どこ行く? 釣り堀?
「なぁぁぁ…つやすみぃ!!」
「イェー!」
「ヤッホーイ!」
そう。
ついに夏休み。
待ちに待った楽園の到来に、俺と鈴先輩、そして部長が歓声を上げる。
やったー!
「夏休みって言っても、万次は英語の補習、部長も数学の特別課題があるんじゃ…」
「佑介! その口、鉛で塞ぐぞ!」
「そうだ! 口を裂くぞ!」
「そうだそうだー!」
夏休み満喫し隊の結束は固いのだ! 1人が危ない状況ならば全員で原因を袋叩きにする! 鈴先輩なんて補習どころか、期末テストで学年1位だったけど、今は味方だ!
バカ仲間の翼先輩はテストが終わった直後から、補習に向けて勉強しているのだが。…この人なんで成績悪いのか不思議なほどに真面目だよなぁ。
ちなみに、バカ連盟に所属している人間は俺と部長、翼先輩の他にもう1人。
「…何か、言いたいことがありそうね」
「いや、別に」
梔子 夢見。
なんと彼女もまた、現代文と英語で補習を食らっていた。クールなキャラで、どこからどう見ても頭良さそうなのに、補習。期末テストの成績は思うようには振るわなかったようだ。
「はぁ…勉強なんてこの世から滅びれば良いのに…」
どよーんと効果音が聞こえそうな空気を吐き出しながら、頬杖をつく梔子。よほど補習が嫌なようだ。俺はちょっと楽しみでもあるのだが。
「…ちなみに、英語何点だったんだ?」
「…28点」
28点…だと…。
俺の3倍も点数とっているのに補習…? 俺はあと何倍の点数を獲得すれば英語の補習を逃れられるのだ…?
「そっちは?」
「聞いて驚け。9点だ」
「…本当に驚いたわ…」
バカを見るような目でこちらを見つめる梔子。どうやら俺の英語伝説は隣のクラスまで届いていないらしい。ちなみに伝説は、“早い”と“最初の”を間違えたところから始まる。
「補習なんて嫌…夏休みは引き篭もると心に決めていたのに…」
「俺は夏休みも梔子に会えて嬉しいけど」
引き篭もり宣言をする彼女に俺がポロッとそう言うと、梔子がじっと俺のことを見つめた。その目は俺を見定めるように細められている。
「…」
彼女の視線は俺を見据え、その視線から俺は逃げられない。
紅い瞳が、俺の本性を捉えたような気がした。
「…そう」
しかし結局、彼女は何も言わずに顔を逸らした。言いたいことがあるなら言えば良いのにと日頃から思っているが、俺は彼女がそれを口にしなかったことを心のどこかでほっとしていた。
一学期が終わり、土日が開けた夏休みの初日の月曜日。俺は当然のように部室へとやってきていた。
そして、激しい既視感に襲われている。
「…あの…えっと…」
「とりあえず、扉を閉めろ」
「はい…」
部長のドスのきいた声に、俺はガラガラと音を立てて部室の扉を閉めた。
そして俺は空を見上げる。
…今日の下着はパステルブルーだったなぁ…。
俺がそうしてしばらく空を見上げていると、背後の扉が開く音が響いた。
「…もういいぞ」
「すみません…」
Tシャツ姿の部長に招かれるまま、部室に入る。机の上には部長の制服が脱ぎ散らかされていた。…こういうの、何かちょっと退廃的というか、えっちな感じがするな…。
いつまでも服を見ていると、変態と思われかねないので、意識して部長の制服から目を逸らした。
「今日は誰も来ないと思っていたのに、まさかお前が来るとはな…」
「梔子も学校にいるっすよ」
「…あぁ。今日は補習か」
上擦りそうになる声を気合で押さえつけて、慌ててませんですよーと会話する。心臓はまだバクバクと激しい音を立てているけれど、これを悟られてはならない。部長に知られたら絶対に、いつかからかわれる。
「ウチは部室でお勉強中だったんだよ。暑いから半裸で」
「もうちょっと慎みを持って…」
部室は服を脱がなくてはならないほどに暑いとは感じなかった。この部室は普段から風通しが良いが、今日は特別に風が循環している。
その中心、ブーンと音を立てながら回転する扇風機は、ついこの前まではなかった物だった。多分、ここで勉強するために部長が持ち込んだものなのだろう。この人はだらけるための努力は惜しまない人だから。矛盾している様な気もするけれど。
そんな部長はプリントの山が鎮座している机の前に腰を下ろすと、俺を振り返った。相も変わらず女の子らしさを微塵も感じない動作だ。
「補習終わったのか?」
「英語は。国語の補習はまだやってるみたいっすね」
そう。何を隠そう、俺は現代文の補習を受けている梔子を待っているのだ。そして待っている間、部室でだらけていようと思って、職員室に鍵を取りに行ったのだ。
しかし既に誰かが持っていった後だったので、多分部長がいるのだろうと部室へとやって来た。彼女は少しだけ予想外の格好をしていたが。
「そうか。補習は終わったか…。ウチの課題手伝え」
「できるわけないじゃないっすか…」
高校2年生の数学の課題を解くのは今の俺には無理だ。いや、去年の鈴先輩あたりならできた可能性は十分にあるのだが。
なにせあの人、この前大学受験用の教材片手に、楽しそうに問題を解いていた。彼女は一体何を目指しているのだろう…。
しかし、部長の衝撃の発言で、俺の指摘は的外れであったことが明かされる。
「大丈夫だって。これ1年の問題だから」
「特別課題ってそういう意味っすか!?」
むしろそんな問題を出されるレベルの学力で大丈夫ですか!?
「なーんか、今の数学教師が熱血でさぁ。去年から数学が分からないっつったら張り切ってプリント作ってきて…」
それは面倒だな。
勉強なんてテストで点が取れれば良いのに…。…というか、それならその先生に問題の解き方を教われば良いじゃないか?
俺がそんなことを言うと、部長がうへーっと顔を歪める。何か変なことを言っただろうか。
「そんなことしたら、教わった部分のプリントが増えるだけだぞ。あの教師、加減ってもんを知らないからな」
「うへー…」
何て奴だ。そんなことする時間があるなら、もっと他にすることないのか。…ないからやってるのかも知れないが。
「夏休みも個人指導するとか言って、鬱陶しいったらないぞ」
「…個人指導?」
「…」
「…」
部長と俺が顔を見合わせる。
笑顔だった部長の表情が徐々に固くなっていく。
「…お前が言うとやらしいなぁ…って、言おうと思ったんだけどさ…あの、マジでそういうこと?」
「心当たりあるんすか?」
俺の言葉に部長が首を捻る。
しかし、ついに部長から否定の言葉が出ることはなかった。
「…プリント渡されたの、ウチだけなんだよな。他にも数学できない奴たくさんいるのに…」
「…」
「…」
「…いや、まさかぁ。そんなことしてバレたら人生終わりっすよ?」
「だ、だよな。だよな。そんなバカな真似する、変態…いる…かな…?」
部長、何で変態って単語で俺のこと見るんですか…?
まだ高い位置にある太陽を見上げながら、後を振り返る。
そこを歩いているのは、2人の美少女。梔子と、部長。
この2人と歩いていると、ちょっとだけ現実味が薄れる。目鼻立ちこそ日本人らしいが色白な梔子と、ドイツ人とアメリカ人のハーフで日本国籍の部長。…2人とも美人だよなぁ。
俺の当初の目的である美少女との学校生活は果たされていると言ってもいい。むしろこれで満足していないなどと言えば、世の中の男子に殺されかねない。しかも佑介調べでは、我が部の女子は現在彼氏がいないらしい。
フリー、か。あの梔子に彼氏がいたらそれはそれで驚くけど、部長の、裸を見られても気にしない精神力ってどこから来てるのだろうか。色々やることヤって、その経験からこの程度なら別に構わないと思うようになったとか、そういうことなのかなって思ってたんだけど…。
部長の彼氏、か。
…ロリコンだな。間違いない。西洋系の血筋なのに身長は日本人の平均を遥かに下回っている彼女の体型は、もしかすると小学生なんじゃないのかと思うほどに小さい。部長にロリ巨乳と言われる鈴先輩よりも、多分5cmくらいは小さい。ついでに胸は多分10cm以上違う。
あれを抱きたいとか思ったらやばいって。いや、俺は部長の裸見ても興奮どころか、後悔したくらいですから、別に変態じゃないです。
…でも、できることなら部長とえっちしてみたい気持ちもある。あの小さい体を抱き締めて、キスとかして、いつもあんな感じの部長が照れながら「…来て」とか言われたらもう我慢なんてできない。
部長は色々とギャップ萌えの威力がスゴイ。可愛く照れたりなんてしたら刑務所行き覚悟で押し倒す自信がある。
この点、梔子はギャップ萌えにはなりにくいな。人付き合いレベルが低くて色々と溜め込むから、一見クールなのに感情的になりやすい。…でも、多分、第2演劇部部員の中で、一番スタイルがいい。
いや、単純に鈴先輩よりも身長が高くて、小牧先輩や部長よりも胸が大きいってだけだけど。梔子は日頃厚着なので分かりづらいが、目測はCカップからDカップ。多分D寄りのCカップじゃないかと推測している。
…触ったら嫌われるかな。
梔子は、多分そういうことされたことないだろうし、もしかすると泣いてしまうかもしれない。それとも怒るだろうか。喜び…はしないだろうけど。
「…どこを見ているの」
…じっと胸を見ていました。
梔子からお叱りを受けて、俺は渋々前を見て歩く。いいじゃんか、胸くらい見せてくれたって。ヘルモンじゃないし。
「…何気にこの面子で遊ぶの2度目だな。どこ行く? 釣り堀?」
「最初に出てくる案が釣り堀ってどうなんすか、女子的に…」
だってこの辺の遊ぶ所釣り堀しかしらないんだもんとむくれる部長。そんな部長は、猫耳のついたキャップにTシャツ、制服のスカートという奇抜な出で立ちだ。もうちょっとしっかり制服着ないと怒られますよ…。
「俺もこの辺、ゲームセンターくらいしか知らないっす。佑介とは地元で遊ぶんで…」
「ふーん…夢見はどこか行きたい所あるか?」
「…私もありませんね。学校の近く、あまり見て回ったことがないので…」
…どうすんのよ、これ。
「…そうだ。一度行ってみたい場所があったんだよ」
部長が突然そんなことを言い出す。部長のチョイスというのがちょっと気になるが、まぁ、他に行く場所もないし、そこに行くことにしよう。この前のラーメンも美味かったし。
「そこ行きましょ。とにかく屋内に避難したいっす」
「うんうん。ずっと行ってみたかったんだよな、お前んち」
「はい、じゃぁ…………は?」
え?
今なんて?
「じゃ、行き先は木庭家で。佐伯んちの近くなんだろ? まず駅だなー」
「い、いやいやいやいや! 待って、待ってください、お願いします!」
「出発進行ー!」




