34 幕間
七月五日・土曜日。
岩手県盛岡市某地区。
その日は川でおぼれていた子猫をすくい上げるのに全身びしょ濡れになってしまったので急遽飛び込んだひとけのない森の中でなんとか火を起こして服を乾かしているところだった。
ようやくパンツと靴下が乾いたところで、腹が減った。
空腹を抑えられそうにない。
なんとか食えるものがないかとあたりをまさぐっているところだったのだが、そこにオートバイクが近づいてくる音がした。
通報されてはたまらんと思った彼はどうやら気がおかしくなっているらしく、急いで全身を隠せる穴を掘ろうと木の枝を手に取った。
「やーやーやーやー! いィざァまァ〜! 仙骨ゥ! こんなところで浮浪者生活かァ〜!? とうとう大滝家から追い出されたと見てよろしいなァァァァァァァ!!」
「い、ざま……とうこつ……!! き、きさま! 何をしに来た!」
「言い過ぎたから謝りにィ!! 言っておくが、俺はお前の味方じゃあない。あんまりにお前が『たすけてくれ』とうるせぇので、様子を見に来ただけだ。はは。みじめだなあ、素っ裸で森の中。背中なんて蚊にくわれてらっしゃる」
「俺に勝てないで逃げた貴様に何が言えるか」
「お前のその認識では俺に言えることは何もないな。飯やるよ。食ってないだろ。いいか、俺はな。お前を殺したいんだ。成功作だからな。失敗作なんか見てられないものな。殺すにしたって、俺にもプライドがある。ボロ雑巾に勝ったって意味がない」
橈骨は馬鹿にするように笑いながらファストフード店の紙袋を掲げた。飯! 飯だろあれ!
「お前の生まれがゴミだというのは自覚できたか」
「俺は悪だ。自覚できた。そもそも、貴様ごときに言われずとも、俺は親から実父のことは聞いていた。最低最悪のカスだということは知っていた」
「だったらなぜあそこまで狼狽えた?」
「思ってた以上のカスだったからだ。いけないか」
「はは。食えよ」
「…………」
「幼友達のよしみだぜ」
「なにが幼友達か」
「親戚〜」
「死ね」
「おーこわ」
久しぶりに飯を食った。
「じゃあ、やるか」
「勝てないと判断したらちゃんと逃げろよ」
「まだ言うのか」
二人は変身し、殴り合った。仙骨変身態は橈骨変身態の頭を掴むと、木の幹に叩きつける。
木が折れて倒れる轟音のなかで、橈骨変身態が何かを言っているが、仙骨変身態にそれは聞こえていなかった。
橈骨変身態は仙骨変身態の腕を決めながら露出した大岩に叩きつけるように投げ技を放ち、仙骨変身態は背中と右腕の骨を折り砕かれた。
治癒霊術で直しながら、立ち上がる。
構え、殴り合う。パンチとガード、たまにキックを出して、互いの生体装甲にアザが浮かび上がるほどになる。
息切れがある。
最後は仙骨変身態の頭部への蹴りだった。両者話を合わせたように返信を解除すると、息を切らせている。
「ハァ──ハァ──ハァ──……」
「ハァ〜……ハァ……」
息を整える。
「ひとつ、聞いてもいいか。仙骨」
「ひとつだけだ」
「なぜ、今もなお人を助ける」
「なぜそんなことが気になる」
「気になるだろ……俺は、お前の心を完全に折った筈だ。自分の身の丈を教えた筈だ。それなのに、何故? 何故!」
「…………」
視線をそらし、どう言おうか、と迷う。
しばらくそうして、彼はようやく口を開いた。
「声が聴こえるから」
「それだけで」
「いけないか」
「お前の心は折ったはずだ」
「折れたよ。お前のせいで、踏ん張れなくなった」
「ならなぜ」
「声が聴こえるから、だ」
「お前は悪だって、ちゃんと教えたはずだ。お前は、身の丈を知ったはずだ。それなのになぜ」
「助けを求める声が聴こえるから、だ」
「誰もお前を助けないのに!」
「誰にも助けられない苦しみは知っている。だから俺は、誰かが助けてというのならば、それを助けたいと思う。この苦しみは俺の影だ。俺に影があるのは、俺が悪からうまれた悪だからだ。それはお前か教えたことのはずだ。しかし……あちらこちらで助けを求める彼らは、悪じゃない! ならば、影など必要ない」
彼は橈骨をまっすぐ睨みつけていた。
橈骨はオートバイクに戻り、ヘルメットをかけ、森から去る。
彼は服が十分に乾くと、森から出た。




