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行く! 行く行く!

 今は夏休み。

 長期休暇にはやっぱりどこかへ出かけたい。

 そんなことを鈴先輩がぽろっと零した結果、俺は梔子家の所有する別荘の1つへとやってきていた。

「…」

「…」

 俺と鈴先輩が目の前の建物を見上げる。白い壁、四角い形、少なめの窓、頑丈そうなガラス戸。

 静かな山の中にデカデカと建っているそれは、さながら研究所のような外見をしていた。

 …別荘?

「…な、何かイメージと違う…」

「私はちゃんと病院みたいな所って言いましたよ。…実際、廃病院を買い取って改修させたらしいですけど」

「廃病院!?」

 俺達の後ろで日傘を差しながら、何でもないように爆弾発言をする梔子。廃病院ってやばいんじゃ…。

 俺と鈴先輩が恐る恐る梔子を振り返ると、彼女はにっこりと微笑んだ。

「ええ。父がそういう心霊スポット的なの好きなので」

「…」

「…」

 こ、こいつ、やけに積極的に俺を誘うと思ったら、こういうことか…。




 話は一週間前にさかのぼる。

 その日は珍しく、部活の時の鈴先輩に元気がなかった。

「…」

「…はぁ」

 机に突っ伏す鈴先輩が溜息をつく。俺はその隣で、ちょっと汗ばんでいる鈴先輩の胸元、というか胸をじっと観察していた。

 今日も隣のオカルト研究会がいないので、部室は高温になっている。それに耐えかねて、部長や鈴先輩はブラウスを脱いで、Tシャツ姿だ。

 そして鈴先輩のTシャツは、微妙に小さい。特に胸元が飛び出さんばかりにパツパツしている。多分、体に合う服は胸がきつくて、胸が丁度いい服は大きすぎるのだろう。今日はたまたま体に合う服を着ていたようだ。普段見えないボディラインが、はっきりと浮かんでいる。

 …いいな、これ。いや、すごいって。ブラジャーしてなかったらこれどうなるんだろう。これ以上にすごいことになるってことだよな。…いいな、それ。

 俺が幸せなドキドキと共に鈴先輩の2つのメロンを品定めしていると、鈴先輩があまり感情のこもっていない目で俺を見つめ返した。

「木庭君、見過ぎ」

「…すんません」

 いや、でも、そんな妄想はかどるようなポーズしていらっしゃると、視線が勝手に…。ほ、ほら、翼先輩も見て…ないな。見てたの俺だけか。

「はぁ…まぁ慣れてるしいいけどさ。…木庭君は、夏休みどこか行く予定あるの?」

 慣れていると言いつつ若干胸元を隠しながら俺に向き直る鈴先輩。あ、あの、隠してるのか知りませんけど、逆に強調されている気が…。

 平常心平常心…あのおっぱい、触ったらスゴ…じゃなくて、平常心。

「特にないっす。鈴先輩は?」

「あたしもないよー…どっか行きたい。ハルちゃんも家族で旅行するらしいし、翼君も実家に行くらしいし、皆どこか遊びに行くんだってさ。あたしもどっか行きたいなー」

 鈴先輩がそんな言葉に、扇風機に向かって宇宙人の真似をしていた部長が振り向く。でも、扇風機の前からは移動しない。あの人なら当然か。

「…両親とウチの部屋、別なんだぞ? 普通父親が1人で寝るか、3人同じ部屋だろう。わざわざ女子高生を1人で別の部屋にした理由を考えると、ウチはむしろ行きたくない。両親がそーゆーのするのって、あんま考えたくないし」

「ずっと家の中で蒸されてるよりいいじゃーん」

「…ウチにはそっちの方がいいよ。あの2人に気を遣って、宿の自分の部屋で遊んでるだけなんて嫌だ」

 …両親が何をした結果自分が生まれたのか分からないわけじゃないが、それを想像するのは確かに嫌だよな。連想させることも出来るだけ避けたい。

 部長の気持ちはよく分かる。

 だから、今ここで部長と同じ宿を予約して、部長の助けになったりするのは別に倫理的に考えておかしいことじゃないはずだ。

「…」

 …部長と2人で宿。どんな所だか分からないが、ホテルではなく宿と言ってるのだから、和風の温泉宿のような気がする。…温泉か。部長と混浴。入りたい。

 まぁ、実際にそんなことになったら緊張でまともに見れない自信があるのだが、それでもそんな緊張感も味わってみたいような…。

 夕食後は布団が並べて置いてあって、部長が『別に、隣で寝てもいいけど…へっ、変な事すんなよ?』なんて言っちゃって。お互い顔真っ赤にしながら気まずい時間を過ごして消灯。

 俺は緊張で眠れそうもなくて、ついに部長に手を出…

 …したら、嫌われるかな。

 きっと嫌われてしまうな。それは嫌だ。でも多分、下半身は戦闘態勢だろう。部長は部長で、普段寝相悪いのに全然動く気配もなくて、あぁやっぱり眠れないんだろうなぁ、なんて考えて。

「…」

「何真剣な顔してんだ?」

「えっ?」

 部長がサイドテールを扇風機の風でなびかせながら、こっちを見ている。どうやら俺に話しかけているらしい。…俺が真剣な表情しているのそんなに不思議ですか?

「いや、あの、大したことじゃないっす。宿ってどんな所かなってだけで」

「…ふーん?」

 部長が笑みを深める。…どうやら俺が考えていたことに、おおよその見当がついたらしい。要らんこと言ってしまったか。

「宿は温泉宿だ。混浴なんてのもあるらしいぞ?」

「っ、へぇ…そうっすか…」

 滑りそうになった口を閉じて、必死に別な言葉をつむぐ。部長が混浴。部長が混浴。部長が混浴、部長が混浴…。

 部長のあられもない姿が男に見られる。そんなの、多少我慢の利かない連中続出だろう。じっくり嘗め回すように見られて、人気のない奥の方へと連れ込まれて、そこでエロい手つきで体を触られて、そして無理矢理…。

 そこまで考えて、思考が止まる。…何、考えてんだ、俺。

 ついこの前見た写真の顔と、妄想の中の部長が重なって、俺の胸にどうしようもない嫌悪感が広がっていく。

 …。

「…部長も、混浴入るんすか?」

「入るかもなー…って、何でそんな顔してんだ?」

「あ、いえ、なんつーか…」

 嫌だな、と。

 言っていいものだろうか。そんなこと俺が口出ししても仕方ない。でも…何か、嫌だな。

 結局言葉が見つからずに黙り込んだ俺を見て、部長は呆れたように溜息をついた。

「はぁ…入るわけないだろ。普通に女湯入るっつの」

 …そりゃそうか。

 別に部長だって裸見せたいわけじゃないもんな。

 ホント、何焦ってんだ俺。

「いいなー温泉。あたしも行きたい…温泉でも山でも海でもプールでもいいから行きたい…」

 部長の話を聞いていた鈴先輩が、机に頬擦りしながらブースカ言っている。確かにせっかくの長期休暇に部活しか予定がないってのも寂しいものかもしれない。

 そんな鈴先輩の背を見つめる白い影。

「…本当にどこでもいいんですか?」

「うん!」

 梔子の言葉に鈴先輩は元気いっぱいに頷く。…それにしても、梔子が外出の提案なんて珍しい。普段は部屋から出ずに、薄暗い部屋でじっとしているの好きとか言ってるくせに。

 どういう心境の変化だ? そんな疑問は数秒で吹き飛ぶことになる。

「今度、家族で出かけるのでもしよろしければ、一緒に…」

「行く! 行く行く!」

 梔子の話を途中まで聞いた鈴先輩が立ち上がって梔子に抱きつく。あっ、つぶれた! スゴイ! 柔らかそう! 梔子のも変形してる! 挟まれたい! 何を挟んでもらうかは…どうしよう。顔とか頭はめっちゃ幸せだろうなぁ。この際、手でも足でもいいけど。

 …あ。

 …あ、ああ、あれに、俺の、愚息を挟んでもらって…っ!

「…行き先くらい聞いてください。それと暑いです」

 …。

 …はっ! どうやら気を失っていたようだ。まったく…危険はどこに潜んでいるか分からないな。

 嫌そうな顔で鈴先輩を引き離す梔子。あいつ、長袖だから暑いんだろうな。不思議とブラウス透けてないけど。

「行き先は? 海…じゃなさそうだし、山でもなさそうだし…えっと…洞窟?」

 ありえる。

「私を何だと思っているんですか…別荘です。夏は毎年そこで過ごすんです」

 へぇ、別荘か。

 ………。

 ……。

 …。

「別荘!?」

 俺が驚きのあまり鈴先輩の胸から目を逸らして立ち上がる。梔子は怪訝な顔でそれを見ていた。

「…何か変?」

 変と言うか…その…。

「俺んちには、無いもんだからつい…」

「そうなの?」

「あぁ…」

 別荘って、実在するんだ…。

 もしかしなくとも梔子って、いいとこのお嬢様だったのか。そういや普段使ってる日傘にも高級感溢れてるわ。他にも何か高そうな日焼け止め使ってるし、サングラスとか眼鏡とか制服とか、そう言われれば心なしか高そうな気がする。いや、最後のは分からんけど。

 俺が衝撃を受けている横で、コーラのミルク割りという謎の液体を飲んでいる佑介が口を挟んだ。

「あれ? 万次知らないの? 梔子さんって、有名な会社の社長令嬢だよ」

 …そんなやんごとない身分の方相手に、俺めっちゃ気安く話しかけてたのか。…怖っ。もしかして入学から今まで俺、というか木庭家存亡の危機の連発だったんじゃ…。

「えっと…く、梔子、サン?」

「…」

 あ、何か機嫌悪そう! 眉間にしわが! やっぱり今までの態度に不満があるのでは!?

 俺がちょっとビビリながら梔子の様子を窺っていると、ちょっとトーンの低い声で不満を口にした。

「呼び捨てにして」

「あ、はい…」

「あと、次の水曜日予定ある? 無いなら一緒に別荘に来て」

「え? 何で俺が…」

 俺は純粋に疑問に思っただけなのだが、梔子の表情はまたも曇る。まずい! 木庭家存亡の危機!

「予定はないっす…」

「そう」

 俺が消極的に参加の意思を表明すると、梔子は少し表情を緩めて俺と鈴先輩に当日の集合場所と時間を伝えるのだった。




 集合場所は駅前だった。

 俺の家からの最寄り駅である。梔子は俺の家の場所を知ってるし、鈴先輩が俺の家の近所であることも知っている。だからこそ、ここを集合場所に選んだのだろう。

 ただ1つだけ文句を言うことがあるとすれば、佑介の家からも近い、ということだけだ。

「いや、だってさ梔子さんの両親とか見てみたいよ。だって、父親は有名なIT企業の社長さん、母親も元弁護士らしいよ」

「…怖いよな」

「面白そうじゃない?」

 面白そうと笑顔で言い切る佑介。本当にこいつとは意見が合わない。

「じゃ、僕はあっちにいるから」

「おう」

 梔子はなぜか鈴先輩と俺だけを誘った。小牧先輩とタケちゃん先輩は用事があるらしいし、部長と翼先輩は鈴先輩の言った通りの予定だ。でも佑介は暇だったのに、何故か誘わなかった。

 梔子にも何か考えがあるんだろうけれど、佑介がここにいたら少し気にしてしまうかもしれない。佑介には少し離れたところで見ていてもらうことにする。

 …あー、佑介がいなくなったら、緊張してきた。梔子の両親か。梔子と男女交際をする可能性を考慮すると、出来る限り好印象を与えたい。最低でも嫌われるなんてことはあってはならない。

「…はぁ」

「おはよう。どうしたの? ため息なんてついて」

「あ、鈴先輩。おはようございます」

 思わずため息がこぼれたところに、鈴先輩がやってきた。

 あ…。可愛い。

 鈴先輩は夏らしいワンピースを着ていた。いつも制服か、この前のTシャツ姿くらいしか見れないから新鮮な気分だ。何て言うか、女の子がオシャレにお金と時間をかけるのは、きっとこういうことなんだろうな。可愛い。

「先輩、服とってもよく似合ってるっすよ」

「ふふん。お姉さんだからね」

 言ってることはよく分からないけど。

 笑顔のまま胸を張っていた鈴先輩は、俺の全身をさっと見ると笑みを深めた。…どうやら服装におかしなところは無かったらしい。良かった。

「そういう木庭君も、結構バッチリ決めてるね。自分で選んだの? それとも四十万君?」

「服は姉貴がこれ着て行けって渡されまして」

「なるほど。お姉さんの趣味なんだ。かっこいいよ。なんていうか、木庭君っぽい」

 俺っぽい? え、それって本当にかっこいいんですか? 褒めるところがないからテキトーなこと言ってるだけなんじゃ…。

 俺が本当に大丈夫な服装をしているのかを問い質そうか悩んでいると、駅の広いとはいえない駐車場に黒のボディに白でスタイリッシュなペイントのしてある凄い車が止まった。

 どのくらい凄いかと言うと、多分軍事用に使われている車両を民間向けにGMが作ったアレのH1くらい凄い。というかアレの4ドアワゴン車そのものだ。あの家、燃費とか気にしねぇんだろうな…。っていうか、日本の道路この車で走れんのか? 対向車線にはみ出さない? 大丈夫?

「すげー…本物初めて見た…」

 あの車に容赦なくペイントしちゃえる勇気もやばい。俺なら確実に買った状態でガレージに保存だわ。絶対にあれで公道は走らないし、ペイントもしない。というか小心者の俺には、まずあれを購入する度胸は無い。もう製造してないし、ブランドもなくなっちゃったけど。

 その車の扉が静かに開かれて、見覚えのある日傘が開く。そして運転席からもなにやらダンディな男が降りて来た。

「…ごめんなさい。お待たせしてしまいましたか?」

「ううん。大丈夫。たった今来たところだから」

 梔子と鈴先輩がそんな言葉を交わして笑い合う。先輩、何でそんな余裕綽々なんですか…。俺には回転半径8m超える車に乗ってる人間にそんな気安く話せないんですが…。

「はじめまして。君達が夢見の友達だね?」

「はい。はじめまして。木庭、万次です」

「うん。夢見から話は聞いているよ。私は夢見の父、梔子 和洋だ」

 うひゃー。父ちゃんめっちゃイケメンじゃん。背も高いし筋肉質で、これが本当に高校生の娘がいる年齢の父親かよ。

 鈴先輩と和洋さん、そして後から車を降りて来た梔子の母親、あやめさんと挨拶を交わし、件の凄い車に乗り込む。

 …視線が高ぇ。バスかよ。

「…しかし、凄い車ですね。俺、実物初めて見ました…」

「この車、普段は使ってないの。夢見がお友達連れてくるって言うから和洋さん張り切っちゃって」

 何故か隣に座ることになったあやめさんとお話をさせていただきながら、遮光率の高い窓の外を見る。やっぱり視線が高い。落ち着かない。ついでに車のシートがめちゃくちゃ快適。内部は色々とカスタマイズされていて、何と言うか趣味がいい。でも落ち着かない。

 小心者の俺が変な疲れを蓄積させている間も、快適な車の旅は続くのだった。



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