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捨て駒ご苦労様!

 部室の向こう側から佑介が歩いてくる。こそこそと隠れる素振りを見せているが、部室には身を隠す場所などないので丸見えである。

 俺は佑介の行く手を阻むように立ちふさがると、何度も言っている台詞を口にした。

「この橋は現在通行止めだ」

 一本橋。

 それは、橋を渡るか渡らぬかの戦い。

 佑介は俺に声をかけられ悔しげに表情をゆがめた。

「見つかった…!」

「今、この橋を渡ることは出来ぬ。ここに何の用だ」

 橋を渡りたい攻撃側と、通過させたくない防御側に分かれて演じる定番のアレだ。ウチの部でも月に何度か、上手いシチュエーションが思い浮かばなかった時に行われる。

 ちなみに他の演劇の集団がどうなのかは知らないが、我が部では基本的に防御側が勝つ。よほど口が上手くなければこの橋は渡ることができない。かく言う俺も、翼先輩と鈴先輩に一度ずつ渡られた以外、この橋を通過させたことはない。逆に渡ったことも一度もない。

「この橋を渡りたいのです。通していただけませんか?」

「ならぬ。この橋はこちら側から渡ることを禁じている」

「そこをなんとか! この橋を渡った先の薬師に用があるのです!」

 勢い良く頭を下げる佑介。残念だが彼には、他の医者を当たってもらおう。俺は少し声を荒らげて佑介に帰るように命じる。

「ええい! 黙れ黙れ! 何人たりともこの橋を渡らせることはできぬのだ! 他の薬師をあたればよかろう!」

 俺がそう口にすると、佑介は頭を上げて、にっこりと笑った。

「…あくまでも私の行く手を阻むというのですね…?」

「な、何をする気だ…」

 うわぁ…悪い顔…何を言うつもりだ?

「よろしい。無理にでも通していただきましょう!」

 実力行使!? 情に訴えるとか、言い包めるとか、脅すとかじゃないの!?

「えーい!」

 情けない掛け声と共に佑介が突進してきた! 俺は腰の剣に手をかけて、

「…」

 結局抜かなかった。

「わー! バカバカバカ! 通せ通せぇー!」

 ポカポカと胸を叩く佑介。こんなんで通すと思ってんのか。

 俺は警備兵とはいえ役人。お役所仕事をこなさねばならんのだ!

「鬱陶しいわ! ここを通るには通行許可が必要だ! 王都まで取りに行って来い!」

「ばかぁー! 通せよ通せよぉ! この先の薬師に用があんだよぅ!」

 俺が軽く肩を小突いてやると、佑介はヨロヨロと後ろに2、3歩下がって尻餅をついた。泣きじゃくる佑介。ってか、最初こんなキャラだったか?

「ひぐっ…えぐっ…通せよぉ…」

 くっ…実力行使かと思いきや泣き落としか。俺はしゃがんで佑介に視線を合わせ、頭を撫でてやる。

「許せ…」

 佑介が少し落ち着いたのを確認すると、俺は立ち上がって優しい声音で彼に声をかけた。

「…私だって、何もお前をいじめたいわけではないのだ。しかし私にも家族がいる。ここでお前を通せば家族が路頭に迷ってしまう。どうか分かっ…」

 そこまで言いかけた時、視界の端で何かが動くのを捉えた。

 目で追う前に体が動いて、高速で突進してきたそれを全身でブロックする。

 しかしその物体の運動エネルギーは俺の体重を受けても尚、止まることはなく俺の体をなぎ倒してようやく止まる。

 打ち付けられた体が痛い。芝居じゃなく普通にタックルされた…。

「貴様! 橋を渡ろうとしたな!?」

 俺は覆いかぶさっている小牧先輩を振りほどこうともがきながら、何とか台詞を口にした。

 よし。左手が自由になった。これで佑介も止められる。

「捨て駒ご苦労様!」

 立ち上がって走り出した佑介の右足を左手で掴む。一応小牧先輩を振り払った時に合図したから、転ぶ準備できてんだろ。

 俺が倒れた時のような鈍い音はせず、派手な音と共に佑介が転ぶ。こいつ転ぶの上手い。

「ええい! 貴様らこの橋を渡ろうとしたことが、王のご命令に反することだと分かっているのだろうな!」

 俺は小牧先輩を完全に振り払って立ち上がると、彼女の右手を掴んで拘束し、転んでいる佑介も立たせる。まったく。とんだ作戦だった…。

「お前達の身柄は拘束させてもらう。この場で斬られないだけ感謝するんだな」

「くそぅ…覚えてろよ! 今度はお前の家族を人質にとってやるからな!」

 下衆かよ…。




 ****

「うーん…上手い作戦だと思ったんだけどなぁ」

「どこがだよ…」




 汚れた制服を叩きながら、部室を見回す。暗幕が下りているのでよく分からないが、多分空は快晴。この前のどしゃ降り以降、夏休みは毎日晴れている。

 …暑い。

 小牧先輩と触れ合っていた部分が熱いとかそういう意味ではなく、気温的な意味で暑い。誰だよ部室涼しいとか言ってた奴。普通に暑いぞ。俺デース☆

 …いや、ガチで何でこんなん暑いの? 昨日涼しかったじゃん。あんまり外の気温変わらないはずなのに、部室が今までにないくらい暑い。

 もしかして今日は、隣のオカルト研究会がいないから暑いのか? あれってもしかして隣からの隙間風で涼しかったの?

 あんまり動いてないのに汗ばむ。この状況で人間にタックルかます根性は尊敬に値すると思う。俺は若干軋む肋骨をさすりながら、小牧先輩の様子を窺う。

 …うーん…やっぱり、笑顔だ。何ていうか、今日は一段とステキな笑顔だ。惚れそう。ってか、惚れた。小牧先輩に何があったんだろう。鈴先輩と談笑をする彼女を見ながら、じっと考え込むが、今のところ夏休みは大体佑介と梔子、時々部長としか遊んでいない。梔子と部長は補習が終わってから、この謎の夏休み部活とかいうイベント以外で会ってないけど。

「どうしたの?」

「え? あぁ…何ていうか、印象が変わったなと…」

 俺がじっと先輩2人を見ていたのが気になったのか、タケちゃん先輩が俺に声をかけてきた。俺の説明不足の言葉を聞いて、彼は納得したように頷いた。

「なるほど。…僕もそう思うよ。小牧さん、笑い方変わったよね」

 この人エスパーダ、間違えた、エスパーだ!

 俺が驚いていることを知ってか知らずか、タケちゃん先輩は小牧先輩たちを窺いながら声を潜めた。

「んー…多分だけど、中林君と仲直りしたんじゃないかな」

「中林…? どなたっすか?」

 どうやらタケちゃん先輩は、小牧先輩にその名前を聞かれたくないらしいので俺も声を潜める。…そういえばタケちゃん先輩、こういう内緒話をよく佑介と2人でやってるけど、癖なのだろうか。

「中林 健吾。去年剣道部だった男子で、小牧さんの幼馴染。中林君が剣道部止めるって言い始めてから、ずっと喧嘩してたみたいだよ」

 …あー、入部した時何か言ってたような…。全然思い出せないが、その中林先輩と仲直りしたから小牧先輩は元気になった。

 …なるほど。

「よっぽど好きなんすね…」

「そうだねぇ。去年までは、ウチの高校の三大オシドリ夫婦なんて数えられてたよ。…ここの部活の中だけで」

 ほほう。ってことはあんな美人とラブラブチュッチュできるわけか。うらやましいな中林先輩。何で俺の幼馴染は同性なんだ? 可愛い顔してんのに。

「まぁ。本人達はお互いに恋愛対象として見た事ないって言ってたけど」

「何すかそれ。あんな美人なのに」

「…ちなみに中林君もイケメンだよ。僕から見ると、翼より数段かっこいい」

 なんだと!? 益々うらやましいぞ、中林先輩! …何か、そこまで言われると会って見たい。まぁ、積極的に行動を起こすほどじゃないけど。

「イケメンで身近にあんな美人…何か言いようのない劣等感を感じるんすけど」

 姉貴に口元が不細工と言われる顔、身近にいるのは俺よりモテる同性、彼女はここ数年いた例がない。…なんだこの格差は。政治は何をしている。こんな格差、是正せねばなるまい。

「…キミが劣っているなら、僕はもう生きていけないよ」

「タケちゃん先輩は大丈夫っすよ。きっとステキな女性と結婚できます。付き合うとかそういうのよりも、結婚に向いてると思うっす」

「それって慰めてるの?」

 タケちゃん先輩に微妙な顔を向けられる。慰めるっていうか、率直な感想です。多分この部活の誰よりも結婚に向いてます。職業はハウスキーパーとかホテルマンとかお勧めです。

 …結婚か。イケメンが必ずしも幸せな結婚できるとは限らないよな。若干気が晴れてきたぞ。割れ鍋に綴じ蓋と言うではないか。高級フライパンが高級土鍋の蓋と結婚しても、お互いに辛いだけだ。幸せには一本足りない。

 よし、気分が晴れた。高級フライパンが高級フライパンの蓋と結婚する例は考えないでおこう。多分、割れ鍋と綴じ蓋よりもぴったりとくっつくから。

 ちなみに綴じ蓋って閉じ蓋じゃなくて、修繕された蓋のことだぜ! この前佑介に教わった。

「…何か用?」

 え?

 俺が思考の海から意識を引き上げると、目の前に小牧先輩が立っていた。…流石にあれだけじっと見てれば気付くか。

「用ってほどじゃないよ。小牧さんどうしたのかなって話」

「どうしたって…何よそれ。あたしどこか変だった?」

「あぁいえ、そういう意味ではなくてっすね。今日の小牧先輩可愛いなーって話してたんすけど…」

 俺の言葉を聞いて、小牧先輩はポカンと口を開けて俺を見つめる。えっ? 何その表情…俺なんかまずいこと言ったか!?

 俺が頭を下げようかと悩んでいるうちに、小牧先輩の顔がみるみる赤くなった。

「なっ、たっ、そっ…!」

「…?」

 なたそ? 何それ。俺今、罵倒されてるのかな。内容分からないと、美人に罵倒されても嬉しくも悲しくもならないんだけど…。

 そんな小牧先輩を後ろから見ていた鈴先輩が、苦笑いしながらやってくる。

「…通訳するとね、何であんたそんなこと話してるの? って感じかな」

「え? 何でって…そりゃ、今日の小牧先輩が可愛かったからっすよね?」

「まぁね。…そういうことサラッと言うキミも凄いけど」

 隣のタケちゃん先輩も若干呆れ顔。…何だ? やっぱり俺に不手際があったからこんな状況に陥っているのか?

 俺はじっくりと自分の発言を思い返して…、あることに気付いた。あ、やばい! これだ! これについて怒っているのか!

「あっ、いえっ、あの!」

「お? 自分が何言ってたのかようやく思い至ったのかな?」

 鈴先輩のそんな言葉は俺の耳には入らない。もっと言えば、入っても脳で処理されていなかった。必死に小牧先輩になんと言い訳をするか考えていたから。

「今日の先輩が可愛いっていうのは、いつも美人で、可愛いって言うよりも綺麗な感じの顔立ちなのに、今日の笑顔は無邪気というかなんと言うか、めちゃくちゃ可愛くてっすね! そういうところが可愛いって話をしてたので、あのっ、いつもは…」

 可愛くないとかそういうことでは…。

 と言い掛けて止まる。…何だこの空気。

 怒っていると思われる部分を訂正したというのに、さっきまでの呆れムードは増すばかりで、小牧先輩もまだ顔を真っ赤にして怒っている。

 うぅ…やはり2、3発殴られなければならないか…。

「万次万次」

 佑介が梔子と一緒に、殴られる覚悟を決め始めたを俺を見ている。助け舟かと思いきや、その表情は鈴先輩やタケちゃん先輩に近い。

 どうしたらいいの!? 藁にもすがる思いで視線を向けると、佑介は苦笑いを深めた。

「落ち着いて。別に小牧先輩怒ってないから」

 何を言っている。普段可愛くないなんて言われたら女子は傷付くだろう。だからこうして必死になって言い訳をしているというのに…。

 俺のそんな思いを読み取ったのか、佑介がこちらに歩み寄る。

「あー…えっと、外の空気吸いに行こう。自分がどれだけテンパってるか分かってないでしょ? …すみません、そっちお願いします」

「お、おいちょっと、佑介!?」




「…何だよ、こんな所に連れ出して…」

 俺は佑介に連れられて、屋上へとやってきていた。そこの日陰に腰を下ろした佑介は、空を見上げて大きく伸びをした。

「万次。今日は天気がいいね」

 佑介が俺にいつもの笑顔を見せる。…それを見て頭の中を掻き乱していた焦燥が、少しだけ落ち着いた気がした。

 そうだ。佑介が落ち着けと言っているのだ。もう少し安心したらどうだ?

「…ああ」

 俺も同じように腰を下ろして空を見上げる。鬱陶しい太陽は目に入らず、青い青い空をじっと見つめた。屋上は少し風が吹いていたが、それでも夏の昼間であるため気温は高く、今日の部室よりはマシという程度。

「こんな日は木陰でのんびりしたら気持ちがいいかもね。ここは貯水槽の影だけど」

「そうかもな…」

「お? あの雲、なんだか唐揚げみたいじゃない?」

 ゆっくりと流れていく小さな白い雲を目で追いかける。…唐揚げ。唐揚げか。見えなくもないが、特別唐揚げに似ているという気もしない。

 唐揚げと言うよりは、

「…プードルの頭」

「プードルかぁ…茶色いプードルって、唐揚げに似てるよね」

「プードルの唐揚げ?」

「可哀想なこと言わないでよ…」

 佑介の左手が、俺の右手に重なる。俺は何となく振り払う気になれなくて、俺は空を見上げ続けた。

「あのさ、万次」

「ん?」

「小牧先輩は怒ってなんかいなかったよ」

「…そうかな」

 俺咄嗟に怒っていると考えてしまったが、佑介は違うという。

 俺は佑介を信頼している。多分、他の誰よりも、他ならぬ自分自身よりも。

 ならば、もしかすると小牧先輩が怒っていたのは俺の思い違いで、実はもっと違うことを考えていたとか…。

「小牧先輩はきっと、今まであんまり可愛いなんて言われたことなかったから、照れてたんだよ」

「そうか? だって、あんな美人だぞ」

 可愛いくらい誰でも言うだろう。

「うん、まぁそうなんだけど…万次が思っている以上に、小牧先輩にとって『可愛い』って重い言葉だったのかもよ? まぁ、とりあえず僕を信じなよ」

「…照れてた、か。…なるほどな」

 ゆっくり考えてみると、確かに辻褄は合う。…これを信じるとすると、1つ問題があるな。

「…俺、結局どうすればいいの?」

「うーん…今回はまぁ、何もしなくていいんじゃないかな。あのままだったらちょっと小牧先輩が限界だったかもしれないけど、万次は褒めてただけだし。勘違いでしたって謝られても困っちゃうよ」

「…そっか」

 …失敗したなぁ。怒っているとばっかり思っていたから、あんまり覚えてない。あの美人の照れ顔なんて滅多に見られないだろうに。

 俺は大きく息をついて、右手を振り払う。

 佑介はそれを合図に、スマホを取り出してどこかに連絡を取り始めた。

「あ、もしもし? そっち大丈夫ですか?」

 相手の声は聞き取れないが、部室にいる誰からしい。敬語なので梔子以外。部長も扇風機の前で寝てたから違う。

 誰だろう。鈴先輩かな。

 俺は運動部の掛け声に耳を傾けながら、ぎゅっと右手を握り締めた。


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