57 心境
陸天は飯を食い終わるとスクと立って、ストレッチを始めた。その顔はまるで明日も生きることが確定している犬のようににこにことしたもので、対照的に仙骨変身態は黒鬼のようだった。尋常維持局の手配があったのだろうか、人が消えていく。
「あっでも」
「なんだ」
「戦う前にさ、二万文字くらいおしゃべりしない? 天獄くんならお喋りしてくれたんだけど、君はそういうの嫌い?」
「きらいだ」
「返事が短いものね。でも、橈骨の前ではめっちゃ喋るよね」
「黙れ」
「やっぱり友達なんだ?」
「黙れ」
「橈骨、君のこと探してたよ。私、結構いろんなところまで見えるんだよね。目玉は二つしかないけど。そういえば思ってたんだけど、君の赤くなってるほうの目って見えてる?」
「答えてやるほど俺は優しくない」
「おお厳しい」
陸天は笑う。
「そうだ、影伴步生くんのことはどう思ってる?」
「…………なに……?」
「ほら、人殺しの息子。いたよね。女の子みたいなツラしてるくせにイチモツついてるキモいやつね。あれどう思う?」
「どうとは、なんだ」
「付き合ってくれるの優しいね」
仙骨変身態は睨みつける。
「ぶっちゃけ顔だけで言ったら君の好みでしょ。ドンピシャ? だから優しくしたのかな? 違うね、君は誰にでも優しくしちゃう人間だから、顔のタイプとかは関係ないかも。でも、此処で朗報なんだけど、性格も多分君の好みだと思うよ。君のことを引っ張っていってくれるタイプ。女の子だったらよかったのにね。あっ、でも君は年下の子は妹にしか思えないんだっけ?」
「それは、妹に対する牽制だ」
「ひどい人だね。男として最低だよ、ちゃんと『君は妹だからそういう目では見れない』って言うならまだしも、会話のなかでうっすらと匂わせてくるのは、性格が悪いと言えるね。でも君の気持ちわかっちゃうな。お兄ちゃんとして優しくしてるのに、ほっぺ赤くされたら気が滅入っちゃうよね。でも、やり方は考えたほうがいいよね」
風がなびいている。陸天は朗らかに笑ってそのようなことをべらべらと話しながら、背中を伸ばしている。
「あっ、あと、猪地光輝っていう子供いたよね。あの子、きみのこととっっっても心配してたよ。君があんまりにも病んじゃうから。ダメでしょ〜〜子供の前で弱いところを見せちゃあ。特にああいう子の前ではね。ああいうのは、他人の不幸も自分の不幸にできちゃう人間で、病みやすいんだから。君はそういうところ配慮しないよね。彼、君に付けるヒーローの名前考えてたよ。たしかドロットマンだったかな? どう? かっこういい?」
「俺はヒーローじゃない」
「つめたっ。つめたいよ、ドロットマン」
仙骨変身態は拳を握りしめていた。もうそろそろ我慢の限界らしく、陸天も「まぁいいか」とため息をついてから、着ていた白シャツを脱ぎ落として、身体にのこった手術痕を見せた。
「それじゃあ、まず、戦うにあたってルールとか必要だったら先に言っておいてほしいんだけど、どうかな? ルールってある?」
「先に死んだほうが負けだ」
「おっ、いいねえ。そういう潔さに振ったゲームルール好きだよ」
「ゲーム?」
「そうだよ〜。知らないだろうけど、この世界は私を主人公にしたゲームなんだ。昔からね。人の生き死にも私が思う限りなの。でも改造人間にされたのは少しだけびっくりしちゃったなあ。おかげで不老になっちゃったんだぜ? こんな身体じゃ病院にもいけないから、体調管理はしっかり気をつけてたんだけどさ」
「この世が、ゲーム?」
「うん? そうだよ」
「この世が?」
「うん」
「人の、生き死にがゲーム……?」
「うんっ、そうだよ!」
「はぁぁぁ……?」
「あっ、怒った! すぐそうやって熱くなるの良くないよ〜? ほら、なんだっけな。アンガーマネジメント? そういうのあるよね。六秒深呼吸するみたいなの。あれやってよ。怒りそうになったときは六秒間の深呼吸。私も手伝ってあげるから。ほら、吸って〜〜吐いて〜〜吸って〜〜……」
「人の生き死にはゲームじゃない。人間の命に、歴史があるとは思えないのか? どうして、簡単に人を殺せる」
「え? 人を殺すのって簡単だよ。殴ったりしても、当たりどころが良ければ一発で死ぬし、そうじゃなくても包丁でやれば結果死ぬし。人殺したことないの? おかしいなあ。邪視なのに?」
「どうして簡単に人を殺してしまえるんだ。人には生活があるんだ。朝起きて、昼は仕事をしたり勉強をして、夜に寝て……そういう生活があるのに、どうしてそれを奪えるんだ。みんな、明日の朝日を浴びることだってできたのに……!」
「ああ、つまり、きみが言いたいのは心持ちの話ね。うーん。その質問は結構難しいなあ。俺の感覚を他人に教えるのって結構難しいよねって思うな。だってそうでしょ? 君だってそのはずだよ。君のさっき言った事、君にも当てはまるよ。怪異にも明日はあったんだから」
「ねぇよ」
「え〜?」
「怪異ごときに明日はいらない」
「君もほとんど怪異みたいなもんじゃ〜ん」
「そうだ。だから俺にも明日はいらない」
「覚悟がねぇ。決まってる。うん。怖いよ、そういう若者を相手にするのは。だって必要だったら何でもしてきちゃうんだもん。シティボーイじゃない弊害ってこういうところだよね。田舎生まれ特有の狂気が出てる気がするんだよね。だから嫌いだね」
まあいいや、と陸天が言う。
「とりあえず、戦えばいいんだよね。どっちが負けちゃうのかワクワクだね。でも、私変身するの久しぶりだからちゃんと変われるかな。えーっと。じゃあ、見ててね」
陸天の胸に機械的なランプが現れる。
「変身」




