45 来客
身体は動こうとしてくれなかった。
もうずっとこのままなのかもしれないと思った。
手のひらに力を込める。パキッ……と何かが凍るような音がして、恐ろしくなって、腕ごと布団の中に入れた。
こんな精神状態で外に出て、もし人が凍ってしまったら……と思うと、とてもではないが、動こうと思えない。
怖かった。
眠ろう……と思ったその時だった。
ピンポーン。
身体が硬直した。来客だ……と。
出たほうがいいかな、出なくてもいいかな、音楽を聴いていたので呼び鈴に気づかなかったってことにしてもいいだろうか?
そんなことを考えていた。
また、ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
おかしい、と思い始めた。数秒の間を空けて、続けて押され鳴らされる呼び鈴に、なにかただならない様相を感じる。
母が何か忘れ物をしたのだろうか。
それで、何かの都合があって、自分で鍵を空けられなくなってしまったのだろうか。いや、だとしたら、外から名前さえ呼んでくれればいい。
母でなくても、そうだ。
こんなに呼び鈴を無視されれば、居留守かもと勘ぐって、「暮明さーん」と呼んでくるかもしれない。
それがない。
いっさいない。
考え込んでいると、またピンポーンと音が鳴った。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。ピンポーン。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
異常だ、と分かった。
外にいたのは、愛星友のれんじゅうであった。
「今わずかに、二階のあの部屋、カーテンが揺れましたね。きっと、窓際にベッドを置いているんですなあ。となれば、おそらくあそこが子供部屋と見ていいですね。つまりあそこに、氷牛はいますね」
「氷牛さえあれば我々はさらなる高みへいけますねぇ」
「いけまーす。いけまーす。いけまーす」
話し声が聞こえてくる。
薫は焦っていた。
あのれんじゅうは頭がパッパラパーだから、もしかしたら家に不法に侵入してくるかもしれない。
だとしたら、逃げる準備をしておいたほうがいい!
薫はすぐにゆっくり起き上がり、押し入れを空けた。
押し入れのなかには小さなカラーボックスがあり、その中には去年はいていた運動靴があった。
はちゃめちゃにこぼした橙色の墨があまりにも落ちないので封印したものだから、まだ全然はける。
そして、机のワゴンの上に置いているオートバイクのヘルメットを掴んだところで、一階から「パリーン」と音がした。
「嘘だろ」
せめてピッキングで入ってきてくれると思ったので、あまりにも突飛な行動に、「そりゃあ、鍵なんていちいち開けるもんでもないのかもしれないけれど」と文句を言いながら、部屋に近づいてくるれんじゅうの足音を聞いて、どうするべきかと迷いながら、窓を開けた。
この窓のしたにはちょうどガレージがある。
少し迷いながら飛び降りた。
「逃げられますよ!」
「逃げられませんよ。あの少年に何ができるんですかね」
「しかし、氷牛が憑いてます」
「まだ融合まではしていない。彼に力を貸すわけでは無いでしょう。ゆっくりと追い詰めますよ。君たちは道路を閉鎖するようにしなさい」
「わかりました!」
そのわずかな会話が聞こえると、落ちた先にあるガレージの屋根を突き破り、青いオートバイクに火を入れた。




