30 跼蹐
人を助けた。感謝の言葉を言われる。胸が痛むので、その言葉を言われる度に、憎しみを込めて睨みつけた。
人を嫌いになる努力をした。もともと人には嫌われる人間だったから、自分からも人を嫌いになればいいと思った。
けれども、できそうになかった。
人を嫌いになれば、自分の人生が孤独になっていく。
孤独はつらい。
友人なんぞいない人間だが、なんやかんやと周りに人かいたが、いまさらになって、人を失うのが恐ろしい。
ほんとうの一人になるのが怖い。
だから、人を嫌悪することができなかった。
雨が降った。平成二十五年を過ぎたあたりから、東北地方……おもに岩手はどういう訳かよく雨が降る。
傘を買う金も無く、濡れながらオートバイクを押して歩いていると、夜逃げの工務店を見つけたので、そこに向かった。
戸を開けると、道具は一通りそろっていた。
頭のなかの声に従って、オートバイクに「折りたたみナイフ」を組み込んでいく。すると、燃料切れで動かなくなっていたそれは動くようになっていた。
「わずかな闇の……変身態になる能力のエネルギーを増幅させて、その、増幅したエネルギーの……余波、余波で動くようになったのか。なるほど……邪視、お前の知恵じゃないな。例の『奴』か。……たまには役に立つもんだな、偽善者の腐った脳みそも……わかってる。褒めてない。わかるだろ、褒めてない。……ハァ……異態、肉彦か。異態肉彦。……奴は今どこにいるんだ? フランス!? ……パリで女とパーティか? ガキのくせに生意気に……わかってる、わかってる! 俺だってまだガキだよ。なんたってまだ二十一歳で、十一月が来てやっと二十二歳になるんだからまだガキだよ分かってるからウダウダ言うな。……もうお前だけでも黙っててくれ! わかってる! もう! もう! ほんとうに! うるさいうるさい! ほんっとうにうるさいなお前!」
守道は自らの頭を叩きながら言った。
そうして、その声を掻き消すように、オートバイクに乗って走り出す。ピースマークのペイントが剥がれてきている。
「出よう……」
雨の中に出る。
オートバイクにまたがって、しばらく、動けなかった。
無性に死にたくなって、動けば自殺してしまいそうだった。
自分の両親から、自分の父親が悪人であったというのは、聞いていた。聞いていたからこそ、影伴步生に関するあらゆる事を取り除いてやりたいと思っていた。
彼を包んでいた悪のすべては、自分の生まれが招いたものだった。
他の全てもどうせ自分のせいなのだろうと思う。
「俺の人生は、影だ。ドロッとしてて……ずっと冷たいんだ。死体みたいな冷たさだ、わかるか……邪視。俺はずっと影を生きているんだ。影で出来たこの道をずっと守り育てていくんだ。独りで、独りで……生きていくんだ。…………ああ、孤独だよ。けれど、この孤独は俺が一生背負うべきものなんだ」
心臓はいつだって動いている。これからも動き続ける。




