56 岐路
陸天という改造人間がどこにいるのかを探すために、感覚を研ぎ澄ませていると、無惨な悲鳴が聴こえてくる。その悲鳴に沿って動くと、陸天が陸前高田市をはじめとして沿岸部を伝うように、釜石市から宮古市そして更に普代村、そこから軽米町、軽米町から八幡平市、八幡平市から雫石町、雫石町から奥州市、奥州市から遠野市、遠野市から岩泉町、そしてそこから更に、盛岡市というふうに、反時計回りに岩手をぐるっと回っていることに気がついた。そして、その終着点は……。
「花巻市、か」
花巻市内の何処かに陸天が潜んでいることをなんとかして突き止めた仙骨は、市街地から郊外まで、八月二十七日から九月二十日まで、とことん探して探し尽くしていたものだが、ついに陸天をこちらから見つけることは出来なかった。それでも、なんとか見つけられないものか、と探し回ったが、やはり奴は見つからない。そもそも、どういう見た目をしているのかも分からないので、探しようがないというのも真実なのだが、だからといってここまで見つからないのはどういうことか、と腹が立った。
そういう理由で公園の東屋で悶々としているところに、公園の前にオープンカーがとまり、金髪の女が近づいてきた。それは、ソフィであった。ソフィは何か大きく膨らんだ袋持っており、仙骨が何かを言うより先にそれを仙骨に差し出した。そして、「それ栄養つくので食べてください」とすっかり小綺麗になった発音の日本語で言う。袋の中身はジャンクフードだった。
「そして、ついてきてください」
「なにを……」
「かまわないので」
「…………」
何か怪しい雰囲気を感じ、仙骨はハンバーガーをひとつ食ってから、ソフィのオープンカーを追った。車は花巻郊外にある小さな民家の前に止まり、そのなかに案内されると、そこには大量のモニターと機械類が散らばっていた。それに多少驚きを隠せずにいると、ソフィが着ていたコートを脱ぎ、パイプ椅子の背にかけた。
「私は、フランスはヴィシーに本部を持つ国際特別警察機構〈ISPO〉直下対怪異組織『尋常維持局』所属の工作員。ソフィ・ダリエというのも偽名。私があなたの隣家に引っ越したのは、あなたのなかにある邪視を観察するため。これは、そのために構えた設備」
「岩手県内の防犯カメラ監視カメラと繋がっているのか」
「ええ。おまけに、顔を認識する機能もある。岩手県民だけでなく、日本国民にかんするあらゆる記録をデータとして持っているから、それを一人ひとり認識して、その人がどう動いているかというのを確認することができるの。それを使えばあなたが探している人も見つかるかも」
「…………一九四〇年代の男なんだ。カメラに映ってるか?」
「ちょうど、最近移り始めましたよ。見る?」
「たのみたい」
「じゃあ、座って」
「ありがとう」
仙骨は腹にハンバーガーやらフライドポテトやらチキンナゲットやらを腹におさめて、モニターを監視していた。そして、いくつかの防犯カメラの映像に手を振るスーツ姿の男が映し出されている。そして、その顔を以て情報と照合すると、「大高逸虎」という男であることが判明している。昭和九年に死亡しているはずだが、どうやら生きている人間であるらしい。
「これが陸天か」
「久しぶりに聞いたわね」
「知ってるのか?」
「太平洋戦争の以前に新興宗教団体『火崎』の教祖をしていた男。たしか、昔の探偵が調べた報告書で……天獄? という男と戦って殺されたって聞いたけど」
「たしか改造人間として蘇ったはずだ」
「此処らへんで改造人間というと……路児かな」
「知ってるのか」
「私はそれを専門に金を稼いでいるんだもの」
「そうか」
「私たちも、陸天殺しに手を貸すよ。尋常維持局には祓い屋がいるんだ。彼らの能力は高いよ」
「いや、いい」
「そう?」
「やりたいことがあるんだ」
「そっか」
ソフィはモニターの映像をいくつか動かして、大高逸虎=陸天の動きを追い、地図にそれを書き込んでいく。しばらくの沈黙。その後に、ソフィが絞り出すように口を利いた。
「ねえ、異態仙骨くん」
「なにか」
「死ぬの、やめなよ」
「なぜ」
「明子ちゃんとか、步生くんとか、君の帰りを待っているよ」
「そうか」
「ふたりだけじゃないよ。君がいなくなってさみしいって思ってる人はたくさんいる。牧場の人とか、母娘とか、酒屋の人も寂しがってる。魚屋の姉弟も。私だって心配してた。私はかろうじて君のことを追えていたけれど、それでも……」
ピピピッ、とアラームが鳴った。
「なんだ?」
「それは……私が設定しておいたんだ、大高逸虎がどこかのカメラに映ったらなるようにしていたんだ。やっぱり花巻市内だね、いまスーパーマーケット〈レモネード〉で買い物してるわね」
「すぐに向かう」
「異態仙骨くん」
「なんだ」
「私が言ったこと、全部ほんとうだよ」
「そうかい」
仙骨はヘルメットもせずにすぐにスーパーマーケット〈レモネード〉にオートバイクを走らせていた。〈レモネード〉が近づいてくると、オートバイクは遠隔操作でセレネに変形され、周囲に黒い霧が噴射された。どうやらモニターを監視していた数十分のうちに他局員によってオートバイクに改良が加えられていたらしい。消えていたピースマークのペイントも復活している。黒い霧のなかで、仙骨変身態になる。〈レモネード〉にそれがいないことを感知すると、方向を転換させた。
ところかわって、陸天は自転車を漕ぎ鼻歌を歌いながら詩の森公園に向かっていた。そして、そこに到着すると、自転車をてきとうなところにとめて、〈レモネード〉で購入した「えびふらい弁当」を取り出して、食べ始めた。改造人間として復活してからというもの、こういう洋食が好きになったのは、感性の変化と言えるのだろう。
海老フライを半分まで食べたところで、目の前に黒いオートバイクが止まった。
「あーっ。待って、ご飯食べてるから」
「…………」
「君もご飯食べなよ。それとも食べちゃった?」




