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18/25

夏休みだからといって、あまり浮かれてはいけませんよ

「…上手いな」

 画面の中で自在に動くキャラクターを見つめながら、思わずそんなことを零す。

「そう?」

「間違いなく俺たちの始めたころの2倍くらいは強い」

 格闘ゲームとは思えないほどに静かにコントローラーを操作する梔子は、こともなさげに通常難易度のAIを圧倒していた。

 まぁ流石に、今の俺達よりは弱いけど、それでも立ち回りが異様に上手い。基本的なシステムと、技の特徴を少し教えただけなのに独自に有効な戦法を導いて、戦略的な動きをしている。格闘ゲーム初心者にあるまじき実力だ。

 練習が必要なコンボこそ使わないが、一撃離脱を繰り返しては着実に相手を押している。…アレだな。投げと中段の使い方、攻められてからの体勢の立て直しや反撃が上手い。ちなみにこれ全部、俺の苦手な分野。

「梔子さん、反射神経いいねー。綺麗にカウンター決めてくるよ。…この調子であと1時間やったら、僕達に追いつくんじゃない?」

「いくら難度の高いコンボ出来ても、立ち回りで生かせなきゃ意味ないからなぁ。…そういうの強いキャラって何だろうな」

「ユーが強いかも。あとはトーカかなぁ…あ、ガードポイントの使い方とか上手そうだし、サブローもありかもね」

「あー、確かにキャラの特殊技の扱いとか上手そうだな。そうなるとミスターラバーとか、プリンも…」

「ドロイドは?」

「俺あいつに強い印象ないんだけど」

「でもCP戦で一番鬱陶しい技使ってくるのあいつじゃない?」

 とりあえずということで初心者向けのキャラクターを使わせている梔子が、どのキャラクターなら対戦相手として不足ないかを2人で相談する。共に梔子を遊び相手にする気満々である。本人はまだどのキャラクターにも愛着がないので、俺たちの意見を参考にキャラクターを選択してもらうことにしよう。

「…で、次は誰を使えばいいの?」

「えっと、ユーかな。鉢巻つけてる和服の男。画面の左端」




「なん…だと…?」

 休憩を挟みつつも、沙羅双樹をプレイすること1時間半。

 ついに梔子が俺から1ラウンド獲得した。

「ついにしてやったわ…」

 悪い笑顔で画面を見つめる梔子。…悔しい。このゲームの大先輩が、今日始めた若造に負けてたまるものか!

「万次も負けたかー」

「まだ負けてない! ラウンド取ったからっていい気になるなよぅ…!」

 ちなみに佑介はこの試合の7戦くらい前に負けている。…それなのに何故か俺、佑介に負けるんだよなぁ。何でなんだ? プレイヤーの相性か?

 開幕はお互いにバックステップ。ここで先制しようと出の早い技で無理をすると、大抵上手くいかずに綺麗に反撃を決められる。梔子も開幕はバックステップを使うことが多いが、だからと言ってこいつに隙の大きい射程の長い技を使うのもはばかられる…。

 引っかからなかったら目も当てられないし。

「梔子さんのトーカ安定してきたよね。強いと思う」

「ホントな…」

 俺はでかいポリバケツが走って、跳んで、ミサイルを撃つ姿を見ながら呟く。距離を取った時点で予想はしていたが…くっ…これ弾幕ゲーじゃないんだぞ! ハイビーに遠距離搭載されてないんだからこっちのことも考えて攻撃しろよ!

 ミサイルの軌道を読んで、低空ジャンプから空中ダッシュで弾幕をくぐって接近すると、それを嫌がるように吹き飛ばし効果のある中距離技を放つ梔子。

「っ…」

「よしっ」

 俺はガードでその場に留まると、そのまま攻守逆転。ふはは。この距離ではミサイル撃てまい。

 簡単に固めてから投げかな。鉄壁のポリバケツをタコの脚で殴りつつ、ショートダッシュで距離を詰めて投げ! そこから追撃!

 と思ったのだが、俺の安易な投げは梔子にとって抜けるのは簡単だったらしく、あっさりと距離を取られてしまった。

「余裕」

「助けて、ジャべリーン!」

 投げ抜け後の仕切り直しの距離から、俺の強制ダウンの中距離技が梔子に刺さる。どうやら遠距離に逃げようとしたところを上手く攻撃できたらしい。

 少し余裕を持ちながらジャンプで接近して、空中攻撃で起き攻め。…空対空使えないギリギリのタイミングだったな。次から気をつけよう。

 ガードした梔子の目の前に着地して、キッチリ下段で揺さぶる。…上手い。俺ならこの状況、対応できなかっただろう。

 何か梔子と戦うと、反省点が見つかること多いな…。

 しかし、今のところは俺が有利に展開している。このラウンド落としたら、本当に負けてしまう。初心者には負けられん。

「中段!」

「って、下段じゃない!」

「汚い! 流石万次、汚い!」

「よし、崩した!」

 二択を迫って、下段を撃った後に一拍置いてから打撃防御判定技。あまりの華麗なコンビネーションに梔子もガードを解いた。このまま攻めるぜ!




「どう? 万次。あんなに卑怯なことをした上で負けた感想は?」

「…多分、卑怯なことして勝つよりは気分がいい」

「それはいいことを学んだね」

 キャラクターを選んでいる佑介の背中を見つめて、思わずため息が出る。まさかあそこからゲージ技2回も貰うとは思わなかった…。

 こんな時は、部長に慰めてもらおう。

 俺は居間の隅で不機嫌そうにこちらを見ている部長の隣に腰を下ろす。…うわ、部長なんかいい香りする!

「…なんだよ」

 平常心平常心。眉間に皺がよっている部長を前に、緊張を噛み殺して可能な限りいつも通りに振舞う。

「結局、姉貴のTシャツ着たんすね」

「洗濯しちまったからな」

「…部長もやりますか? あのゲーム」

「初心者があそこに入れるわけないだろ」

 梔子も初心者ですが。

 まぁ、パーティゲームなんかと違って格闘ゲームは敷居が高い。俺も昇竜、逆昇竜コマンドが入れられなかったなぁ。そう考えると、物の数分でほぼすべてのコマンドをそつなく入力できるようになった梔子がどれだけ異常か分かる。本当にあいつ初心者か。

「…」

「…あ、佑介勝った。流石に佑介のカーニーに攻勢取られるとはなす術もないって感じだな…」

 うーん。単に佑介のカーニーが強いってだけじゃなくて、トーカの基本的なコンボは始動技が重めだからそこを狙われてる感じだな。やっぱり梔子は様子を見ながら後の先を取るような戦術の方が合っているのか。自分から積極的に攻める時に、単調になりがちで読まれやすい。

 読み合いなら佑介の得意分野だし、最初の頃負けたのも単に初めて戦う相手である梔子の行動を読み切れなかったというだけなのかもしれない。

 俺が1人で佑介と梔子の戦闘を分析していると、突然右腕が突っつかれる。隣を見ると、部長が若干ふくれっ面をしていた。

「何すか、その顔」

「1人にすんなよー。寂しいだろー? ウチも混ぜろー」

「初心者は混ざらないんじゃ…?」

「もういいよ。ウチにも教えろ」




「…眠ぃ…」

「目が…何か頭も痛いわ…こんなに長時間画面見続けたのいつ以来かしら…気をつけていたのに…」

「ふぁぁ…もうテッペンなんてとっくの昔じゃん…」

「段々朝日が昇る時間だね」

 …部屋に戻ろうかな…まぁ、いいや…。

「…あー、もう、おやすみ…」

「僕も眠くて…」

「んー…寝る…」

「…」




「…んー…?」

 気がついてから最初に視界に入ったのは、居間の天井だった。

 そういえば、遅くまでゲームやっていて結局、居間で寝てしまったのだった。俺は目だけを動かして時計を見る。まだ7時か…3時間しか寝てない…二度寝だな…。

 俺は右手にやわらかさを感じながら、もう一度畳の上で目を閉じた。

 あー…でも、今日は補習あるんだったよなぁ。面倒な。…いや、梔子と部長と登校するのはちょっと楽しみかも。

 同伴出勤なんつってな。手なんか繋いじゃったりして。…どっちも断られそうだけど。

 手といえば俺、右手で何か温かいもの触ってるな。

 ………。

 目を開ける。

 天井が映る。

 右を見る。

 人がいた。

「…万次ぃ…」

「…お前か…っ!」

 俺は失望を振りほどくように、佑介の左手を思い切りつねり上げた。

「いったたたた!! えっ?! 何!?」

「何っで、お前は! 俺の手を繋いで寝てんだよ!」

「え、酷いなぁ! それくらいで怒らないでよ!」




「…どうかしましたか、木庭君」

「別に…」

 佑介に思い切りつねられ返されて、赤くなっている右手を見ながら補習授業を受けていたら、綾瀬先生に注意された。

 まったくあの野郎、期待させやがって。アレが梔子か部長だったら怒りで補習に集中できないなんて状況にはならなかったはずだ。幸福感で集中できなかったかもしれないが。

 綾瀬先生が俺の腕を覗き込む。

「…赤くなっていますね」

「今日、一緒に寝てた奴につねられまして。俺はもっともな怒りをぶつけたまでだと思うんすが」

 前の席の梔子の肩が揺れる。笑っているようだ。

 けっ、そんなに俺と佑介が手を繋いで寝てたのが面白かったですか。そうですか。

 俺の言葉を面白がったのは教師で梔子だけだったようで、綾瀬先生があからさまに怪訝な顔をする。

「一緒に…夏休みだからといって、あまり浮かれてはいけませんよ」

「あ、いえ、そういうのではなく…」

 いかん。

 咄嗟に否定してしまったが、先生に言うのはいいとしても、他の生徒がいるここで俺が一緒に寝ていた相手を言うのはまずい。このまま夏休みが何事もなく明ければ、噂は沈静化しているはずなのだ。そこに更にガソリンを撒いては、俺の胃に穴が開いてしまう。

 何とか別の人間の名前を言わねば。えっと、同衾してもいやらしくない相手で、男以外で、あの家にいたのは…

「その…姉と寝てまして」

 言ってから気付く。…これもダメじゃね?

「くっ…ふふっ…」

 前の梔子が笑っている。もう完全に声が堪え切れていない。

 俺が姉貴と寝るのが、そんなに面白かったですか。そうですか。

「そう…お姉さんと仲がいいのね」

「…仲良しだし、とっても美人よね、木庭君のお姉さん」

 普段授業中は黙っている(らしい)梔子が、そんなことを言う。おい。…いや、身内でも美人だとは思うよ? でもここで言う必要ないでしょ!?

「…えぇまぁ、彼女も知っての通り美人っすけど…、そういえば梔子、昨日はあんな部屋でよく眠れたか?」

「ちょっ…」

「すまんなぁ、遅くまで付き合せて」

「…」

 梔子が俺にジトッとした視線を向ける。ふん。シスコンの称号なぞ貰うくらいなら、お前が外泊したことをここでバラす方がマシだ。

 俺と梔子が睨みあっている間に、キーンコーンとチャイムが鳴る。それを聞いた綾瀬先生は、大きく溜息をついた。そんな表情していると更に老けますよ。

「…梔子さんはこの後国語もあったわね…とりあえず、木庭君は職員室に来るように」

「え?!」




 俺は、人の少ない職員室で綾瀬先生と向かい合っている。この人があと30歳若ければ、こんなに喜ばしいことはないのだけれど。…この人の30年前って、俺より年下だわ。

「木庭君、さっきの話だけれど…」

「あ、はい」

 ソファで紅茶を飲みながら綾瀬先生が切り出す。えーっと、姉貴と寝てた話だっけ? いや、姉相手に欲情なんてしませんよ。パイズリされても反応しない自信があります。いや、されたことないから分からないけど。

 しかし、彼女の話はそのことではなかった。いや、そのことなんだけど。

「結局誰と寝てたの? 梔子さんと寝たの?」

「…あぁ、えっと…どう話したものか…」

 一緒に寝たと言われれば、まぁ確かに結果としては同じ部屋で寝たんだけど。寝落ちって言葉がめちゃくちゃ似合うあれを、同衾とは呼びたくない俺がいる。

 とにかく梔子が泊まる事になった理由を説明するところからか。

「あの、昨日電車止まったじゃないっすか」

「えぇ聞いてるわよ。大変だったみたいね」

「あの時、部活の先輩と一緒にウチに遊びに来てたんすけど、そのまま帰れなくなっちゃって。徹夜でゲームしてる間に全員で寝落ちしただけっす」

「ということは、一緒に寝てたのは…」

「あ、それは佑介です。何か隣で寝てたんで、気持ち悪いって言ったらつねられました」

 先につねったのは俺だけど、別にそこまで話さなくてもいいだろう。俺の話をひとしきり聞いた先生は、ソファに寄りかかって紅茶を口に含んだ。

 その表情は少し嬉しそうにも見える。…この人に限って、腐っているとは思わないけど、何でちょっと嬉しそうなんだ?

「…どうしてお姉さんと寝たなんて嘘を?」

「男と寝て喧嘩したなんて、気持ちのいい話じゃないからっすよ」

「なるほどねぇ。色々言われてみたいだものね」

「…知ってたんすか」

「薄情でごめんなさい。教師やってそこそこ長いけど、ああいう皆面白がってる噂話って、私止め方分からないの」

「…ま、夏休み明ければ昔話っすよ」

 俺がそう言うと、先生は少しホッとしたように表情を緩めた。さっきまでの嬉しそうな表情とは少し違う。…糾弾されることも少し、考えてたってことか。

 綾瀬先生は少し間を置いてから、思い出したように切り出す。

「そうそう。あなた、梔子さんと仲良いのね」

 …演技下手だなこの人。鈴先輩の方が表情作るのずっと上手いわ。

「部活一緒っすからね」

「…付き合ってるの?」

「そう見られても悪い気はしませんね」

「付き合ってないの?」

「…今は」

「今後付き合う予定は?」

 ぐいぐい来るな…。さっき嬉しそうだった理由とか、本当に俺に聞きたかったことはこれか。

 別に生徒が誰と付き合おうと関係ないだろうに。

「何で先生と恋バナせにゃならんのすか」

 俺が溜息混じりにそんなことを言うと、先生はちょっと苦笑いしてから再び紅茶を口に含む。

「彼女に誰かと付き合って欲しいから」

「それはメンタルケア的な意味で?」

「対人経験という意味で。恋愛はメンタルケアにはリスクが高すぎるわよ」

「対人経験っすか…」

 人見知り激しいからな、あいつ。特に佐久間先生とかにはまったく感情を見せない感じがした。そういう時の梔子は、ちょっと怖い。下手に触れると、壊れそうで。

「そう、対人経験。木庭君には随分気を許しているみたいじゃない。キスとかしてみたくないの?」

「はぁ、先生にこんなこと言うのアレっすけど、キス以上までしてみたいっすねぇ」

「あら大胆。高校生らしい健全な恋愛を…って言っても、男の子はしたい盛りよねぇ。まぁ、問題にならないならそれでいいわ」

「問題?」

「妊娠」

 …この人、意外とズバッと言うなぁ。こんな印象なかったわ。話してみるもんだな。でも英語は嫌いです。

「ま、言いたかったのは、彼女と仲良くしてあげてねってことだけ」

「はい。それはきっと大丈夫っす」

 俺は寝不足で落ち込んでいた気分が晴れているのを感じながら、冷房の効いた職員室を後にしたのだった。



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