チョコミントみたいな色合いっすね
(廃病院を改築した)梔子家別邸は、(予想に反して)とても綺麗な内装だった。
受け付けがあったというロビー、入院患者等のためにあったという食堂、元病室の広い寝室…梔子は次々に広い別荘の主だった部屋を紹介していく。何と言うか、あれだな。梔子は説明が下手だな。こんなに綺麗なんだから、元々何だったかなんて言わなくていいよ。俺はいいけど鈴先輩怖がっちゃうでしょうが。いや、ホント俺は別に構わないんだけど、鈴先輩がね?
まぁ、俺は怖くないんだけど、一応、手術室やら霊安室が今どこで何になっているかだけは教えてくれ。一応ね? 頼むから。うっかり入ったりしないように。
俺がさりげなくそんなことを聞くと、遊戯室(元レントゲン室)を案内中だった梔子は振り返えって不思議そうな顔をした。
「手術室はお父様の書斎。霊安室は…どこかしら。知らないわ」
「うっかり入っちゃったらどうするの!?」
「別に死体はないですよ?」
「そういう問題じゃないよ!」
鈴先輩の悲痛な声が響き渡る遊戯室。ダーツボードやビリヤード台、カラオケマシンを眺めながら、俺は寒気を感じて腕をさすった。…霊安室、ワインセラーとかになってたらいいな。とにかく俺が入らなそうな場所に。
でも寝室になっている病室も何か…いや、今夜はおそらく1人で寝るのに、これ以上考えてはいけない。なにせ元病室だから寝室は大量にある。鈴先輩と俺が身を寄せ合って寝るには、若干不自然な状況だ。
その後も梔子の病院案内は続く。内科の診察室、小児科の待合室、リハビリ室…。梔子も小さい時に一度父親に説明されたっきりのようで、あまり馴染みのない場所は詳しく覚えていないらしい。
気にならないの? 何で気にせずに生きていけるの? どんな幼少期過ごしたらそんな鋼の心手に入るの?
「間取りも結構変わっているはずだから、この話にもどのくらい信憑性があるのか分からないけど。…そういえば、私が生まれた時に窓の数を減らしたそうよ。その数少ない窓も、日光が入りにくい構造になっていて、昼間でも薄暗い」
…あぁ、この不気味さの正体はそれか。内装は綺麗なのに、人工の光しか感じられないからこんなに不安になるのか。それにしても、梔子にとって過ごし易いようにリフォームね。あの一般的には過剰とも言える梔子の紫外線対策も、両親の教育の賜物なのかもしれない。
そんなことを考えていると、梔子がポツリと呟いた。
「…何か、もやし育ててるみたいよね」
「ふっ」
俺は思わず吹き出した。
もやし…もやしか、そうか…。確かにもやしとかホワイトアスパラみたいな育て方だな…。
肩を震わせる俺を、梔子が振り返る。
「あ、いや、すまん。笑って」
「いいえ。別に謝罪は必要ないわ。…例えが変だったかしら」
梔子は少し複雑そうな表情で視線を元に戻すと、案内を再開するのだった。
「…で、ここが元駐車場」
そう言って最後に案内されたのは、大きな大きな室内プールだった。ここは他の場所よりも自然光が強く注いでいて、何と言うかほっとする。でも、プールなんてあるんだな。流石お金持ち。
「私はあんまり使わないけど、従兄弟なんかはよく遊んでたわ」
「あんまり?」
ということは、数回くらいは使ったことがあるの?
梔子は普段の体育は、念入りに日焼け止めを塗って長袖のジャージを着て挑んでいるらしいが、流石に6月から始まった水泳の授業は見学している。日焼け止めを塗らずに水着を着れないし、日焼け止めを塗ってプールに入ることが出来ない以上仕方のないことのようだ。
その梔子が、この日光降り注ぐこのプールを使ったのか?
俺が聞き返したことの意味が分からなかったのか、梔子は黙っていた。
「いや、何回かは使ったことあるのか?」
「…あぁ、紫外線? この建物の窓、全部紫外線対策してあるの。それでもお父様は心配のようだけれど、ここだとあんまり日焼けしないわ」
ということは、ここにあるのも全部UVカットのガラス窓なわけか。すごい量だな。梔子のためのリフォームに総額いくらかかってるのだろう。
俺が少し感心しながら、水の張ったプールを眺める。…今気付いたが、さっきこの別荘に到着したばかりなのに澄んだ水が張っている。当然のように、この別荘を管理している人物もいるわけだ。お手伝いさんというかなんというか、そういう人物が。
この別荘には今何人の人間がいるのだろうか。少なくとも近くにはいないようで、プールには俺達2人しかいないのだが。
「…って、そういや鈴先輩は?」
「はっはっは。呼んだかな、木庭君」
「あ、そんなところに…」
出入り口の方から声がして、俺は振り返る。
そして、視界に入ったものに釘付けになった。
「どう? 似合うかな」
それは綺麗な緑色の水着だった。
いかにも遊ぶ用といった感じで、とても泳ぐのには適さないデザインのそれは、鈴先輩の体格には不釣合いな山を押し上げて、これまた綺麗な谷間を作っていた。…やっぱでかい。そしていつも以上に太股が眩しい。
「あー…えっと、チョコミントみたいな色合いっすね」
「…あぁ、結局その水着買ったんでしたね」
「2人ともコメントは何の面白みもないね。水着買って、ダイエットして、初お披露目なのに」
というかなぜ水着に? 俺に見せたかったとか? そういうことならしっかり見ておこう。これがあの、女子部員でお出かけした時に鈴先輩が買ったって言うアレか。…この話を思い出すたびに脳裏に浮かぶのは、未だに小牧先輩のおし…水着だが。
俺が少し遠慮がちに鈴先輩の太股を眺めていると、鈴先輩が元気に飛び跳ねる。可愛いが、意外にも胸は揺れない。しっかりした水着だこと。
「2人も泳ごう。流石に1人で泳ぐのはつまらない」
「泳ぐも何も、俺水着なんて持ってきてないっすよ?」
「え?! 何で!?」
何でって、そういう事は事前に言ってもらわないと…。しかも、ここにプールがあるって知らなかったし。逆になぜ使うかどうかも分からない水着を鈴先輩は持ってきたのか。
「仕方ない…街まで行って買ってきていいよ?」
「どんだけプール入りたいんすか…」
梔子もプールに入りたいとは思わなかったようで、チョコミント先輩の背を押して、プールサイドを後にする。…俺も鈴先輩の背中触りたい。そんで紐解きたい。いや、後ろを紐で結ぶ水着じゃないけど。
一通り案内が終わった梔子は、俺と鈴先輩を連れて客間へとやって来ていた。3人でソファに腰を下ろして、給仕さんの用意した紅茶を口に含む。うむ。美味い。いや、紅茶の味なんて碌に分からないけど。
ちなみに給仕さんは眼鏡をした美人さん。多分20歳前後。姉貴と同年代なのに、どういう経緯でここで働くことになったのだろうか。それともいわゆる美魔女ってやつか。
「…2人を招待しておいて難ですけど、特に何をするのか考えてませんでしたね」
ニコニコしている給仕さんの隣で梔子がそんなことを言う。まぁ、元々梔子も、鈴先輩の態度を見かねただけだしな。梔子家もこの別荘には毎年来ているらしいが、特に何をするわけでもなく、避暑地でゆっくりするために訪れているのだろう。
別にこの3人で共通の趣味があるわけでもなし、することがないのも当然を言える。
「夏っぽいことやろう!」
「先輩はどんだけプール入りたいんすか…」
渋々水着を鞄に仕舞っていたさっきの背中があまりに可哀想だったので、俺はここにいる間に水着を調達してくると約束をしてしまった。…街まで下りるの、地味に大変そうなんだよな。別荘を建てるのはともかく、何でこんな立地で病院なんて建てようと思ったんだろう。
「夏と言えば、そうだなぁ…やっぱり恋バナとか?」
「…そこは怪談では?」
「怖いの苦手だもん」
「じゃ、鈴先輩どうぞ。言い出しっぺの法則で」
「えー? 私は…うーん…初恋は小学生かなぁ。相手は近所のお兄ちゃんでね?」
俺の言葉を聞いて、鈴先輩は意外にも嬉しそうに初めての片思いの話を始めた。話を聞く限り、よくある女の子の片思いだ。
…困った。俺にはまともな恋愛経験などない。二次元と、手痛い失恋と、あとはシュンちゃんにからかわれた相手との思い出くらい。どれも話の種にはならなそう。俺もあんまり話したくないし、失恋の話に至っては、同じ高校に相手もいるし。
俺は必死に作り話を考えながら、鈴先輩の甘い話に耳を傾け続けた。
結局鈴先輩の話だけでお開きとなった恋バナ大会を終えた俺達は、音楽部屋へとやって来ていた。ここは病院だった頃なんだったかは分からないらしいが、現在は和洋さんの楽器コレクションの展示室になっている。当然すぐ隣に防音の部屋がある。
壁にかけられた何本もの美しいギター、堂々と王者の風格を漂わせるグランドピアノ、艶やかな曲線のチェロ…他にもバイオリン、ドラム、ハープ、オルガン、アコーディオン等々、美しく展示されている。
「これも高いんだろうなぁ…」
「値段は知らない。私は触ったこともないし、お父様も自分で弾いたことないらしいわ。お母様は…ピアノなら弾けるのかしら」
鈴先輩と感心しながら楽器の展示を見る。弾けないのに買っちゃうのか。すごいな。これ全部置物か。
落としたら弁償かなーなんて考えていたら、壁のあるものが目に留まった。
「…ショルダーキーボード?」
あれって、ウチにあるのと一緒の型かな。んー…あれって、5万円くらいじゃなかったっけ? 俺の記憶が正しければ、そうだと思う。ということは、ここにあるもの全部高級品ってワケじゃないんだな。
「…」
ここで、俺はあのダンディな和洋さんに、1つの疑念が湧いた。
もしかしてあの人、楽器を機能とか値段じゃなくて、見た目で判断しているのか?
もしそうだとしたら、本当にこの展示品は置物だな。金がある分、ファッションで音楽始めるやつよりずっと不健全な気がする。
「どうしたの?」
俺がシンセサイザーをじっと見ていたのが不審だったのか、少し先でダブルネックギターを不思議そうに眺めていた鈴先輩が振り返る。そのギターは別にカイ○キー向けの物じゃないですよ。弦が6本じゃ満足できない人間向けの楽器です。
「ん? あぁいや、俺もあれなら弾けるなってだけっす」
「え? ピアノやってたの?」
梔子と先輩が『意外』と書かれた顔でこっちを見る。
そうだろうそうだろう。意外だろう。普段おちゃらけている俺も、意外としっとりとした趣味があるんですよ。これぞギャップ萌え。
まぁ、過度な期待をされていざ演奏してくれなんて言われたら大変なので、一応真実を話しておく。
「そんな大層なもんでも…中学の時にちょっとバンドでキーボード触ってただけで…」
ただ俺には左手で鍵盤を正確に叩くことが出来ず、バンドメンバーからはダンス担当と言われていた。うん。シンセやらずにダンスやらされたおかげで、今でもダンスは得意だぞ。
そんな中俺が出会ったのは、ショルダーキーボード。
これなら右手一本で演奏しても誰も何も言わない。ついでに演奏しながらダンスもできる。俺はダンス担当から、賑やかし役へと役職が変わることとなった。結局、あのメンバーでの発表は、4回しかなかったけど。あいつら今何してんだろう。
「バンド!? 木庭君が?」
「不思議…全然音楽とか興味なさそうなのに…」
あれ? ピアノ弾ける以上に驚かれてるのだけれど、これはどういうことだ?
というか…
「梔子はともかく、鈴先輩は文化祭とかで聞いててもおかしくないんすけど…」
「えー? 音楽系の個人発表は多分見てたけど、あったかなぁ…」
「ウチは特にボーカルとギターが芸人で、半分コミックバンドに…あ、ドラムがハゲっす」
「………あっ、待って待って。えっと、あの…飛び馬とかやってたところ?」
「それ! それっす! それの1年目はダンス、2年目以降はキーボード担当でした」
「あーっ! もしかしてカポエイラやってた人!?」
「あ、俺それの片方っす。もう片方はボーカル」
「うわっ、すごい! だってあれ、バク宙とかしてなかったっけ?」
「バク転っすね」
「あのタンバリンでジャグリングやってたやつだ!」
「それドラムのハゲっす」
「女装してたね、あれ! 女装して腰振ってたやつ!」
「それはベース」
「何だっけ、あの…ズンチャッズンチャッヤッチャッチャって」
「それはギターのアホ」
「何か楽器で殺陣やってた!」
「それは…全員っすね」
「すごい! これだけ覚えてるのに演奏全然思い出せない!」
「やっぱり!」
っていうか、鈴先輩の記憶力凄い。ここまで全部別のグループと混同していない。これが学年トップの実力か。恐れ入る。
いや、我ながらウケてたとは思うんだけど、真剣にやっていたことを、ここまで覚えられていると恥ずかしいというか照れくさいというか、不思議と頬が緩む。
ちなみに上下関係が緩かったとはいえ、1年目から個人発表の部で最長の出し物だったらしい。全体で見ても俺達よりも長かったのは演劇部と吹奏楽部。合唱部には僅差で勝ったらしい。動画を撮っていた佑介に聞いた。
あ、そうだ。
「佑介が全部動画撮ってて…多分まだ持ってるっすよ。そうじゃなくとも、文化祭のだけなら実行委員からDVD貰ったので、ボーカルに連絡取れば3年分見れるかも」
「あれ文化祭の出し物で一番面白かったよ。他のどの漫才より面白かった」
「音楽バンドっすけどね…」




