28 来訪
ソフィはスマートフォンを懐にしまって、帰ってきた守道に「おかえりなさい」と言った。
守道は「疲れた〜」と言い、縁側に倒れ込んだ。
步生がそれを眺めながら、あの夜のことを思い出して、「また似たようなことやってきたのかな」だとかなんとかを考える。
いつもより数倍疲れる。
業轍はあまり良いものではないのかもしれない。
ぐでーっとしていると、大滝家の前に赤いオートバイクが停まった。それに乗っていた男はヘルメットを外すと、こちらに向かってくる。
「我々の肉体は……覚醒してしまえば、バイク事故だとか、車に轢かれただとか、そういうことでは怪我もしなくなる。かえって、ヘルメットが邪魔だと思うこともあるが、しなければしないで警察に目をつけられて余計な面倒事が増える。なので、ヘルメットはしなければならない。面倒な世の中だよな。異態仙骨」
守道は姿勢を正した。
「君、いったい誰だ」
「なんだ、忘れたのか。そりゃあ悲しいな。幼稚園児のころだったかな、小学校の低学年のころだったか。一緒に公園でよく遊んだろう。なんだったかな、ああそうだ。浅見耕助だ」
「…………」
おぼえはある。ちゃんと思い出せる。
しかし、この浅見耕助を名乗る男は、「異態仙骨」という、あまり人には言いふらさない名を知っていた。
小学校の低学年といえば、まだ自分もその名を知らなかったので、当時口を滑らせたということもありえない。
「君、いま異態仙骨と言ったな。その言葉、なんだ。君は何者だ」
「人名だよ。とぼけるなよ。お前は異態家が生んだ『教祖様の魂の器』の失敗作だ。そして俺は成功作。俺は異態橈骨。失敗作と成功作を分けるのはその魂に宿る邪視が決める。貴様に宿った邪視はダメだな。光が裏返って闇になってる。対する俺は……本物の、光だ」
ビカッと光が溢れて、白い強化筋肉・強化皮膚・生体装甲に黒い複眼状の単眼を持つ異形が現れた。
それはまるきり守道の「変身態」の色違いのようである。
「異態……橈骨……浅見耕助だがな……ちゃんとおぼえてるよ。よく遊んだのをおぼえてる。自転車でドリフトをする方法を教えてもらったのも、ちゃんと憶えてる」
「あれ自転車だめになるからダメらしい」
「自転車ダメにして怒られたよ」
近所の公園がヤンキーの走り屋がよく来る道の駅みたいに曲がりくねった跡が出来ていたことも憶えている。
「君は……」
「お前も」
守道の声を遮って、橈骨が言う。
「変身、しろ」
「人は殴りたくない」
「やくざを殴ったろ」
「やむを得ずだった! 事情があった!」
「異態肉彦のようなことをのたまいなさる。光派か? 闇の力を使っておきながら。貴様の体に宿る貴様を悩ませるすべては! 貴様が悪の力を使うことの証明だ! 貴様のその耳はなんだ! 助けを求める声が聞こえるというが、それは、教祖様のための機能だ! ちゃんとみんなが苦しんでいるのかどうかを確かめるための感知能力さ! そのなり損ないの邪視の力は何だ! 人を自殺に追い込む波動を発する!? 貴様の拳は何だ! その堅苦しい拳を振るえば一発で人は沈む! 言ってしまえば死んでしまう。貴様の得た力の全ては悪! それでいながら善行をしようとするのは甘えだ。人に愛されたがり、人を愛したがるのは異常だ」
言われたくないことを全部言われた。
揺らぎかけていた心が軋む音がした。
「分かったら、変身をしろ」
「人は……殴らない」
「なら一方的に殺されるか? 異態仙骨」
「俺は、大滝守道だ!」
「違う」
橈骨が言う。
「異態、仙骨だ。どんなに否定しようと、この事実は一生お前につきまとう。異態家は最近不景気で、人身売買を生業としている。そこの……なんだったか? 影伴、影伴……影伴步生? が、売られあけていたことがあったろう。忘れたとは言わせないぞ数日前だ。あのやくざのケツにいたのが異態家だ。貴様は人助けをしたのではなく、自分を生んだ家の行ったことを邪魔しただけ。感謝される筋合いなんてないよなあ。おかしくは思わないか」
「もうやめろ」
「どうしてお前はそいつと一緒にいられるんだ? どうしてかなあ。考えてみようか。マッチポンプのおかげだなあ? お前は、お前を生んでくださった異態家の商売の邪魔をすることで、異態家の人間であるお前自身を良く見せたんだ。お前はほんっとうに、卑怯だと思うよ。悪の力を使っておきながら……人に愛されたかった哀れな男だよ」
「もうやめろ」
身体から、ドロッ……と。闇が現れた。
頭が軋む音がする。白髪が増えるだろうな、とも思う。
「そうだ、やろう。やってみないと分からないものな」
「異態橈骨」
「なにかな、異態仙骨」
「もし、俺に勝てないと判断したら帰ってもいいぞ」
「ハハ。舐め腐る」




