60 復活
物語はビカットマンと繋がります。
ぱぱっと読めばなんとなくわかります
大滝守道は、二年眠り続けた。ずっと眠り続ける彼に対して、步生はほとんど毎日病院に通い詰めて、明子もそれに続いて病院に通い詰めていた。何でもいいから、ふっと起きてほしい。いきなり目を覚まして、「おはよう」と言ってほしい。そういう思いが、みんなの頭の中に占めていた。
平成二十八年・十二月二十二日・木曜日。
花巻桜南総合病院。
步生にも仕事があるし、明子も大学に行かなくてはならないし、橈骨にもいろいろとやることはあった。誰もいない時間帯、大滝守道の病室に、看護師に案内されて、ひとりの男がやってきた。白いスーツにサングラスをかけた色男。彼は病室に入ると、眠り潰れる彼のベッドわきにある椅子に腰を下ろした。
「私がいない間、岩手を守っていてくれていたヒーローか。痩せこけて、やつれてしまって。……時間がかかって申し訳なかったね、大滝さん。光の力を闇に適応させるのは、意外と難しかった」
大滝守道、という名をその男は聞いたことがあった。そういえば、通っていた高校で様子のおかしな生徒を「大滝枠」と呼んでからかう事があり、その由来は過去にいた様子のおかしな生徒だったと言う。彼も大滝枠ではないかと危ぶまれたことがある。今思えば世代を超えた大いじめである。
彼は、折り畳みナイフのようなものを懐から取り出すと、それを大滝守道の手に握らせ、スイッチを押させる。すると、「ビカン!」という大きな音がして、一瞬の閃光とともに、大滝守道の肉体が黒い変身態になり、男の肉体も白い変身態になる。
その男は、尾島青空という。猪地光輝に名付けられた「ビカットマン」という名を自ら積極的に名乗り続け、ヒーローであり続けた男である。青空は大滝守道が戦い続けていた間、尋常維持局の祓い屋になるためにフランスのヴィシーにいた。力を貸すことも心の支えになることも出来なかった。
青空は最近になってこの男の存在を知り、その事を悔やんでいた。だから、大滝守道の意識を覚醒させるために、医学を一から学び直し、自分の作り出した折り畳みナイフもどき──変身装置を用いて、脳を覚醒状態にしてやろうと考えた。
一度死んだことがあるはずだ。そして彼はその状態からよみがえった。その際は邪視が体の一部になったと言う。いまそれが起こっていないということは、おそらく大滝守道のなかの邪視は死んでしまったのだろう。青空は特別な装置を使って、彼の脳みその状態を見たが、どうやら邪視は完全に消え尽きるまでの数ヶ月、必死に彼の脳を覚醒させようとしていたらしいという痕跡が見つかった。
この変身はその小さな邪視の残りカスを変身装置内の増幅器で増幅させて、再融合させたものである。増幅させた残りカスで発現する能力はせいぜい変身能力と多少の身体強化だけだろう。以前のような、助けを求める声を聞きつけるような超感知能力は残らないし、自殺の波動も使えやしない。
「目を覚まして、ヒーロー」
灯っていなかった単眼に、光が灯った。身体が動き始め、そして、変身が解除された。ついでに青空も。
「なんで……」
「奇跡を起こすのが光の力だ。そして、平凡を守るのが貴方だ」
「死ななかったのか……俺は」
「死にたかったか?」
「そのはずだった」
「だった?」
白髪で、目元には、闇の粒子が染みついているのか、隈のような、あるいはそういうメイクのような、黒い痕が染みついている。彼は窓から鈍色の空を見てから、青空に視線を移した。
「心臓が止まる直前、いろいろな人の顔が、浮かんだんだ。本当は友達とか家族とかをまっ先に思い浮かべるのだろうけれど、俺には友達がいない。家族は……どうなんだろう。不思議な話なのだけれど、まっ先に思い浮かんだのが、顔が好みなだけの男だった」
「おや」
「中性的で、女と言われても信じてしまえるくらいの面で……たぶん、あんまりに対人交流の経験が浅いものだから、一瞬でもそういう目で見てしまったんだな。今は何年だ?」
「二〇一六年。十二月二十二日。木曜日」
「随分と寝たな」
自分の知らない人間関係も出来た頃合いだろうか。面も性格もいいだろうから友人も出来たろうか。恋人がいてもおかしくないな。すこし後悔してしまう。眠りこけていたことを。
「それで、どうする?」
青空が言う。大滝守道が首を傾げる。
「どうする、とは?」
「やるだろ、サンタさん」
復活劇。窓から外を眺める。目を凝らすと、遠くの景色が見えるので、こめかみを抑え、いろいろ探ってみるとどうやら暮明薫が怪異と戦っているらしい。状況的に襲われる民間人を助け出そうとした結果の戦闘なのだろう。随分とつよいのか、あるいは薫が弱いのか。
「なあ、君」
「なにか?」
「サンタさんって戦うか?」
「ハハ。黒いサンタは戦うんじゃないか?」
窓が開いた。地面に落ちるのとほとんど同時に意思を持ったがゆえの自動運転でオートバイクが駆けてきて、守道は薫の方に向かっていった。それを病室から眺めながら、青空は「いいな」と笑う。
「いつまでも誰かの為に戦いに出ちゃうのは要改善だが……まぁ、それでも私の好きなタイプの病人だ。うん。彼のことが大好きだ。私がずっと欲しかった頼れる大人だ」
光輝から聞いてきた変身した彼の名前。
『いいじゃないですか! ね! 悪の力でも、いいんです! 悪の力でも人を愛してもいいんです。悪の力でも、人に愛されていいんです』
かつて光輝が自分に言った言葉を思い出す。なるほど、彼へ向けた言葉だったか、と笑む。ISPOから聞いた大滝守道の情報を頭のなかに思い浮かべる。愛星友教祖の器にされるために作り出された。邪視を身体に宿している。失敗作。父親は異態家の人間で、異態仙骨という名前がある。……青空にも、異態肉彦という名があった。愛星友の信仰対象とされていたものだ。かつて存在した愛星友の教祖の名だったが。かつて青空の身体の中には、自分の魂とは別に異態肉彦の魂も収められていた。それはあとで話すけれど。
「そろそろついた頃かな? あのノーベルライダー」
それじゃあ私も行こう、と彼はもう一度変身して、光の速度で守道のそばに寄っていった。
「どういう状況だい?」
「なんで面白そうなんだ君は」
「おーっ、あの程度の怪異なら私ならワンパンさ!」
「やるかい?」
「まさか。後輩に譲るのが紳士だよ」
「なら、右に同じ」
「おっと、なぜ来たのか」
そうこう話しているあいだに怪異が凍りつく。
「異態……あの、大滝さん!!」
薫が変身を解除してやってきた。
「髪伸ばしてるのか」
「えっ、あっ、これは」
「似合ってるよ」
「そうだなぁ〜。君はあれだ。氷の力を使うからパキットマンだ」
「ビキットマン」
「私と被る。ややこしくなるだろ。私はビカットマンだ! 正義の味方の味方、光のヒーロー、ビカットマン! アッハッハ」
「陽気だな、小僧」
「大滝さん」
薫が、少しばかり泣きそうな顔で見上げてくる。
「起きたんですか」
「となりのアッパー系に起こされたのさ」
「だってこのダウナー系がなかなか起きないんだもの」
「文字通りダウンしていたわけだ。ハハ」
「うまくない! 座布団一枚!」
「判定が甘すぎる」
「皆さん呼びましょうよ! あの、師匠が一番喜ぶと思います」
薫が喜び勇んでそう言う。
「師匠? 君、ヒーローになるのに師匠がいるの?」
「はい。ドロットマン第二号を名乗ってますよ」
「じゃ、君が第一号か」
「俺が?」
「闇の力を使うヒーロー、ドロットマン。おっと、否定はさせないぞ。君は正真正銘のヒーローなんだからな」
「そうか。今更否定しないよ」
守道は青空からぶんどった煙草を咥えながら答える。
「大滝さん、みんなでなんか集まってやりましょうよ。そろそろクリスマスもあれですし。パーティとかどうです? っていうか今もの食べられるんですか? あの、あの、俺。あの、俺……ずっと会いたくて、あの時ありがとうって言ってない気がして」
「言われた」
「たぶん言ってません」
「うるさいなお前。言われたよ。どういたしまして。これで終わりだ。いつまでも気にしてるな。今日が昨日と同じでもあるまいに」
「かぁ〜っくぃ〜〜〜。私も今度言おう」
「やめろ」




