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ドロットマン  作者: 蟹谷梅児
EPISODE 14
43/65

43 噢咻

 一本吸い終えたあたりで、ぽつりぽつりと雨が降り始めたので、彼はオートバイクに戻って、すぐにその場をあとにした。


 そして、廃神社を見つけると、そこで雨宿りをする。


 空ばかり眺めてぼーっとしていると、老爺が現れて、声をかけてくる。


「降りますなあ」

「そうだな」


 ほのかにクレヨンのような匂いのするその老爺はわずかに細い身体を揺らしながら彼の前までやってくると、銀杏色の傘を持ったままに、彼にたずねかけた。


「若い人がここに来るとは珍しい」

「雨宿りしに来たんだ。傘も持っていなかったから」

「ほうかほうか」

「……おたくは散歩か? 近所に住んでるのか」

「ええ、ええ、この近くにな。住んでいる」

「そう。風邪引くなよ。老体に風邪は堪えるだろう」

「構わんのよ。どうせ独り、心配するのは誰もいない」

「そうかな。雨の日に散歩をするとなっては、どうせ顔見知りも多いだろう、そういうれんじゅうは、みんなあんたを心配するんじゃないか」

「はは。ははは。やさしいなあ。あの子のようだ」


 孫と重ねているんだろうか、と思いながら彼は老爺を見ていた。


「あいたいなあ、あいたいなあ。でも、もうあえないんだ。悲しいけれど、私のせいなんだ。わたしがあの時助けにさえ行かなければ、あの子が腹を膨らませることもなかった」

「何を言ってるんだ?」

「組織のれんじゅうは私を使って、年端もいかない子どもに器を作らせた。私は抵抗したが、無駄だった。気を失ってしまった。人工授精だよ。やられてしまった。目が覚めた頃、私はあの子の自殺を知った」


 なんと返せばいいのかわからなかった。


 そんな趣味の悪い、頭のおかしい話をいきなりされたことにも、話自体にも、何のリアクションもできなかった。


「君の名前はなんと言うか」

「いざま…………。……。大滝、守道」

「守道! そうか、大滝守道。よかったなあ」


 老爺は懐から折り畳みのナイフを取り出すと、思い切り自らの首を掻っ切った。それが致命傷でないと気がつくと、何度も何度も自分の心臓にナイフを突き刺していた。


「…………。あっ、や、やめろ! なにしてるんだ!!」

「む、むすこの……むすこの立派になったところを見れたから、もう、悔いはない……! ふふ、ふふふふ」


 頭の中で「喜怒哀楽が全部『笑う』で出力されてしまう人だ」と声がした。邪視の声だ。この老爺自体、もう死にたくてくて仕方がなかったことがそれだけで理解できた。


 老爺が動かなくなると、「父親だ」とつぶやいて、治癒霊術を施した。しかし、発動しない。


 頭の中で「そういう術を自分にかけてる。治癒霊術が効かないようにしたんだ。万が一君が治癒霊術を使えたらを考えて……」と邪視が言う。


「そんな、そんな迷惑な話はない。うそだ。だれか! 誰か警察を呼んで! 救急車! 救急車!」


 慌てて携帯電話を取り出して、救急に通報をすると、それでも諦めずに治癒霊術を施していった。


「迷惑だ! な、なにが息子の立派になったところを……だ! め、迷惑だ! だれも頼んでないのに! い、いきなり現れて! こ、こんなこと……こんなこと!!」


 救急車が来ない。


 心肺停止で、人工呼吸をしても、動かない。


「お、お前に罪がないなら……た、たのむから俺のことを、俺のことだけでもいいから、お願いだから助けてよ……。もお。もおお。もおおおお!!」


 しばらく話を聞きたい、という警官に囲まれる羽目になった。彼の手には老爺の血が、顔には返り血がついており、まるで殺人鬼のような様相をしていたが、どうやら疑いはすぐに晴れることになった。


 警察が踏み込んだ老爺の家には、二十数年前の出来事を悔いるようなことばかりが書かれてあった。


 警官はそのうちのひとつを彼に渡した。

 おそらくこれは君に宛てた言葉だろう、と言って。


 〝君の人生が幸せの笑みで溢れますように〟


「…………」


 だったらなんで目の前で死ぬんだよ。


「…………」


 だったらなんで目の前に現れたんだよ。


「…………」


 もう自分でも自分が何をしているのかわかっていないんじゃないか。


「…………」


 もう。


「…………」


 だれも、意地でも……自分を助けようとはしてくれない。


 それを理解してしまった。


 ならば、どれだけ必死になって「助けてくれ」と叫んだところで誰も助けてくれる訳がなかった。


 誰も自分のことなんかどうでもいいのだから。


 心の何処かで、自分には味方がいると勘違いしてしまっていた。そんなことはあり得ないのだ。


 自分が生まれたのは、誰かにとっては不幸なこと。父親ですら母親ですら、生まれてしまったことに祝福なんかしていなかった。


 心の底から理解してしまった。


 自分が本当に駄目な存在なんだということを。自分が本当に生きているべきではない存在なのだ、ということを。


 じわりじわりと暑くなる昨今に、履き違えた羽虫が空を飛ぶ。青い空に白い雲、陽光浴びて熱帯びたアスファルトを踏む男の靴は、オートバイクを動かした。


 助けを求める声が聴こえる。

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