46 到達
薫がオートバイクで家を飛び出すと、道路がふさがれかけているので急遽方向を転換し、民家の庭に突き進んだ。
向かう先には畑があったが、ここまで広い土地だと、道を塞ぐことも出来まいと進んでいった。
捕まって何をされるかは分かったものではない。
「追いなさい」
「へい!」
「はい!」
「私も追います」
れんじゅうは車に乗り込み、二手に分かれて薫を追い詰めるようだった。まずは、薫をそのまま追いかける車が二台と行く先を予測し、轢き飛ばそうという一台。
薫はそう来るだろうと予測していた。
なので、黒塗りの車が見えると、車体を起こしあげて、ボンネット……フロントガラス……ルーフをジャンプ台のようにして、かいくぐった。
スマートフォンを部屋においてきたのを後悔していたが、このまま警察署か交番に駆け込んでしまえば、あとは安全だと考えた。
「さてみなさん! 追いかけますよぉ!」
「おおっ!」
野太い声が響き渡る。
薫は全速力でれんじゅうから距離を取ろうとしていたが、大きな道路に出ると、あちらこちらに停まっている車全てからニコニコ顔の男たちが顔を出して手を振っている。
何人かは拳銃を持っている。
「戦力差が違いすぎます。諦めてください、暮明薫くん」
「な、なんで俺をつけ狙うんだよ」
「我々、愛星友氷牛捕獲隊なり! あなたの中にいる氷牛というのに用事があるんです。神というのはたいてい光側の性質を持っている。我々も光の力を使ったいろいろを用いて勢力を広げているわけですがね、しかし、教祖様が闇の力を欲しているんです。闇の力を持つ神をいくつか調べたところ、現在は邪視と氷牛が岩手にいる。そして、氷牛を宿す少年はお世辞にもつよいとは言えない。あとはもう、流れですね」
「……う、うう……」
逃げられない。
逃げられない。
こんなれんじゅう、いっそのこと凍ってくれればいいのに。こんなれんじゅう、いっそのこと砕けてしまえばいいのに。
オートバイクが凍り始めた。
怒りで、心臓の駆動が加速する。全身が氷に包まれ、それが砕けると、黒い強化皮膚と青い生体装甲に包まれた戦士が現れる。
青い複眼に光が灯る。
「やっべ、覚醒させちゃった」
「おバカ」
どこからともなく大量の猿が現れる。これはおそらく召喚霊術である。たいていの人間の生得怪異は猿なのだ。
青い戦士・薫変身態は氷を纏った拳で猿どもを何度も殴りつけ、殺し潰していくと、氷牛捕獲隊のひとりを捕まえて、凍らせた。
そして、その氷を殴り砕くが、どうやら致命傷にはならないらしい。
その捕獲隊員は全身の皮膚は剥がれたものの、なんとか立ち上がると、「治癒霊術をかけてくれーっ」と喚いて、また倒れた。
「覚醒後の力の増幅でもこの程度……ということは、あなた、大して強くないな?」
「う……!?」
「みんなでかかれ! 対応できないほどの速度で、猿をぶつけるんですよ!! やっちまえ! やっちまえ!!」
猿が必要以上に襲いかかってきた。
それを散らすのに必死になっていると、どうやら身体能力を強化する霊術が何かを施した捕獲隊員が薫変身態の頭を殴った。
薫変身態は大きく吹き飛ぶ。
そこにまた追撃が来た。生体装甲が剥がされ、強化皮膚が剥がされ、強化筋肉が抉り取られていく。激痛に叫んで悶えていると、そこにオートバイクが近づいてくる。
「なんだ……?」
猿が動きを止めた。
ライダーがヘルメットを外し、地面に無造作に落とす。白髪が風に当てられて、僅かに揺れた。
「異態……仙骨……? なんでいまここに……?」
彼はゆらゆらと歩きながら、薫変身態に向かって行く。
「異態仙骨を殺せ!! こ、ころせーっ!」
「失せろ」
彼が言うと、人間は恐怖でその場から動かなくなった。彼から流れたほんの僅かな霊力に乗った純粋な殺意が、彼らの扁桃体を刺激して、身体の動きを抑制しているのだ。
猿の怪異が何か透明な拳に抓まれたように捻れて弾け死んだ。邪視も縛絡もなにもしていない。彼の純粋な殺意に反応して、怪異としての本能が自殺を選んだのだ。
「筋肉達磨ァ」
「ひっ」
「失せろ」
「ひっ、はっ、はい……」
彼はしゃがむと、彼の皮膚や肉を持ち上げて、もう一度地面に落とす。そして、傷口に手を押し当て、治癒霊術をかけた。通常であれば、ここまでえぐれた箇所は治らない。しかし、彼の治癒霊術はどうやら特別鍛えたものらしく、随分とすごい精度で肉体を再生させていく。
「氷牛、氷の力か」
「あ、あなたは……」
「立てるか。ならば立て」
変身もせずに、まるで勝てないというのを魂で理解させてきた。
薫は息を呑みながら、恐る恐る立ち上がると、白髪の彼は薫の頭を撫でて、れんじゅうに向き直った。
「この小僧は俺が貰う。おたくらには渡さない」
「勝手なことを言ってもらっては困るなあ! それは、我々愛星友の教祖様へ捧げるものよ!」
「俺の物だ。霊能の世界に身を置いて、俺のものに手を出すか」
「たった数ヶ月前に入ってきたばかりの新参者が、ぬ、ぬかすかっ!」
「いけないか。数十年界隈にいてガキ一人簡単に捕まえられない無才の凡人風情。おたくのようなのは死んでいるのが正しい」
「とにかく、置いていってもらう。私にも大人としての矜持がある」
彼は「そうか」と言うと、変身してみせた。黒い強化筋肉。黒い強化皮膚。黒い生体装甲。赤く染まる複眼状の単眼。
「ここで俺が自殺の波動を流せば、おたくは死んでしまうな。死因は自殺。俺は邪視だ。立場は分かったか。分かったのならば失せろ」
「……し、死なず……」
「楽しみに待ってるよ」




