58 喪失
陸天の姿が変わる。背丈は四メートルほどになる。黒い強化皮膚。白い生体装甲、そして金色の四本の腕。紫色に灯った複眼状の双眸。胸のランプが青く灯っている。陸天変身態はまるで神のような神々しい輝きを纏って、君臨した。しかし仙骨変身態はいっさい怯まずに、手を蛙の形に変え、縛絡を召喚した。そして刀を呼び出すと、構える。
「ひとつ言っておくと、私はきみのことをずっと見ていたから、きみの戦闘能力に合わせて、ちゃんと人間や怪異じゃ到達できないような状態に自分を昇華してきたよ。その刀も傷はつけられるだろうけれど、その傷は形而上のもので、本質的には傷ひとつつけられていない。君は私を倒せるかな?」
「だろうな」
「ん?」
「お前は俺の頭に声を直接届けてきた。そういう事ができる奴ならちゃんと俺に対処してくると思った。全部の作戦を封じられるだろうな、とちゃんとわかった」
「じゃあどうするの?」
「ここで、お前と同じ領域に立つ」
「できないでしょ」
「業轍」
仙骨変身態の姿が変わる。背丈は四メートルほどになる。銀色の強化皮膚に赤色の生体走行。黄色く輝く複眼状の単眼。胸の石は赤く点滅している。
「その点滅っていいの?」
「どう見るかだ」
もちろん良くない点滅である。縛絡と邪視の神性を無理矢理引き出して直接身体に融合させているので、現在人ならざるものになっている。それはつまり、死人ということであり、心肺はもちろん停止している。この無茶を通した強化変身を解除した瞬間に仙骨は死ぬ。
「お前という存在を認識して、ここでようやく確信づいた。お前に対する認識の甘さは途方もないものだったた。心の片隅で、やはり殺さずに済む道を考えていた。けれどそれはだめだ。お前は生きてはいけない存在だ。この世から消えなければならない存在だ。だから殺す。此処でお前を殺して、俺はこの世界を平凡な世界に返す」
「君がいなくてもビカットマンがいるけど」
「だとしても、いまお前の目の前にいるのは、俺だ」
「倒せる? すごくつらそうだ。それに、君の自殺させパンチはあまり強くないよね。自殺の波動を相手に直接打ち込むものだってのは分かるけど、でもその波動って軽いよね。君の霊力が全部乗ってもあの程度だったもんね。だから多分どうしょうもないくらい、君は私には勝てないと思うな〜」
その通りだ、と仙骨も理解していた。陸天の言う通り、霊力をすべて乗せただけのパンチじゃ到底敵うものではない。おそらく陸天がちょっとネガティブになるくらいの効果しか発揮されない。
ならば、本当に全てを乗せればいい。
間合いを詰めた。
パッ、と。
「え?」
陸天は驚いた。「あれ? こいつなんか思っていたより速いな」と思った。まるで光の速度だった。闇の力とは影。影は光よりもはるかに遅い。現在の陸天の肉体は光とほとんど同じ。その陸天が目で追えないほどの速度が出ていた。
「霊力だけを乗せたのでは、とうていお前を殺せない」
「なんだ……!? なにをするつもりだ……?」
「霊力全て+俺の寿命およそ七十年+現在体内にある生命力+自殺の波動を拳一つに籠めて、お前を殴る」
パンッ、と拳が陸天変身態の肩に軽く触れた。次の瞬間、胸のランプが溶け始め、装置がゴトリと地面に落ちた。
「殴り合いは……?」
「ない」
「霊術のぶつけ合いは……?」
「ない」
「楽しい攻防は……?」
「ない」
「は?」
「全てない」
「はぁ……?」
「お前に時間を割いていられる程」
「なんで……? 聞いてない……」
「世界は暇じゃない」
「ズルだろ」
「ズルじゃない」
「ズルだ」
「ズルじゃない」
強化皮膚が溶けていく。生体装甲が溶けていく。強化筋肉がほどけて地面で液状化。眼球が腐って地面に落ちる。
「いやだ、まだだ。まだ終われない!」
「終わりだ」
「終わらない!」
「終わる」
「終わっていられない!!」
「もう終わり始めてる」
「黙れ! まだ遊ぶ!」
「終わりだ」
仙骨の変身も徐々に解除されていく。
「馬鹿野郎ふざけるな、まだ変身態のままでいろ!! 邪視! お前だ、お前がかわりにぼくとたたかえ!! たたかうんだよ! 楽しい殴り合い! 殴って、防いで、蹴って、防いで! ぼくとも、ぼくとも!!」
「無理だ」
「橈骨とはやってたのに!! 僕とはできないっていうのか!!」
「ああ。お前にとって、きついことを言うかもしれないが、心して聞いてくれ」
「な、なにを……!! あ、ああ!! ああああ!! 腕が溶けてきた! 腕が一本なくなったあ!!」
「静かにしてくれ。いいか、ちゃんと言うぞ。お前にも理解できるように、わかりやすくゲームで例えてやる」
身体から熱が引いていくのを感じる。
「戦ってくれ、たのむ、戦ってくれ。ほんとうにたのむ、今からでもいいから戦ってくれ! 戦って! 戦って! 戦えええ!!」
「俺にとってのラスボスは橈骨で、お前は……なんだろうな。本編終了後のォ……んん……始まりのまちの近くにいるスライム……?」
「戦え! 戦え! 異態仙骨! 仙骨戦え! まだ腕は三本あるっ、あっ、あーっ! 二本になっちゃった!! 減っちゃダメだからあ!! いやだいやだ、つまらない!! つまらない!! 天獄くんは戦ってくれた! 最後まで血みどろになって戦ってくれた!! つまらない喧嘩だったけど、最後まで相手をしてくれた!!」
「そうか。天獄ってのに感謝しろ」
「僕は神様なんだ! さっきの姿を見たろう!? 神様をこんな簡単に殺してしまってもいいのか!?」
もう視界もぼやけてきた。耳も遠い。
「お前は神様なんだろうさ。きっと、大昔の事だろうけれど」
「今もだぞっ!!」
「腐った肉塊が神な訳あるか」
「いやだ、いやだ……いやだ、助けてくれ、助けてくれ……助けてえええええ!! たっ──────」
陸天が姿を消した。その二秒後、仙骨も立っていられなくなって、地面に両ひざをついて、崩れ落ちる。強化筋肉も今日皮膚も生体装甲も、奴と同じように溶け落ち始めていた。すでに二割ほど地面のしみになっている。
「仙骨!!」
どうやら助けを求める陸天の声を聞いてかけつけた橈骨が公園に到着したころ、頭を覆っていた黒い皮膚が仮面のようにぼちゃっと地面に落ちた。
「仙骨……!! よ、ようやく……」
返事がない。
「仙骨……?」
橈骨の頭の中で、彼の邪視が「もう死んでる」と言った。
「は?」
いわく、「寿命だとか生命力が大気中に散っている。まだ全部拾い集めることはできるから蘇生はできるけれど、脳の機能は完全に停止しているからどうなるかはわからない」……という。橈骨は慌てて霊力を空間一体に広げて、仙骨の寿命・生命力をかき集め、彼の体のなかに戻した。そして、心臓マッサージやら人工呼吸やらで、彼の身体が活動を再開することに賭ける。
同志こんなに必死になっているのだろう、と自分でも思うけれど、答えはとっくに出ていた。涙と一緒に出ていた。また幼い頃のように、公園で遊べるような……公園でなくとも、一緒に酒を飲んだり、飯を食ったりできる友人の関係に戻りたいと思った。また友達になりたいと思ってしまった。殴り合って、本気で彼を否定したからだろうか、心の中に溜まっていた彼に対する不満が全て吐き出されたせいだろうか。わからない。ただ、友達になりたいという気持ちは本物であった。
「いやだ、嫌だ嫌だ。仙骨、仙骨動け。動けバカ。俺、俺嫌だ。仙骨、仙骨……仙骨……」
『こうすけくん、またね!』
『おう! またな、もりみち!』
夕暮れ時のこと。
大昔のことを思い出す。
「守道……」
誰が呼んだか救急車がやってきて、彼の心拍を確認すると、弱々しくも僅かながら動いているらしい。
「そいつ、助けてください。お願いします。そ、そいつ死んじゃ駄目なやつなんです。そいつ、自分の人生を他人のために使うバカなんです。まだ生きてなきゃダメなんです。あと八十年は、自分のために生きてもらわなきゃダメなんだ」
「落ち着いてください、落ち着いて」
「絶対に助けてください。助けられなかったら、お、俺呪います」
「助けます。彼の優しいところは我々もじゅうぶんに分かっていますから。だから、絶対に助けます」
救急隊員は泣きじゃくる橈骨をなだめながら、蘇生を始めた。心臓は活動を再開したが、意識の回復がまだ始まらない。
救急車が出発した。
橈骨は懐から手帳を出して、大滝明子に電話をした。明子は、最初投稿が何を言っているのか分からないが、「病院に行ってあげて」と何度も言うので、步生を伴って、直ぐに病院に向かった。




