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木庭君のこと何でも分かるのね…

 祝! 期末テスト!

 いやー、めでたい。めでたいよ。期末テスト。

 うんうん。いやーめでたいなー。

 …だからさ、みんなで勉強会なんて止めにしない?

「こら、木庭君。手が止まってるよ?」

 鈴先輩から「めっ」と可愛らしくお叱りを受ける。しかし、今回ばかりはどれだけ可愛くてもやる気は起きない。…この人には勉強のできない人間の気持ちなんて分からないんだろうなぁ…。

「はぁ。…俺には何で皆さんが、そんなやる気に満ち満ちてんのか不思議でならねぇんすけど…」

「おいおい。誰がやる気満々だよ。どこの誰に向かってそんなこと言っちゃってるわけ?」

「少なくとも部長には言ってないっす」

「そうか」

 俺は隣でだれている部長をあしらいながら、周囲を見回した。

 ここはいつもの部室。小さな机を囲むように、第2演劇部全員集合である。それも、各々の勉強道具持参で。

 黙々と勉強をする佑介と、ルーペを手元に置きながら勉強する梔子。涙目になりながらも懸命に数式と戦っている翼先輩、それをこれまた頭を抱えながら教える鈴先輩とタケちゃん先輩。

 ここで豆知識。翼先輩は定期テスト前のみならず、小テストの前も大体泣いている。というか、鈴先輩に泣き付いている。スーパー頭いい人間である鈴先輩にとって、高校2年生の問題などディナーのあとだ。もっとも、翼先輩はテスト明けも大体テンション低いから、毎回の勉強会にはあまり効果はないようだけれど。

 理科総合Aの教科書を放り出して、机に突っ伏す。…あー…何もしたくない。こりゃ家に帰ったら寝るテンションだわ。やっぱ勉強会なんてやるもんじゃないな。むしろ効率悪い。

「…ほら、ここで公式使うんだよ。すると答えが出るから」

「…何で最初に使ったらダメなんだ?」

「この式のRの値が問題文中にないから、まずそれを求めないと公式の未知数が2つになっちゃうだろ」

「…あー。なるほど。…よし。次の問題解ける気がしてきたわ」

 …翼先輩、なんであんなに前向きなんだろう。統計学の観点から見ても、あの人が次の問題で躓かない可能性なんて誤差の範囲なのに。いや、統計学学んだことないけど。

 案の定、翼先輩のペンは一向に動く気配はない。タケちゃん先輩は助けを求めてくるまでは放置を決め込んだようだ。

 その隣で鈴先輩は、翼先輩がどうして公式を理解できないのかをずっと考えている。多分その答えは翼先輩本人も分からないですよ。

「…なぁ、木庭」

「なんすか?」

「これ見てみ」

 部長の声に顔を上げて、隣でひっそりとスマホの画面を見せてくる部長に身を寄せる。そして、画面を見て固まった。

「…何…だと…」

「いいだろー。一昨日デートしてきた」

 それは、4人の美少女の写真だった。

 左から順番に、ハツラツ笑顔の部長、戸惑い顔の梔子、にっこり笑顔の鈴先輩、アイスを片手に持っている小牧先輩…。

 第2演劇部女子一同が写ったその写真の撮影場所は、少し離れた場所に建っている大きなデパートだった。

「なん、で…」

「ふっふっふ…」

「何で、俺を誘ってくれないんすかぁ…!」

 悔しい。あまりの悔しさに涙が溢れそうだ。

 部長がうなだれる俺の頭を撫でながら、次々と写真を画面に写していく。ランチはフレンチ、洋服を買って、アーケードコーナーで小牧先輩がはしゃいで…そして、何より…

「水着も見てきたんだぞー」

「なんですと!? 鈴先輩もすか!?」

 水着!? 鈴先輩の水着!? って、ことは、むちむちしてるあの肢体が派手に露出していて…見たい。凄く見たい。

「…写真、ないんすか?」

 ゴクリとのどが鳴る。俺を映す部長の瞳は、妖しげな光が宿っているように見えた。

「んー…まぁ、あることにはあるけどー…どうすっかなー。ウチ今喉渇いてんだよなぁ」

「今すぐ買ってきます!」

 俺は勢いよく立ち上がって、部室から駆け出す。

「あ、万次、僕コーラがいいな」

「自分で行け!」




 明日からテスト前一週間の部活動禁止週間が始まる。だからなのか、明日からの分を埋め合わせるようなに気合の入った声が、グラウンドから校舎の脇まで響く。運動部は大変だな。声小さいとどやされるんだろう?

 俺は自分のお茶と、部長のオレンジジュース、ついでに佑介のコーラを自動販売機で購入して、何気なく空を見上げた。青く高い空には雲一つなく、夏の訪れを知らせるセミが盛んに鳴いている。

 …暑い。部室って涼しかったんだな。クーラーがないのに涼しいとか、冬が怖いけど、今は感謝しなければならない。

 お茶のペットボトルを開封して、なるべく校舎の影に入りながら舗装されていない砂利道を歩く。部室から購買の自動販売機は遠いので、文化部の多くの生徒は外の自動販売機を利用する。最初は存在すら知らなかったのだが、こういうものは先輩から後輩へと知識が受け継がれてゆくものだ。

 だから、当然部活を抜け出した1年生にも遭遇する。

 こんな風に。

「あ、木庭君…」

「…おう」

 俺と同じように校舎の影を歩いていたのは、財布を手にした女子生徒。少し細すぎる体に、しっとりとした黒髪。

 どこにでもいそうなその少女のことを俺は知っていた。

「あの…さ…」

「…」

 このまま外にいては、佑介のはともかく部長の飲み物がぬるくなってしまう。それは避けるべきだろう。俺はそう結論を出して、足も止めずに彼女の横を通り抜けた。

 少し、何か、胸に引っかかるものを感じながら。




「ほら、万次なら絶対に買ってくると思ってたよ」

「木庭君のこと何でも分かるのね…」

 そんな梔子と佑介の会話を聞きながら、お茶を飲む。俺の視線は、開きかけの教科書へと落ちていた。

 …勉強でもしようかな。鈴先輩と仲良くなるチャンスだし。

 何故か漏れそうになった溜息を飲み込み、教科書を手にすると、隣の部長が驚愕の表情に染まる。そんなに俺が勉強するのって不自然ですかね。

 しかし、驚いていたのは部長だけではなかった。

「ど、どうしたの? 写真、見なくていいの?」

「え…? あ」

 小牧先輩にそう言われてようやく思い出す。

 そうだ。俺は、飲み物を買ってくる対価として鈴先輩の水着写真を要求していたのだ。

「あ、あぁそうでした。部長、見せてくださいよー」

「いいけど…何かあったのか?」

 部長のスマホを受け取りながら、俺は口角を上げる。我ながら上手く笑えている自信はない。…この部活に入って、表情を作るのは上手くなったと思っていたのだが、やっぱりまだまだだな。

「特には何も。昔の知り合いに会っただけっす。…鈴先輩、やっぱスゴイっすね」

「何もって…明らかに様子がおかしいわよ?」

 小牧先輩が心配そうに俺のことを窺う。この人、こういう時に親身になってくれる人なんだな。普段あんまり喋る機会がなかったけど、いい人みたいだ。

 対して、小牧先輩の隣の部長は、自分のスマホの画面を注視していた。

「ふーん…ま、佐伯はエロい体してるよなー」

 部長は気を遣って普段通りに接してくれる。この部活にはいい人ばかり集まっている。…落ち着くなぁ。この場所。

「…って、部長の水着写真入ってるじゃないっすか」

 ぺらぺらと写真を見ていると、鈴先輩の写真が途切れて、部長の写真が写し出された。この写真、誰が撮影しているのだろうか。

 そんなどうでもいいことを一瞬考えて、自分がどれだけいつもと違うのかを思い知る。

 …部長が布2枚だけを身に付けて、公衆の面前で写真を撮られているのだぞ? なぜそんなどうでもいいことを考えている。

「…部長」

「あんまジロジロ見るな」

「…めっちゃ可愛いっす」

「…もういい。早く小牧の写真見ろよ」

 隣から操作されて、部長の写真が次々と流れていく。あぁ、ちゃんともっと見せてよ!

 そう思って妨害の妨害をしようとしたが、小牧先輩の写真が画面に表示されて、俺は再び固まった。

「…ぇ?」

「…これを平然と着てのける根性は、見習いたいものだよな」

 俺は言葉を失い、部長が呆れにも似た声で賞賛をする。

 小牧先輩の水着は、何と言うか、全体的に紐だった。具体的にどの程度紐だったかというと、お尻が丸見えになっている程度には紐だった。いや、これ、水着…なの…?

「かっ、春日井がこのぐらい普通だってい言ったんじゃない!」

「ウチ、こんな際どいティーバックの水着着る奴初めて見たけどなー」

「そ、そうなの…? でも、他のも大体お尻見えてたじゃない。こういうものなのかなって思ったんだけど…」

 小牧先輩が困惑気味にそんなことを言う。他の商品もこんな大胆なものばかりだったの!?

「えぇ!? ど、どんなお店行ったんっすか!?」

「バカ! 普通の店だよ! 小牧の感性がおかしいだけだ。…しかし、どう見てもアンダーショーツの面積だよなぁこれ…」

「アンダーショーツ? 水着の?」

「そーゆーのがあんだよ。女子なら知っとけ。水着の当て布強化版みたいなもんだ」

 なんでも良いけど、ショーツって聞くとちょっと興奮する。

「部長は持ってるんすか?」

「持って…それ聞いてどうするわけ、お前」

 部長のスマホは、小牧先輩の衝撃の1枚で止まっている。

 俺は少しだけ気になっていた。女子部員の4人で買い物に行ったならば、当然この場には梔子もいたはずである。果たして、彼女は水着を試着したのだろうか。常日頃の紫外線対策を見ている限り、プールや海などには行きそうもないが…。

「…もう、そんなに見ないでよ。ほら次の写真」

 にゅっと小牧先輩の長い腕が伸びてきて、部長のスマホの画面に触れる。2、3枚小牧先輩の水着写真が続いて、表示されたのは、

 巨大なぬいぐるみの写真だった。

 …やっぱり、というか、何と言うか、梔子は試着しなかったんだな…。

「…残念そうだな?」

 部長が笑みを浮かべながら俺に問う。この人、無駄に人の感情の機微に聡い。

「結構残念っす。まぁ着なさそうとは思ってたんすけどね」

「着る機会もないからとか言って、ウチが選んだ水着着なかったんだよなー。…ま、あんまり肌を見せたくないってのもあるんだろうけど。…あ、佐伯はあの水着買ってたぞ。夏休み辺り見られるかもな」

 鈴先輩の水着かぁ…ぶっちゃけ、小牧先輩のインパクト強すぎて覚えてない。この人お尻見られても何とも思わないのだろうか。あんなの着て浜辺歩いてたら絶対に誰かに触られるな。

 部長と、夏休みに会う約束をして、俺は教科書を鞄へと仕舞った。…鞄が重い。いつもの何倍の重さなんだろう。最近は財布しか鞄に入れてなかったからな…。


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