番外編ノ壱〜きょうだいたち・慧の本心
もちろん他人ではなく、家族。血の繋がりはある。
けれど、その距離感は、人それぞれだ。親友のような、という人もいれば、他人以上に遠い、という人もいるだろう。
それでも、間違いなく、あるのは血のつながり。
それが、兄弟、姉妹。
7つ年下の弟の輝は、生まれた時から、特別だった。
自分で言うのもなんだが、我が家は元々、ビジュが良い家系で、オレも、4つ下の妹の里沙子も、可愛い、美人だ、イケメンだと言われて育った。
けれど、輝は、それをも超えて、生まれた病院で、師長さんから、赤ちゃんモデルの事務所に紹介される、というところから、人生が始まった。
だから、というわけではないだろうが、オレは7歳の時、親に、生まれたばかりの輝をこの先、しっかり見てくれと、頼みこまれた。
そこで植え付けられた、妙な責任感のせいで、本当は可愛くて仕方がない、めちゃくちゃに甘やかしたい、という気持ちを抑えて、ヤツがいい気にならないようにと、上から抑え込むみたいに接してきた。
そんな風にやってきて、兄貴としては、嫌われているだろうと、諦めていたのに、輝が中学を卒業する少し前、彼女と別れて、メンタルぼろぼろの時に、オレを頼ってきてくれた時は、そんな状況にも関わらず、飛び上がりたいくらい、嬉しくて、急いで車を走らせたものだ。
そして、その前から、気が付いていた、輝の初めての、本当の恋の方向について、ヤツが迷って、怖がって、逃げようとしていたことについて、支えてやるから逃げるなと、励まして、自分の中でも、ヤツを支えることを、誓ったのだった。
それなのに、その恋は、想像もつかない、残酷な展開になってしまう。
目の前で泣き崩れて、息も出来ないほどになっている弟のことを、大丈夫だと言って、抱きしめることしか、その時のオレには出来なかった。
「みーくん、どう?」
「うん、少し、落ち着いてきてるみたい。まだ、会えないんだけどね。ありがとう。輝くんは?大丈夫?」
「アイツは、多分、大丈夫。希良くんもね。何とか、学校いってるし、オレが付いてるから。」
「そうか、そうだね。」
久しぶりに会えたのに、まちちゃんとオレは、2人とも、弟たちのことで、どうしようもなく、テンションが低かった。
そして、大丈夫、と言ったものの、その頃の輝も希良くんも、決して、良い状態と言えるほどじゃなかった。
毎朝、オレが車で学校の近くまで、希良くんも一緒に拾って、連れて行っていた。
そして、その車の中で、あんなに仲が良かった2人が、ひと言も話さず、車を降りると、完全に他人のように離れて歩く、その様子は、見ていて痛々しいほどだった。
「ホントに、ごめんね。輝のせいで、みーくん、こんなことになって。」
輝が悪いわけではないと、一番分かっているはずなのに、その時のオレは、そんな風に言うことしか出来なかった。
「やめて、そんなこと。そうじゃないって、輝くんのせいじゃないって、分かっているでしょう。
私のためにでも、そんなこと言わないで。」
「ごめん…。」
そう言うと、2人とも、黙ってしまった。
「ごめん、待たせて。みー、家に送ってきた。」
そこに、少し遅れて、以知が来た。
「ありがとう。どうだった?家に帰れた?」
以知は、みーくんの混乱した状態を落ち着かせるために、少し前から、大学院を休んで、ずっと側に付いていた。
本当は、まちちゃんがそうしたかったのだけれど、みーくんがお母さん以外の女性、まちちゃんもその下のお姉さんの千枝ちゃんのことも、拒絶して、近寄ることさえ出来ず、そうすることが出来なかったのだった。
そして、今日は、以知がみーくんを診療内科に連れて行く日だと聞いて、オレも一緒に、経過を聞きたいと、待っていたのだ。
「うん、大丈夫。だいぶ落ち着いて、良くなってきたみたいで。この調子なら、5月の連休明けには、学校、行けるんじゃないかって。」
以知の話に、オレもまちちゃんも、心からホッとして、やっと、頼んだけど、手を付けずにいた飲み物に手を伸ばした。
「それとさ、みーが、まちと千枝のこと、気にしてたよ。どうしてるかな、って。」
「え?ホントに?」
まちちゃんが、思わず、泣きそうな声を上げた。
「うん。やっと、少しだけど、色んなこと、思い出して、整理できてきてるみたいで。
ほら、今まで、春休みで、オレのところに泊まり込んでるって事にしてたから。
今日、家に帰るぞって言ったら、『姉ちゃんたちから、ぜんぜん連絡来ないんだけど、どうしてるかな、オレのこと、忘れちゃったのかな?』って言うんだよ。」
以知が、おかしそうにそう言った。
「なに、それ?ひどい。」
泣き笑いするみたいに、まちちゃんが言ったのが、今も忘れられない。
「だよな。だから、じゃあ、お前は、連絡してたのかよ?って言ったら、『あ、してない。』だって。だから、これからでも、2人に帰るって、送っておけって、言っておいた。きてる?メッセ。」
そう言われて、まちちゃんがスマホを見ると、みーくんから、『今日、帰るよ。いち兄が送ってくれるって。連絡してなくて、ごめんね。会えるの、楽しみにしてるね!』と書かれていて…。
3人揃って、いい大人が、その場で泣いたのだった。
けれど、喜ぶことが出来たのはそこまでで。
みーくんは、輝のことも、もう1人の仲良し、希良くんのことも、まったく忘れてしまったままだと聞かされて。
あんなに仲良くて、三つ子のように、いつも一緒で、くっついて、戯れ合っていて…オレたちの癒しで、アイドルだったのに。
もう、3人が一緒にいる、あの姿を見られないのだろうか。
輝たちのことを思うと、それを輝に伝えなくては、と思うと…胸が締め付けられる思いがしたことも、また、忘れられないことだ。
その時から、約1年半。
高校1年の間は、とにかく、何事もなく毎日が過ぎること、それだけをオレたちは願って、見守るしかなかった。
「樺沢くん!おはよ!久しぶり。同じ中学でテニス部でも一緒だった、保里だけど。もう、体調、大丈夫なの?」
「オレも、同じ中学だったんだけど、わかる?田宮。」
みーくんが初めて高校に行った日、みーくんのクラスに行って、2人は恐る恐る、そう挨拶したそうだ。
そして、その時、みーくんは、
「あー、もちろん、覚えてるよ。2人、有名人だったじゃん。
てか、わざわざ来てくれたの?ありがと。
うん、もう大丈夫。そうだよな、二中からは3人だけだもんな。これから、よろしくね。保里くんは、また部活も一緒だよね?」
と、いつもの、すっかり痩せてしまって、面影はなかったけれど、それでも、2人が大好きな、カラッとした笑顔で、初めまして、と、でもいうように、言ったそうだ。
そんな風でも、元気だったから、名前と顔だけでも覚えていてくれたから、笑顔が見られたから、それでいい、と、輝も希良くんも、そう言っていた。
その時の、彼らの寂しそうな笑顔も、よく覚えている。
そこから、ほぼゼロから、希良くんと輝で、そっと積み木を積み上げるように、3人の関係は、作り直されていった。
高校2年になってからは、希良くんとみーくんが同じクラスになり、輝もテニス部で、それぞれがみーくんが落ち着いているのを確認しながら、少しずつ、慎重に、距離を縮めて行った。
そうすることで、当然、色々あって、輝も希良くんも、何度も泣くのを、見たけれど。
でも、ちょっとしたことがきっかけで、みーくんの記憶が、どんどん戻ってきて、夏休み、文化祭と過ごすうちに、ハラハラしながらも、ホッとすることが多くなっていった。
そして、3人は今、以前のように仲良く、修学旅行を楽しんでいる…と、思っていたのに。
まちちゃんと以知と、久しぶりに飲もうと集まった、その夜、全員が同じく、怒っていたのは、3人が隠し撮りされて、SNSに拡散された、という事だった。
しかも、それを見た、どこかの雑誌記者が、3人を読者モデルとして撮影したい、と言ってきたとか。
そのせいで、3人がマスクして、パーカーのフードを被って、ハウステンボスに行くことになったと聞かされて、行き場のない怒りを共有していた。
「あ、でもね、みーが女の子との写真、送ってきたの。すごい可愛いんだよ。見る?
可愛い過ぎて、千枝と2人、さんざん、からかっちゃったんだけどね。」
重たい空気を破るように、そう言って、まちちゃんが、みーくんと可愛い女の子との、顔を寄せ合った、ツーショットの自撮り写真を見せてくれた。
それはもう、甘酸っぱい、青春の一コマとしか言えない、可愛らしい写真だった。
「えー?何それ。めっちゃ可愛いな。きらからも、楽しそうな動画が来てたし、良かった。ちゃんと楽しめているんだな。安心したよ。その写真、ちょうだい。」
と、以知が笑って、それにオレも、
「いいな、その写真、オレにも送って。あ、ねぇ、それ、見せてもらったって、輝のことも、ちょっとからかってもいい?」
って、笑いながら聞いた。
「いいけど、ほどほどにしてね。輝くんのこと好きすぎて、かまいたいのは分かるけど、慧くん、いっつもちょっと、やり過ぎなんだもん。」
「えー、わかったけど。アイツ、からかうと、本気で向かってくるから、もー可愛くてさ。」
「だから、それを、ほどほどにって、言ってんだよ、まちは。」
以知にまで、そんな風にたしなめられてしまった。
そう言われても、オレはいつものように、輝にからかうメッセージを送ってしまう。
『お前、みーくんに振られたんだろう?』って。
もちろん、そんなことないのは、分かりきっていることなんだけど。
そのメッセージ、すぐに既読になったけど、返信は来なくて。
まぁ、みーくんと希良くんに話して、なんて言い返すか、相談しているに違いなくて。
その様子を、想像するだけで、3人が可愛くて仕方ないのだが。
「そう言えば、きら、匠に相談してきてたんだよな、今回のこと。」
「あー、あの2人、なんか、相性良いみたいだよな。最初は、末っ子と一人っ子で、兄弟ごっこかと思ったけど、そういうわけでもないみたいだし。」
「え?そうなの?知らなかった。仲良いとは、思っていたけど。」
「てかさ、みーは?オレらのどこにも、何も言ってきてないって、そこはどうなの?大丈夫なの?」
「それね、千枝ともその話、してて。せめて以知に、何か、言ってきてくれないかって、思ってたんだけどね。
それもないってことは、多分、あの子、余裕ないのよ、きっと。
まぁ、ちょっと、心配だけど…。
中学の時にも、あったでしょ?ほら。」
まちちゃんが、なんだか少し困ったように言って、以知も、ああって、笑って頷く。
「アイツ、自分のことより、かがやときらのことばっかりだからなぁ。きっと今頃、2人が元気ないとか、そんなこと気にして、オレらに相談するとか、考えられてないんだな。
あれだろ?中学3年の文化祭の時の?」
以知がそこまで話して、オレもやっと、ビンときた。
「あれか!たこ焼き事件?きらくんとかがやが、大泣きして、やられたみーくんが、ひたすら慰めてた、って…?」
そうだった。ひどい出来事だったが、みーくんのことを思って号泣する、輝と希良くん、その2人を心配して、自分がされたことをそっちのけで慰めまくる、みーくん、という、3人の様子が可愛くて、オレたちは心が温かくなったものだった。
みーくんは、そういう子なのだ。利他の塊のような、優しい子。
だからこそ、自分の傷が深くなっていくことに、気がつかず、自分で自分を追い詰めることになってしまった、という一面もあるのだけれど。
輝が好きになるのも、大事にしたいと思うのも、わかる、そういう子なのだ。
その日、輝から返信があったのは、オレたち3人が解散した後だった。
そのメッセージの内容たるや、もう、オレは独りで、悶絶するほど、可愛いくて。
我慢出来ずに、夜遅いにも関わらず、以知とまちちゃんに共有してしまい、まちちゃんからは、速攻、
『もーダメ、輝くん、可愛い過ぎ。私、そのお土産、どんだけ喜んで受け取ればいい?』との返信があり、以知からは、
『かがや〜!良く頑張ったぞ!兄ちゃん、やられてたからな〜。って、帰ってきたら、オレがそう、言ってやる。』との返信が届いた。
そこまでは、保護者3人、ほのぼのとしていられたのに。
日付けが変わる頃にかかってきた、輝からの電話は、そのほのぼのとした気分をぶち壊してきた。
電話の向こうで号泣する弟を、いつも同じく、「大丈夫だ」と、励ますことしか出来ないのが、歯痒過ぎて、仕方なかった。
時間さえ許せば、仕事なんて休んで、飛行機に飛び乗って、駆けつけてやるのに、こんな真夜中、どうしたらいいのか、わからなかった。
輝は自分の甘えから、みーくんを苦しめてしまったと、自分を責めていた。
希良くんに、許さない、と責められたと。
でも、それは輝にとっても、ツラ過ぎる、あの海での出来事に関わることで、聞くと、それをみーくんに話してしまった、その状況も気持ちも、オレには充分、理解出来た。
そして希良くんの気持ちも、分かり過ぎるくらい、わかった。
ただ、輝にしても、希良くんにしても、みーくんが発作を起こしたという、そのことが、何よりも、2人を追い詰めてしまうのだった。
それでも、オレと話しをして、少し落ち着いた輝は、
「兄ちゃんのこと、大好きだ。」
と言ってくれて、オレももちろん、大好きだよ、と返して、電話を切った。
輝の気持ちを思うと、とても眠ることは出来そうになかった。
けれど、初めて、輝から言われた「大好き」という言葉を、大事に抱きしめて…。
オレは、何とか、次の日の仕事に支障が無い程度の時間には、眠りに落ちることが出来た。
明日は、彼らの修学旅行、最終日。
さっきの飲みの席で、学校で解散してから、何かあると心配なので、以知が代表して、3人を迎えに行ってくれて、その後、以知の家で、匠や千枝ちゃん、里沙子や親たちも、集まることになっていた。
オレも、出来るだけ早く、仕事を切り上げて、合流するつもりだった。
どうか、3人とも、楽しい思い出だけを持って、元気で、帰ってきて欲しいと、そう祈ることしか出来なかった。
そうして、オレとまちちゃんの距離は、いつまでも、縮まらないのだった。
修学旅行編、もうちょっとで終わりですが、長過ぎ〜!?と、思ったので、一息入れさせていただきましたww
3人を取り巻く兄弟、姉妹がお気に入り過ぎて、書いた話です。その初回が、なんとww今まで一番、出番も絡みも少な目の慧さん。でも、なかなか味があるので、好きになっていただいて、楽しんでいただけると嬉しいです!




