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ドロットマン  作者: 蟹谷梅児
EPISODE 18
54/65

54 鬩牆

 異態仙骨と異態橈骨はいわば兄弟のようなものである。平成三年の十一月三日に生まれて、生まれてすぐに他の夫婦に預けられ、異態橈骨という名は中学生頃に聞いて、それまでは浅見(あさみ)耕助(こうすけ)という名で過ごしてきた。平成三年の十一月三日に生まれて、生まれてすぐに他の夫婦に預けられ……同じように少し、つい最近まで、ずっと大滝守道という名で過ごしてきた。親からの愛情をもらえず、親から愛され、生まれたルーツは同じなのに、それだけで心のあり方が全く違うというのは、残酷なことにすら思えてしまう。


 そんな人生の悲哀を叩き潰したくて、橈骨変身態は剣を振るう。仙骨変身態は刀を剣のフラーを沿うように走らせ鍔のところで止めると、刀を前に突き出すように回しながら、外側に押し退け、もう片方の刀を橈骨変身態の肩に突き刺し、小さく跳躍し、喉に蹴りを叩きつけた。橈骨変身態は咳き込みながら、呼吸困難に陥り、地面を芋虫のように蠢いて、喚きながら、肩に突き刺さった黒い刀を引き抜いた。カラン……カラン……と、刀が地面に転がると、橈骨変身態はその刀身を頭突きで叩き折り、立ち上がる。


 顔を上げると、そこには仙骨変身態の拳があった。橈骨変身態は身をひねってそれをかわすと、その勢いを乗せて蹴りを仙骨変身態に叩きつけていた。地面に叩きつけられた仙骨変身態の口元にヒビがはいる。橈骨変身態は、仙骨変身態の肩を踏みつけ、二本の剣を同時に突き刺した。仙骨変身態の叫び声が響く。仙骨変身態は激痛の衝動のまま、橈骨変身態に金的を食らわせ、橈骨変身態の悲鳴が響いた。


「ハァ──ハァ──ハァ──……」


 治癒霊術の光が二人から発せられると同時に、二人はほとんど同じ力で殴り合っていた。治癒が間に合わない速度で傷を入れれば、ダメージがはいるだろうと踏んでいたのだ。橈骨変身態は油断だけは絶対にしなかった。いま自分の目の前にいる失敗作=仙骨変身態は自分よりも強いから、ぜったいに気を緩めたりなどはするつもりがなかった。


 世界の辛さは自分が一番よく分かっている。世界の苦しみは自分が一番よく理解している。こんな甘ちゃんに説教を食らうほど子供ではないし、こんな甘ちゃんが何かを吐かしていることを正しいと思うほどの幼稚さは自分にはない、そう考えていた。だからこそ退く事だけはしなかった。しようとも思わない。一度たりとも敗北を認めてなるものか、以前の自分とはもう違うのだ、と。橈骨変身態は拳を握っていた。


 仙骨変身態は橈骨変身態の拳がだんだんと強くなっていくことを感じ取ると、自分もそれに合わせてパワーを無理矢理にあげていった。ここで骨が折れれば、治癒霊術をかければいい。治癒霊術で傷を治してしまえばまた拳を握ることができるのだ。


「うう、うううううう!!」

「ハァ……ハァ〜〜〜〜……」


 二人はもはや言葉を話さなくなっていた。筋肉を軋ませて、強化皮膚を張り詰めて、ただ互いに、骨のなかに熱くたぎるような汁を染み込ませて、拳を握り、膝を曲げ、背を張って、睨み据えて……そういうところに、ある一点の異常が起こる。


 霊能(れいのう)異理(ことり)というものがある。


 霊能者が使う霊術の進化形であり、大層な才能を持つもののみが時折発動を許される、特別な……簡単に言えば、必殺技のようなもの。この「霊能異理」というものは、その霊能者の扱う霊術のなかで、最も得意な霊術が進化し、発動する。それは本人の自認ではなく、事実として。


 両者拳を振るい、互いの「詠唱」を妨害しようと考えた。詠唱に入ってしまうと、霊能異理まで秒刻み。自分の敗北まで数センチ。仙骨変身態が詠唱を始めようとすればその顔面を殴り飛ばし、橈骨変身態が詠唱を始めようとすればその腹を蹴り飛ばし、両者に距離ができると、ほとんど同時に息を吸い込み、叫ぶ。


「白昼」              「黒夜」

「快晴」              「曇天」

「娼婦の愛」          「少女と業」

「如月は殊更に紅く」  「月光は煌々と淡き」

「餞別は鈍色の砂粒」  「高潔の霊魂の涙珠」

「向日葵が咲かず」    「彼岸花は咲かず」

「血肉に傲慢」        「骨肉に憤怒」


 霊能異理           霊能異理


「〈暗道(あんどう)〉」            「〈明道(めいどう)〉」


 互いの霊能異理が発動する。橈骨変身態の〈暗道〉も仙骨変身態の〈明道〉ももとになった霊術はともに同じ。周囲にその力の余波が拡がり、明確に存在は高まった。建物の内部で死んでいた千人規模の信者たちの傷が再生し、心臓がドクンドクンと動きを始めた。治癒霊術の昇華による再生霊術の効果は二乗にまたがった。


 お互いに、お互いの霊能異理の効果が「再生と蘇生」だと気がついたのは、地面に花が咲き乱れたからだった。それを理解すると、一秒もかからずに、互いに単眼から自殺の波動を光線のようにして吐き出した。互いに疲労がたまっていた。目の端が焦げてしまっても気にしない程度には本気で、相手が死んでしまうかもしれないということも気にしない程度には朦朧としていて、だからこそ顔面を覆う強化皮膚が割れ始めていたことも気にせずに、二人は自殺の波動を浴びせ続けていた。そして、両者同時に被弾して、一度死ぬ。そして生き返る。


 滅多に発動しない霊能異理の効果が続いているうちは、このやり取りが繰り返された。そして、ついに倒れるときというのは、互いの霊力がついたときだった。変身の解除はほとんど同時だった。白い強化皮膚が剥がれ力なく倒れた黒髪の青年も……黒い強化皮膚が剥がれ力なく倒れた白髪の青年も、ほとんど当時に皮膚が張り裂けて血が溢れ出すのも構わないで無理やり起き上がると、互いの胸ぐらを掴み、殴りかかった。

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