31 遭遇
六月二十日・金曜日。
岩手県北上市某地区・猪地家。
今日も雨が降った。数日ぶりの雨である。
光輝は傘を取って、通学路に出ては「あー雨だなあ」と嫌そうに呟いた。それを見る者がいた。木札男である。木札男は水溜りに浮かんでいた蜘蛛の死骸を持ち上げると、怪異にしてみせた。恐るべき大蜘蛛である。蜘蛛は人の頭部が二つ繋がっており、その二つの頭部に腕が生えている様子だ。
「やれ」
「はい」
木札男の作り出す怪異は知性を獲得していた。より高い知性へ、より高い知性へ、と移り変わるそれは、より人に近づいていく。
光輝の前に大蜘蛛が現れた。思わず声をあげようとして、喉が詰まった。口に糸をかけられたのだ。
「んん! んん!!」
糸が光輝の身体に巻き付いて、絡め取っていく。時代に持ち上がっていき、捕食者の目をした大蜘蛛を前にして、恐怖を感じた。
助けてほしい、助けてほしい。
ビカットマン。
──ヴゥン!
「待て!」
オートバイクの鳴き声がまるで意思を持っているように鳴り響いた。大蜘蛛がそちらを見る。木札男は「きたか」とつぶやき、その場を離れた。
「猪地……光輝……! 君がなぜ、そいつに狙われてるかはわからない。きっと何らかの事情があるんだろう。それは知らん。俺は正義のヒーローじゃない」
「ならば、貴様は、何様だ……!!」
大蜘蛛が喚いた。
「俺か。俺は大滝守道……いや違うな。異態仙骨。異態仙骨だ。身体に刻まれた罪は……俺が、異態に生まれた人間だということだ。俺の持つ力は邪視。裏返った光を使う。闇だ。影の力だ。俺の中にある邪視は光を欠如しているので影になっているんだ。悪の力だよ。悪だ。俺は悪人なんだ。だから、君の思うヒーローじゃない。お前の愛するその人はヒーローだろうが、俺はそうじゃない」
「そんなことない」
光輝は口の糸のへばりついているのを掃き捨てて、小さく叫ぶように返した。
「証明してやる。だから見てみなさい。俺の……」
守道は変身態になると、手を蛙の形に組んだ。大蜘蛛が飛ばした蜘蛛糸は現れる縛絡に弾き散らされる。
「業轍」
大蜘蛛が踏みつけるように前足を動かす。
仙骨変身態はその前足を斬り飛ばす。
赤い血が周囲に飛び散るのを踏みつけて、仙骨変身態は、地面を蹴った。飛び上がると、光輝を掴んでいた腕を斬り散らかした。
「これがヒーローじゃなくて何なんですか」
「口を開くな」
大蜘蛛は睨みつける。
仙骨変身態は剣に熱を込め、突き刺す。
自殺波動が大蜘蛛の身体の中で暴れ回り、そして大蜘蛛はドロッと溶けるように爆発してしまった。
その爆発が晴れると、仙骨変身態は変身を解除して、オートバイクに戻っていく。
「待って……! 待って!」
守道は待たなかった。
オートバイクを走らせ、次の声に向かっていった。
光輝はただその場に残されてしまった。あの目を思い出す。まるで感情なんかないようで、それでいて優しさの詰まったような、あの目。
「自分を肯定する方法を知らないんだ、あの人……」




