お前ら、結婚してんの? <point of view of Yusuke>
親友が、家に女の子を連れてきた。
もてたいもてたいと常々言っていた彼が、ついに家に女の子を連れ込むことに成功したようで僕も嬉しい。
しかし、当の本人の顔は浮かない。連れてこられた2人も微妙な表情をしている。何か変なことがあったかな。
「あ、万次。お昼ご飯食べた?」
「色々あって食べてない…」
「お腹空いたでしょ。今何か作るね。…2人も食べますか?」
「え、えぇ…」
「まぁ、飯食うのはいいんだけど…」
キッチンに立ってご飯と冷蔵庫の中身を確認する。流石は、木庭家の冷蔵庫だ。食材がたくさん入っている。僕以外の家族が誰も料理しない我が家とは大違いで、万次のお母さんは料理上手だ。ついでにお姉さんも、たまにだけど手際よく作ってくれる。
僕はもやしと豚肉、きゅうり、冷やし中華の麺を取り出す。この冷やし中華は賞味期限が今日までだし、このもやしの袋も昨日からあるような気がする。放っておいたらまたこの家の誰かがお腹を壊してしまうので、これを使うことにする。
鍋に水を入れて、コンロに火をつける。沸騰するまでの間に、僕はきゅうりを洗って細切りを始めた。
「…なぁ、これを聞くの、ずっとためらってたんだけど…」
ダイニングから部長の声が響く。ここのキッチンにはカウンターが付いていて、流しからダイニングの様子が窺える。しかし、包丁とコンロを同時に使っているため僕には部長の話している内容までは聞き取れなかった。どうやら万次と会話をしているらしいけれど…。
…万次が人気のようで僕も嬉しい。ついでに梔子さんと部長が一緒にいるのも嬉しい。
「お前ら、結婚してんの?」
「…色々とすっ飛ばしてるのは気のせいっすか?」
「いや、だってさ、色々と噂になってたし、まさかお前んちで四十万が普通の顔してて、キッチンで飯作ってるとは思わなかったしよ…」
僕の名前が呼ばれた気がして顔を上げると、梔子さんと目が合った。どうやら彼女はずっとこっちを見ていたようだ。…何か僕に用かな。
「どうしたの?」
僕が笑顔で問いかけると、梔子さんは気まずげに顔を逸らす。じっと見ていたのを、僕に見つかって恥ずかしかったのかな。まぁそれがなくとも、梔子さんは人の顔見て話すこと苦手みたいだけど。
「あ、いえ…料理、得意なのね」
なるほど僕が料理する姿を見て、意外に思ったのかもしれない。確かに、あまり男子高校生が好き好んでやりそうなことでもないけれど。
「まぁ、もう何年も自分でお弁当作ってるしね。簡単な昼食ぐらいは」
「…あのお弁当、自分で作ってたの」
「僕んち他に誰も料理しないからねー。あのお弁当箱使うには、自分で作るしかなかったというか」
「そう…」
きゅうりの細切りを終えて、僕は棚から皿を3人分取り出す。…後はお湯が沸騰するまで特にすることもない。
キッチンから万次達を眺めていると、ふとテーブルに何も出されていないことに気付いた。
そう言えば、万次は帰ってきてからダイニングを一歩も動いていない。…まったく、万次は気遣いの一つもできないんだから。
僕は銀のトレイにコップを3つ載せると、冷蔵庫から麦茶を取り出してそれらに注ぐ。
「もう、万次。この暑い中歩いてきたなら、2人にお茶くらい出したらどうなのさ」
「え? あぁ…何にも考えてなかった」
キッチンにやってきた万次にトレイを渡すと、不思議と顔がほころんだ。
それを見つけた万次が、顔を歪める。
「何だよ、気持ち悪い」
「いいや、ちょっとね」
…何か嬉しいなぁ。
万次がダイニングにいて2人と話しているのを、僕がキッチンから眺めているのは無性に嬉しい。グツグツと音を立てる鍋のふたを開けて、中のお湯を少し小さな鍋に分ける。
鍋に麺を投入。ついでに小さい方の鍋に豚肉を入れた。
…何も考えずにお肉使っちゃったけど、この中途半端な時間に食べるにはもうちょっと軽めの方がよかったかな。
僕が麺をほぐしながら鍋を見ていると、ダイニングへと廊下を繋ぐ扉が開いた。
そちらに視線を向けると、1人の女性が視界に入る。気だるげに歩くその姿は、休日の寝起きの万次にそっくりだ。寝巻き姿で、髪が濡れているところを見ると、今起きてシャワーを浴びたらしい。…夏休みに入ってからだらけ切ってるなぁ、この人…。
「…あれ? 何か女の子がいる…」
「僕と万次の友達だよ。1人は1つ上の先輩だけど」
僕がダイニングに入ってた彼女にそう告げると、椅子に座っていた部長が立ち上がる。
「お邪魔してます。2年の春日井 遥です」
…一瞬誰かと思った。
席を立って礼儀正しく一礼する部長からは、いつものズボラさが一寸も感じられない。僕は驚きながらもざるを取り出して、麺を取り出す。むわっと湯気が顔に当たって暑い。
「…万次君と同級生の、梔子です」
じゃーっと流水で麺を覚ましながら、豚肉もいい具合なので火を止める。むしろこっちはあまり見ていなかったので、茹で過ぎているかも知れないな。
「ご丁寧にどうも。えっと、大学生の木庭 万里です。万次の姉です。今は大学生で、万次の姉…言ったっけ?」
「万里さん寝ぼけてる? シャワー浴びてきたのに目が覚めてないのかな」
「姉貴…俺、何か今無性に恥ずかしいんだけど…」
僕が麺を冷やし中華を盛り付けていると、キッチンに万里さんが入ってくる。彼女は冷蔵庫から牛乳を取り出すと、コップに注いで豪快に飲み干した。胸はかなり大きめなのに、この人に色気を感じないのはこういう所なんだよなぁ…。
「あー…頭痛い…」
彼女はそう言いながら頭を押さえる。どうやら二日酔いのようだ。今頃起きて来たのはそういうのも関係しているのかもね。僕はそれを横目で見ながら、カウンターに盛り付けた冷やし中華を並べる。
「万次。これお願いね。…万里さんも何か食べる? それともこれから迎え酒?」
「迎え酒って、根本的な解決にならないのよねぇ…酔い止め飲んだら直るかしら」
「酔い止めは、車酔いの薬。しかも予防するための薬だよ」
「じゃあ頭痛薬…あー…生理痛の方が何倍もマシだわ…何もやる気が起きない…」
…この前この人、生理痛は二日酔いより辛いとか何とか抜かしていたけど、それ忘れたのか。忘れてるんだろうなぁ。
「あ、この時佑介くんがあたしのお尻触ったんだよ。今でも覚えてる」
「これ、小学1年生の時の写真じゃん。いつまで根に持ってるんだよ…」
「あはは…この頃はまだ、万里さんのことをステキなお姉さんだと思ってたなぁ…」
「おー、木庭が可愛い。やっぱ、このくらいの年は皆可愛いんだなぁ」
「…」
5人で集まって始まったのは、やはりというか何と言うかアルバム鑑賞だった。万里さんがどこからともなく持ってきたそれらには、万里さんと同級生だったシュンちゃんも写っている。ちょっと懐かしい。
ところが、僕らが中学生になった所からぱったりと彼女の姿はなくなってしまう。それに気付いた時、ズキリとどこかが痛んだ気がした。
「昔から本当に仲が良かったのね…」
「まぁ昔は、ほぼ一緒にいた気がするよ。僕は万次がいなきゃ何もできなかったから」
梔子さんの言葉に、自然とそんなことを言ってしまう。…そうだ。小学生のころはよく万次に守ってもらっていた。初めて会った時からずっと万次は僕のことを守っていてくれていた。
だから、だろうか。
シュンちゃんが死んだ時、なぜ彼女を守ってあげなかったのかと思ってしまったのは。
「…あ、これ高校の入学式だね」
「これ梔子写ってるじゃん」
「本当…やっぱり目立つわね…」
「そうねぇ…ウサギみたいで可愛いと思うけど」
「う、ウサギ…ですか…?」
「姉貴のことは気にしなくて良いぞ」
ぽたりと、机に何かが落ちた。
楽しげに話す彼らを前に僕は慌てて目元を拭うけれど、部長はそんな僕に気付いていた。
「…どうした? 大丈夫か?」
「あ、うん。大丈夫です。ちょっと目にゴミが…」
やばい。声が震えている。
僕は急いで席を立つと、逃げるようにその場を後にした。
しばらく洗面所に引き篭もって、鏡を見る。
まだ目は赤いが、これはもう仕方ないだろう。そんなの気にしなくても、もうあそこの4人には泣いてたことはばれているわけだし。
「あー、あー。あめんぼ甘いなよく噛めば」
好きな小説の台詞で発声を練習する。声の調子は元に戻った。
よし。もう大丈夫だ。…万次と万里さんしかいなかったら、あの場で大泣きしてたかもなぁ。
僕がダイニングに戻ると、4人はトランプで遊んでいた。僕が退席した時には既に、アルバムは最近の写真だったし、別に僕に気を使ったとかそう言うわけではないのだろう。
「万次、スペードの10止めるのやめなさい」
「嫌だよ」
「今すぐ出せ。出さないとお姉ちゃんがここであんたにキスするから。もしキスして欲しいんだったら、出さなくてもいい」
物凄く怖い脅しだ…あんなに怖い脅し聞いたことがない…。もっとも、万次は気にも留めていなかったが。
「出すかばーか」
「ちっ…姉とフレンチキスする用意はいいか? 弟だからって容赦しないぞ。もう大興奮で鼻血出すくらいスゴイのやるからな? 別に彼氏に口でするの色々と下手とか言われたから、お前で練習しようとしてるわけじゃなくてな? …パス」
万里さん、最後のそれ本音ですか…?
4人でやっていた七並べは、既に木庭家姉弟の一騎打ちとなっている。梔子さんと部長は早くに上がってしまったらしい。僕は勝負の行方を見守っている彼女らの隣の椅子に腰を下ろした。
「何か2人とも本気っぽいけど、何か賭けてるの?」
「負けたら一発芸だと。梔子が必死にゲスな戦法で圧勝してた」
「一発芸なんてできません…」
それはまた、梔子さんよくそのルール了承したな…。
「げっ、ここでジョーカー出すか…あれ? なぁ、ジョーカーってどうやって場に出すんだっけ」
「次の次のカードと一緒に出す」
「…こっからどうやって勝つんだ?」
「ジョーカーをもう一回俺に押し付ければ勝ちだな」
「…ジョーカー出せなくね?」
「もう俺のカード全部出していい?」
万次の一声でゲームが終了する。手札を、並べてあるカードの上にばら撒きながら、万里さんは天井を仰ぎ見た。
「あー、止めだ止め。男なら二日酔いの美人相手にマジになんなよなー。…そういや頭痛治ってるな」
万里さんはそういいながら席を立つと、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぐ。彼女は更にそこに牛乳を混ぜた。…不味そう。
万次がそんな実の姉を見ながら、不満そうに顔を歪める。
「一発芸は?」
「…ちっ…じゃあそうだな…えー、これからコーラを一気飲みしてゲップせずに、万次の持っているアダルトビデオのタイトルを全部言う」
「何でだよ!!」
「ま、弟の趣味なんて知りたくもないから、タイトルなんて知らないけどね。…あ、洋ピンとか趣味? だから遥ちゃん家まで連れ込んだの? お姉ちゃんが隣の部屋で寝てるのに…気付かれないかドキドキしながらするの好きなの? エッチねぇ」
「失礼だなあんた!」
洋ピン…。あ、部長が赤くなった。対して梔子さんは会話についていけてないみたいで、首をかしげている。…梔子さんこういうのに疎いのか。
それにしても、部長の前で洋ピン発言とは万里さんも中々にデリカシーがない。反応を見る限り恥ずかしがっているだけで、気分を害したというほどでもないようだけれど、これ部長が怒ってもおかしくないと思うんだけど。
「ま、いいや。現代っ子はやっぱりアナログよりもビデオゲームよね。何かやりましょ。5人でできるのってあったっけ」
「いや、もう部屋に戻ってくれよ…」
万次がもう辟易という表情をするが、万里さんはまったく気にする様子ではない。この人、最初こそ二日酔いでテンション低かったけど、今はいつもよりもテンション高めだ。やっぱり万次が女の子を連れてきたってことが関係しているのかもしれない。
万里さんは居間に繋がる扉を開け放って、テレビの電源を入れる。ちょうどニュースで有名な俳優の結婚報道が流れていた。
「あー、この人結婚したんだ。…一般女性…なんであたしを選ばないんだろうね」
「まず万里さん、その人と知り合いじゃないでしょ…ここに置いてあるゲームタイトルって、万里さんが買ってきた1人用のやつと、僕と万次がやる2人対戦用のやつばっかりじゃなかった?」
「誰が独り身よ。これでも彼氏くらいいたわよ。2週間前に他の女に取られたけど。…あんにゃろう、ヤるだけヤって他の女になびきやがって…あ、友情破壊ゲームやりましょ。他意はないわ」
「誰もそんなこと言ってないよ…」
「あたしとは付き合って3日でホテルに寄ろうとするのに、今の彼女とはキスもしたことないらしいわよ。笑えるわよね。あいつのチンコ壊死すれば良いのに…あー…なんであたし別れ話の時金玉蹴らなかったんだろう…」
世にも恐ろしい呪いの言葉を呟きながら、居間のテレビをセッティングする万里さんに哀愁が漂っているような気がする。
あ、そういえば、
「…梔子さんってゲームとかするの?」
部長が何となく好きそうなのは分かるのだけど、梔子さんはどうなんだろう。目も悪いし、あんまりこういうのやりそうにないけど。
「あまりやらないわ。その…目が疲れることって、得意じゃないのよ」
予想通りの答え。
「ってことは本とかも読まない?」
「えぇ。あまり読まないわ」
…梔子さん、休日とか何やっているのだろう。本も読まない、ゲームをしない、外出しない…多分この調子ならテレビも映画も見ないだろう。
梔子さんについて謎が1つ増えた。
「あの…部長もしかしてこのゲーム好きですか?」
「嗜む程度だ」
「僕の目の前に妨害ウンチとか恥ずかしくないんですか? 先輩としての沽券に関わると思うんですけど」
「まぁ、出ちゃったもんは仕方ないよな。そしてこっちくんな」
「ああああ…僕の財産が捨てられていく…貧乏神が!」
「このゲーム、全体的に下ネタ多いわね…」
梔子さんに抱かれながらコントローラーを握る部長に見とれていたら、万次にボンビーをなすり付けられ、部長に妨害カードを使われ、たった今ほぼ身動きが取れない状態で資金を捨てられている。散々だ…。
「はぁ…カードでも使って早く部長においつかな…きゃ…」
画面が変わる。
まさか…この画面は…
ボンビーの姿が変わる…!
…お願い! ミニボンビー!
果たして、結果は…
「…うわぁ」
「…いや、何かすまん。でもウンコしててよかった」
「あっはっはっは!! 佑介くん、こっち来たらぶん殴る」
「…何がブラックボンビーだ、こん畜生!! あっ、カード使えない! 死ぬ! これから冬なのに!」
そんな感じで、その日の午後は楽しい地獄の時間が過ぎていった…。




