47 世話
れんじゅうの姿がなくなると、彼は変身を解除した。
そして、再度薫に向き直った。
「呼吸を整えて、戦意の喪失をイメージするんだ」
「は、はい」
すると、薫の変身は解除された。
疲れがどっと出る。
「あの、あなたは一体なんなんです……!?」
「異態仙骨。悪人だ」
「悪人……けど、俺のこと助けてくれましたよね」
「視点は広く持て。あまり人を信用しすぎるな。抱かれるぞ」
「抱かれる……?」
「お前の家に戻る。飯を食わせろ」
彼の声は抑揚がなかった。ただ空腹を感じたから義務的に飯をせびっているようにみえた。薫はオートバイクのところに戻って、彼もまたオートバイクに戻っていった。
「冷蔵庫の中を漁る」
「あ、どうぞ……」
「洗濯機を使う」
「はい」
「風呂場も使う」
「わかりました」
どうやら、しばらく身体を洗えていなかったらしい。
シャワーを浴び終えると、彼は冷蔵庫にあった鮭でムニエルを作り、それを薫に差し出した。
「変身後は腹が減るだろう。食うんだ」
「料理、得意なんですね」
「おかしいか」
「いや、全然」
「なら黙って食え」
この人は食わないのだろうか、と思いながら薫はそれを食べた。とても美味しかった。米も食べた。美味しかった。久しぶりに食事が喉を通った。
「食ったな。俺はしばらく出るが、戻ってくる」
「は、はい」
「何が来ても、お前はもう大丈夫だ」
彼はそう言って、また薫の頭を撫でた。薫に余韻が残らぬ内に、彼はオートバイクで何処かへ向かっていた。
氷牛捕獲隊のれんじゅうは薫の母親を襲っていた。
どうやら別働班らしい。
ほとんど何も考えず、ただやりたいと思ったことに身を任せて、彼はそのうちの一人を轢き飛ばした。
「い、異態ァ〜〜〜!! 仙骨ゥ〜〜〜〜! 貴ッ様ァ〜〜〜〜! いくつ我々の邪魔をすれば気が済むかァ〜〜!!」
薫の母に一瞥してから、メットをひとつ取り出し彼女に投げ渡して「いつでも逃げられるようにオートのそばにいろ」とオートバイクを指さした。
「殺してしまおうぞッッ!!」
「やれんのかな」
猿の怪異があふれ出した。
彼はそれを見もせずに霊力を放出。
霊力というものは強さが如実に現れる。
弱き者の霊力により強き者が影響を受けることはほとんどないが、逆に強き者の霊力にあてられた弱き者は、大きな影響を受けることになる。
肉体の八割が霊力でできている怪異という存在は、彼のつよい霊力を浴びると、自殺を選んでしまう。
「霊術は我々も使えらぁッ」
「霊術を使った覚えはないのだがな」
彼は襲いかかってくる身体能力強化の霊術を使うれんじゅうを睨み据える。そして、手から影あるいは闇の粒子を放出し、空間全体に広げ、大きく腕を広げて両手をギュッと握る。
そして、腕を閉じるように何かを引っ張る。
次の瞬間、れんじゅうは何かに押されるようにして、一点に集まるように吹き飛んだ。
「なにを、した……!?」
「我流操影霊術〝空間ならし〟……おたくら程度にはこれで十分だよ」
彼はそう言うと、薫の母をオートバイクに乗せ、魚市場と八百屋を回り、暮明家に帰った。
「鮭を勝手に使わせてもらった。だから、だ」
「あ、あなたは一体……?」
「醜い悪人だ」
その瞬間、呼び鈴が鳴らされた。
薫がビクッと肩を跳ねらせるのを少し見ながら、彼は玄関まで向かっていき対応して、「ガラス割れてたから業者を呼んだ」とリビングに帰ってくるなり、そう言った。
「あの人なんなの、薫」
「変な人だけど、たぶん悪い人じゃないと思う。俺のこと助けてくれたんだ。あの愛星友のれんじゅうが来て……それで、絶体絶命っていうときに、助けてくれたんだ」
「……そうだったの? 怪我はなかった?」
「うん。怪我も治してくれたんだ」
薫の母は業者がせかせかと働くのを眺めている彼に声をかけた。
「息子を、助けていただいて……」
「構うな」
「ほんとうにありがとうございます」
「構うな」
「息子は、突然ああなってしまったので、ずっと一人で苦しんでいたんです。あなたのおかげで」
「もう一度言うぞ、構うな。俺は助けたのではない。おたくの息子が勝手に助けを求めたんだ。偶然近くにいたから寄っていっただけだ。だからもう構うな。掃き出し窓の修理が終わったら俺もここを去る」
「あの、せめて連絡先とか」
「なぜ」
「いや、その……」
「不必要な事はしない」
とりつく島もない。
「息子がまた狙われたりした時に」
「その時はこっちで勝手に感知する。憂うな。嘆くな」
とりつく島もない、とはまさにこのことで、彼は「俺のような化け物と関わりを持とうとするのはやめるべきだ」というふうになって、人間と関わりを持つことを一切嫌がっているようだった。
この男にも過去になにかがあったのだろう、とようやく考えてそれ以上きり込むことはできなかった。
ガラスの修理……というより、取り替え作業が終わると、先ほど言ったように、彼はそのまま家を出ていこうとする。
薫は慌てて引き止めて、腕をつかんだままに「またどこかで会えますか」と言った。彼はその目を見ることもなく、「やだね」と言った。




