62 笑声
クリスマスの宴が始まっているのを背中に感じつつ、久しぶりに台所に立って見たが、身体は包丁の振るい方を憶えていたらしく、ある程度の飯は作れた。いろいろ作ってから、冷蔵庫からリンゴを取り出した。そこに步生がやってきて、「どうしたのか」と訊ねた。
「昔、明子の弁当に、兎にして切った林檎を入れるために、たくさん練習をしたのを思い出した」
「いい兄じゃん」
「…………明子は、たぶん俺のことを想っているのだと思う」
「それは……そうかもな」
「けれど、たぶんそれは勘違いだ。優しくしすぎたのがいけなかったのだろうと思う。俺は明子を妹としか思えない」
林檎をスティック状にして、器に入れながら彼は言う。
「どうすればいいのかもわからない」
「そうか」
「どうしようか」
「好みのタイプは?」
「いやそれはちょっとお前の前では言えない」
「なんで」
「なんでとかではなく」
「気になるなあ」
「言える時が来たら言うから、からかうな」
そうして、守道は林檎をテーブルの方に持っていった。
「俺には言えないってなんなんだよ……」
クリスマスの宴を終えて、夜。静かな自室で煙草をふかしていると、ノックがあった。「ごめんね、こんな時間に」という声から明子だと分かると、煙草を潰した。
「どうかしたか」
「お兄ちゃん、眠れないんじゃないかと思って」
「心配させたな。寝る前に一服してただけだよ」
「お兄ちゃん煙草吸うんだね」
「そりゃあ、吸うさ」
「そうだよね」
しばらく、沈黙。
「明子、どうした」
「あっ、ううん。なんでもない」
「そうか。おやすみ?」
「……あのさ、お兄ちゃん」
「まだなにか?」
「たぶん、步生くんのこと好きでしょ」
「おっと、なんだ? 急にどうした」
「お兄ちゃん、たぶん好きな顔かなって」
お兄ちゃん面食いだから、と明子が笑う。
「言わないの? いまのお兄ちゃんなら言いそうだと思った」
「顔が好きだって言うのか。言えないだろ」
「たぶん、性格もお兄ちゃん好みだよ」
「こういう話は本人のいるところでやるものだ。下世話だぞ、明子」
「ごめん。でもさ」
「言わない」
「なんで?」
「ちゃんと、顔以外も好きになる」
明子はしばらくキョトンとしてから「お兄ちゃんらしい」と笑む。
数日後、新年を迎えて平成二十九年。
「君たちもわれわと初日の出を見に行こう」と前日に青空が電話をしてきたので、なんとかガレージに突っ込んでおいたきり動かしていなかった車を数人がかりで使えるようにしておいて、一月一日。ソフィと明子を後部座席に、助手席には步生を座らせて、それなりに早い時間帯に釜石の港まで向かった。
「ここ穴場なんだよ。ここ、人来ないだろ。私が見つけたんだ」
「うるさいな……朝っぱらからごしゃくなバカタレ」
「ひどいな〜〜!! 君〜〜!! 命の恩人に対して!!」
「頭が痛い……マジで頼むからやめてくれ……」
「あっ、そうだ! おい! 寄ってこい私の友達」
「なんだ二十歳」
「白二十歳どうした」
「お前友人に『白二十歳』って呼ばれてるのか……?」
「まぁね。いいじゃない。それよりもほら君にも紹介しよう」
じゃじゃん、とわざわざ自分で言って、青空は友人たちを一人ずつ紹介した。
「大量にいる私の友達の一角を。彼が私の親友・加賀美優心。すごい他責思考の持ち主さ」
「このバカがすまない」
「そしてこっちが私の恋人の新沼朝飛。俺のせいでチンコなくなった」
「うちのバカが本当にごめん」
「そんでこっちが尾田空明。俺の弟。つまり君の親戚」
「僕の兄がどうもごめんなさい」
「こっちは君も知ってる猪地光輝。可愛いでしょ」
「ほんとう、この人がすいません」
「で、こっちが」
「猫野洋子です。知り合い程度なんだけど」
「俺の姉で〜す」
「えっ」
「知らないと思ったか? そして、こっちは野村智和」
「久しぶり」
「あの時の刑事さんか」
「このバカが本当に済まないね」
「知り合い? まぁいいか。んでね、こっちが飛騨峰志郎。すごい拳銃使い」
「このバカが済まない」
「そしてそして、こいつが林田照太郎。ビカットマンの二代目。これから先君と会うビカットマンはたぶんこいつだからよろしくね」
「このクソバカがマジでごめんな」
「どうでもいいんだけどお前、全員から謝られたぞ」
「謝りたいんでしょ。日本人だから」
困惑していると、青空は「君の友達も紹介して」とうざ絡みをしてくるので、オートバイクごしに日の出を撮ろうとカメラを構えている耕助を引っ掴んで、「友達。ドロットマン第二号」と雑に紹介し、眠りかけていた明子を叩き起こし「妹」と言い、誰よりも高いところから撮ってやろうと氷をちまちまと積んで台を作っていた薫を引っ掴んで「友達の弟子」と紹介。
「で、こいつは」
步生の肩に手を置いてからそっと離す。
「俺は?」
「恋人だな〜? ヒュ〜。貴方も隅に置けない人だ」
「最低でも四歳は歳離れてるのに隅に置かれてたまるか。茶化すな。日の出見れないようにするぞ」
「邪視には一回勝ってるからな〜〜」
「こ、こいつ……!!」
そうしているところに、優心が口を開く。
「あっ。日の出」
「あーっ、貴方のせいで見逃しそうだったじゃないか」
「ほんとうに俺のせいか?」
「貴方しかいないでしょ。フォトターイム!!」
「うるせぇな朝っぱらから」
步生は少し離れたところからスマートフォンを掲げて、朝日を浴びる彼を撮る。そうしてから、「撮らなくてよかったのか」と訊ねると、彼は笑って、「来年も見られるしな」と言い、步生の頭を撫でた。步生は「どうもこいつは人の頭を触る癖があるなあ」と顔を赤くさせながら、
「やい白二十歳。朝からやってる酒飲めるところ行くぞ」
「えーっ! いいねーっ! 貴方にしては社交的〜!」
「俺飲むからお前十人近く家まで送れよ」
「私、今日バスで来てないから……」
「俺、酒飲めないから運転できるよ」
「俺も飲めねぇしできるよ」
「っていうかこんな朝っぱらから酒飲む勇気ないな。昼にまた集まろうぜ。このまま大滝家行ったらだいぶいい時間帯じゃない?」
「んだば観音サマ寄ってから帰るか。明子、平気か?」
「へいき。知らん人のなかに飛び込むスリルを味わいたい」
「じゃあメンバーひとり交換するか。行けっ……! 空明っ……!! 私の運転にケチつけてきてウザいから……!!」
「これ本当に僕の兄なんですか?」
「行け行け。親戚の兄ちゃんからお年玉貰ってこい」
「確かこの人植物人間状態から復帰したばかりなんでしょ!? 病み上がりから金取るとか悪魔の所業じゃないですか!!」
「来い、小僧。そんなカス捨てて俺のものになれ」
「なんか寝取られた気分」
「実弟を……!?」
空明は「あんなカス捨てます」と言い、守道の車に乗り込んだ。守道の運転は意外にもきっちりとしたもので、前方の青空の車に煽られて舌打ちをすることはあれど、大した危険運転もなかった。
「大滝さんの運転リラックスできました!」
「気分がいい」
「はァっ!? 寝取られた気分!!」
「俺を寝取られてから言え」
「君は私以外に興味ないだろ。年上だからって許さないぞ! 空明は私の弟だもの! 返せっ!!」
「僕もう大滝さんの弟になります」
「大滝空明か」
「元住職みてぇな名前」
脳が破壊された白二十歳を放っておいて、神社に寄ったりなんかしたりする。駐車場が埋まっていたので困ったりもしつつ、なんやかんやと時間は過ぎていく。




