38 蜜柑
七月二十三日・水曜日。
岩手県花巻市某地区。
重い荷物を持ってつらそうにしていた老婆を見かけたので、家まで持っていくのを手伝っていると、あの非力だった自分がこうして片腕で野菜がこんもりと詰まった段ボール箱を抱え上げられるようになるとは思ってもみなかったと、ふと思う。
老婆は「ありがとうねぇ」といって、トマトとミカンを彼に寄越してくれた。彼はトマトを公園の水道で洗ってから、腹におさめた。久しぶりの飯である。あとは服を洗えればいいのだが、替えの服を持ってくるのを忘れたので、どうにかしたい。
「…………いっちょ行くか……?」
作戦はこう。明子が学校に行っている隙に一度家に帰り、自室のタンスの中の服を根こそぎ掻っ攫う。あとタンス奥のへそくりも掻っ攫う。問題は步生だが、どうしたものか……と頭を悩ませる。
もういっそ民家に不法侵入して、服を盗み出すしかないのかなぁ? と一抹の不安をおぼえながら、ボックスを開けミカンを大事にしまっておこうとすると、見慣れない紙袋がミシッと収まっている。持ち上げて中身を見てみると、服と、紙切れが入っている。
〝おまえの口座結構頻繁に金入ってるぞ〟
「……橈骨か……いや、ほんとうにあいつか? ……あいつしかいないな……だとしたらいつからだ……? いつだ? あの日か? なんで気づかないんだ俺は」
あいつはなにがしたいんだよ、と思いながら公園の公衆便所で着替えた。何故か把握されている服のサイズもあいつなら何かしらで調べたんだろうな、と思うとなんかキモっと思った。
そして、生活には困ってませんよという顔をしながら、ATMで金をおろしに向かい、なんとコインランドリーで服を洗ってしまうことに成功してしまったので、調子こいて乾燥までした。
「あいつはなにがしたいんだ……ほんとうに……今度来たらもうとっ捕まえるしかないな……」
服をボックスにミッシミシにしまい込んで、ミカンを食った。
「オヤジさんにも感謝だな……」
何故かは知らないが。
そうしていると、「たすけて!」という声が聞こえた。オートバイクをセレネに変えて、すぐにその声に向かって言った。
そこは山奥。
その声の主は若い女で、持ち物から察するに記者かなにかなのだろう事は把握できたが、どうしてこんな山奥にいるのだろう。
女記者に向かっていった大猿にオートバイクでタックルをかまして、轢き飛ばした。
「大丈夫か、お嬢さん」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、下がってろ。邪魔になる」
彼は仙骨変身態になり、大猿を殴った。
大猿はキキキと笑いながら、「邪視。お前を殺すことを命じられているんだ」と拳を握り、殴りつけた。仙骨変身態はその拳を真っ向から受け止め、その拳を両手で掴むと、押し潰した。
仙骨変身態は大猿がギャアアと叫んでいるのも気にしないで、拳に自殺波動を籠めて、殴りつけた。
大猿が消え尽きると、彼は変身を解き、女に向かっていった。
「おたく、ここで何をしていた」
「此処に昔の……大日本帝國陸軍の、秘密基地があるっていう情報が匿名で送られてきたんですよ」
「秘密基地……? ガキでないんだから」
「でも、ほら……」
女の足元には、土をかぶった木板があり。それをどかすと、木箱があり、それを持ち上げると、階段があった。
「此処が、そうなのか?」
「塹壕のような何かだとは思うけれど……というか、あなたは何者なんですか。あの大猿との関係は?」
「話せば長くなる。おたく、名は?」
「森山琴音、といいます。あなたは?」
「森山琴音」
高校時代の先輩にそんな奴がいた気がする。
ときおり学生食堂で会っては、「今日何食べるの」「ラーメンです」のように軽い会話を、毎度のようにやっていた気がする。
彼はヘルメットを脱いで、「異態仙骨」とだけ名乗った。
「大滝くん!」
「ほんとうの名前は異態仙骨というんだ」
「そうだったんだ。ご飯食べた?」
「蜜柑」
「へ〜いいね!」




