
多分その話を聞いた和洋さんが張り切って飼育設備ごと買っちゃったのだろう。ここの家で一番金遣い荒いのはあの人だと、俺も段々と分かってきた。
あー、もうここに住みたい。学校には行き辛いけど、梔子とは定期的に会えるし、何よりクラゲが好きな時に見られる。1人でカップルだらけの水族館に見に行かなくても済むなんて夢のようじゃないか。かといって誰か誘うと、こんな風にのんびり観察できないし。
「癒される…こんな癒しを与えてくれるのはクラゲだけ…この時だけはすべての煩悩から開放されている気がする」
「それはそれで煩悩なんじゃないかな…」
あー…クラゲみたいな女の子いないかな。肌の透明度で言えば梔子が一番近いのだけど、流石にこんなこと言ったら失礼だろうか。クラゲのように掴み所がないというか、自由というか、のん気というか、そういう雰囲気を持っている女性に巡り合えたなら、俺はすべてを投げ打ってでも愛を伝えよう。俺は昔から、のんびり屋の不思議ちゃん萌えである。
そういう感じの子と“色々”したい。見た目で判断するなら、鈴先輩も梔子も部長も小牧先輩も性対象なのだが、多分こういう我が道を行くマイペースタイプの不思議ちゃんとするのが一番興奮すると思う。少なくとも妄想では一番。あの4人ほどの美少女じゃなくても、もしかすると不思議ちゃんを選ぶかも知れない。
残念ながら今のところは現実では見たことも聞いたこともないけれど。
「あー…クラゲとセックスできたらなぁ…」
「え? 何? どういうこと?」
クラゲ似の彼女募集中です。色白美乳の不思議ちゃん。見た目だけなら梔子はほぼパーフェクト。しっかりと胸の形を確認したことないけど。今度部長に聞いてみよう。
ただ問題があるとすれば、梔子は別に不思議ちゃんでもなんでもないただの人見知りだということ。それはそれで可愛いけど、俺の理想じゃない。いや、『抱いて…?』とか言われたら理性吹っ飛ぶ自信あるけど。
でもやはりクラゲが可愛いのだ。クラゲを彼女にするにはどうすればいいのだろうか。捕まえるか? でも、素人には繊細なクラゲを捕まえるのは難しい。海水と一緒にすくう時も慎重にことを運ばねばならない。
…ま、その内会えるかな。こうして梔子は俺とクラゲを引き合わせてくれたわけだし、理想のクラゲ女子もいつかきっと会えるさ。
「梔子、ありがとうな…こんなに素敵な水槽をじっくり見たの久しぶりだ…」
「…そう」
それまでは、この水槽を見せてくれた彼女に感謝しながら生きていこう。
願わくば彼女がクラゲ女子に会わせてくれることを信じて。
まだ数十分しか見ていなかったのに、俺は鈴先輩からお叱りのお言葉をいただいた。
曰く、クラゲしか見ないなんてつまらないとか。美少女に叱られては動かないわけにも行かず、俺は仕方なくクラゲと泣く泣く別れた。で、やって来たのは遊戯室。
ここで鈴先輩持参のトランプで遊ぼうという話になった。部活でもたまにこういうことをする。我が部は演劇部だが、テキトーに遊ぶ部活とも言えるリバーシブル仕様だ。
鈴先輩の持ってきていたトランプはプラスティック製の透明なトランプ。透明とはいえ当然大事な部分は裏側からは見えず、何かオシャレなデザインだ。俺はこういう透明な物品に弱い。チェスできないのにガラス製のチェスセットとか買っちゃうくらいには弱い。
だから女子にはぜひとも透ける服着て欲しいな。毛とか見えてもいいから。気にしないというか、気に入るかもしれないから。
「…何か木庭君、目がやらしいよ」
「…すんません」
トランプを場に捨てながら、俺のことをジトッとした目で睨む鈴先輩。俺はドキリとしながら、なんとか謝罪の言葉を搾り出す。
最近、一瞬でもいやらしいことを考えると鈴先輩に注意されるようになってきた。先輩はそういう目線を多く浴びているから、何となくその手の思考は読めるのかもしれない。俺も佑介と歩いている時寒気とかするもんな。
しかし、今の別に鈴先輩のことを見てたわけじゃないんだけどなぁ。
「先輩、それダウトです」
今まで黙っていた梔子が突然ゲームを止める。鈴先輩の手は、中央の捨て札の山の上。そこに7番と宣言して一枚のカードを置いていた。
鈴先輩は梔子を見てにやりと笑う。
「ふっふっふ…夢見ちゃん。撤回するなら今の内だぜ…?」
「いえ、それは7番ではありません」
「ちぇー4番だよ。…この量貰いたくないなぁ…」
カードの山を手繰り寄せて、その耳をそろえ始める鈴先輩。よかった。俺そろそろ上がりなのに次の8番持ってなかったんだよね。あの量は貰いたくないから、迂闊にダウトコールもできないのに、梔子のファインプレーに助けられた。
「ふむふむ。…並び順バラバラだなぁ。2人とも嘘つき過ぎ。8番」
「そういう生き物っすからね、俺。9」
「そういうゲームですから、これ。10です」
「ふーん。木庭君は嘘吐きなの? ジャック」
「クイーン。佑介には、本心が嘘っぽいとよく言われるっすけどね」
「嘘吐き木庭君、それダウト」
先輩のコールに、俺は捨てたカードを開示して場の5枚を貰う。ま、あの量の手札を持っている相手にはある程度読まれるのは仕方ないか。しかし、ダウトってこんなに終わらないゲームだったっけ。何か随分長いことやっているような気がするんだけど。
「…夢見ちゃん。私何か他のことしたくなってきたよ。これなら水槽見てた方が面白かったかも」
俺と同じことを考えていたらしい鈴先輩が、ぼんやりとそんなことを言う。言い出しっぺなのに一番最初にそれを言っちゃう辺り、マイペースな鈴先輩らしい。この人意外と自己中心的だよな。実際に付き合ってみると不思議と嫌ではないけど。なぜだろう。可愛いから?
「そう言われても、ダーツとビリヤードくらいしかないですよ。どっちもやったことありません。…あとは…映画とか?」
「それにしよう!」
梔子の発言に、鈴先輩が手札を放り出す。俺は何となくそれを拾って、自分と梔子の手札と一緒にケースに仕舞う。
しかし、映画か。これまで話題に上がらなかったということは、やっぱり梔子は普段あまり見ないのだろう。長時間目を酷使するのを避けているようだし。…デートの時、映画に誘ったの間違いだったかな。まぁ、まったく見れないというわけでもないだろうから、たまに見るくらい問題なさそうだが。
「…あの、お父様の趣味の映画しかないですよ?」
少し不安げにも映る彼女の表情。俺はこの言葉を理解することなく、映画を見ることを承諾してしまうのだった。
梔子家のシアタールームは、凄い規模だった。
十畳くらいはあろうかというスクリーンに、これ何百万するの? という音響設備。ここまで揃えているのに記録媒体がDVDなのが何だか勿体無い気分になる。あ、ビデオテープもありましたよ。懐かしい。
「…木庭君。その…隣に座ってくれる?」
「ん? まぁいいけど」
DVDをセットした梔子に促されて2人掛けソファに座る。2人掛けとはいえ、梔子家のソファだ。まだまだスペースに余裕はある。しかし、梔子はぴったりと俺にくっついて離れなかった。鈴先輩はニヤニヤしながらそんな俺達を隣のソファから見ている。
いやあの、梔子の体温が感じられるとか、そういうことよりももっとずっと気になるのが…梔子さん、震えてませんか…? 和洋さんの趣味の映画って言ってたよね? その…和洋さんって、ホラースポット好きだったりしたんじゃなかったかなー…なんて…。
大画面で物静かな導入場面が流れ始めて、予感は確信に変わる。あー…これ、日本の怖い映画だ。まだ海外のホラーなら耐えられたかも知れないのに、日本のホラーは見た後、夜に何かいるような気配を感じる。こういうの苦手なんだよなぁ。佑介が好きだから、何度もつき合わされてるけど。
俺はワクワクして画面を見ている鈴先輩に聞かれないように声を落として、梔子の耳元で小さく問いかける。
「…梔子」
「何…?」
「これ…どのくらい怖い?」
「…お父様曰く、去年一番怖かったそうよ。…他のがいいって言ったのだけど、聞いてくれなくて…」
…なるほど。
美少女にぎゅっと腕をつかまれ、嫌なドキドキを感じ、俺は窺うように画面を見た。
「…」
「…」
「…」
シアタールームを出た俺達は、眼鏡の給仕、桜木さん(なんと梔子の専属らしい)に落ち着くというハーブティを淹れてもらっていた。確かにいい香りだ。間違っても血の臭いじゃない。
「どうでしたか? 映画は」
「…あれを面白いと思う人間の気が知れないわ」
桜木さんが笑いながらそう問うと、げんなりした梔子が答える。心なしかいつもより顔色が悪い。元病院の別荘は大丈夫なのに、ホラー映画ダメなのか。いや、めっちゃ怖かったけど。
「はぁ…今夜、1人で眠れないかも…」
ハーブティをいただきながらため息混じりに鈴先輩が呟く。俺も気を紛らわせないと、何かもう変に緊張してしまってダメかも。
「じゃあ、一緒に寝ますか?」
「木庭君と寝るのは目に見える恐怖だね。…でも見えない恐怖とどっちが怖いだろう…」
「いや、本気で悩まれても…」
俺には鈴先輩と一緒に寝る度胸はない。増して、ここは梔子家だ。一人娘を放っておいて、友人2人でそんなことはできない。せめて3Pだ。…3人でかぁ。ちょっと興味あるかも…。
「そういえば最初にイチャイチャしているカップルは、序盤で死ぬことが多いような気がしますね。いわゆる、死亡フラグの一種のように思えます」
桜木さんの何気ない一言に、鈴先輩が凍り付く。いや、俺達別にカップルではないですよ? 鈴先輩が男女交際したいというなら満更でもないっすけど。
そういえば、さっきの映画でも身長低い女の子が溺死してたな。流石に女優だから、先輩や部長よりは高かったけど。
…溺死か。
チラチラと過去の思い出が頭をくすぐる。俺はハーブティを口へ運んで、3人と当たり障りのない会話を続けた。
彼女は結局、俺の所に化けて出ることもなかった。あの頃の俺は、彼女に殺されたかったというのに。




