修学旅行〜3日目ノ伍・4日目ノ壱・庇い合う疵痕
何でも、人のせいにすることは簡単。何かあれば、その原因を他に向けてしまえば、楽かもしれない。
けれど、それでは何も解決しないこともあるし、互いに傷つけ、傷付いたままになってしまうこともある。誰も責めずにいられるなら、それで済むなら、その方が良い。
班のみんなで過ごす、修学旅行、最後の夜。
例によって、電気を消した後も、話がつきず、楽し過ぎて、この時間が、まるで永遠のように感じられた。
でも。
「あー、明日で終わり、なんて、一瞬過ぎじゃーん!」
「わかる〜、早過ぎるよなぁ。」
「しかも、これ、終わったら、受験生にまっしぐら?」
「うわ、地獄じゃん。」
みんなが口々に嘆いてるのが、暗闇に響く。
そうなんだよな。
明日の夜には、もうみんな、家にいるんだ。
そう思うと、やっぱり寂しかったし…。
(かがや、大丈夫かなぁ?)
さっき、話したことを思い出して、輝の涙を思うと、ひとり、暗闇にため息をついた。
(そういえば、かがやの、彼女って…。)
自分の中のあれこれに、気をつけながら、オレは恐る恐る、微かな記憶の糸を辿ってみる。
輝は何も言わなかったけれど、オレは多分、その彼女に会ったことがある。そんな気がしていた。
そして、うっすらと、蘇ってきた記憶の中、1人のキレイな顔をした女の子が、オレのことを、不機嫌な顔で、睨みつけていた。
いつのことか、本当にあったことなのかも、わからなかったけど、その子が、輝の彼女なのかもしれない。
もしかして、オレが、2人の別れた原因?
そう思った瞬間、ドキン、と心臓が跳ねた気がして、耳の奥が、キーンと鳴った。
(あ、ヤバい、やめろ。)
まだ、みんなが、今日の楽しかったことを話している。
その話に意識を向けて、今、考えていたことを、頭の中から追い出そうとした。
そうしながら、ベッドの中で体を丸めて、深呼吸をした。
ゆっくり、息を吸って、吐いて…。
「みずき?どうかした?」
希良が、隣のベッドから、声をかけてきたけど、オレは、返事が出来ない。
「樺沢?寝ちゃったのか?」
石川も心配そうな声をかけてきた。
「ん、眠…。」
なんとか、そう答えて、ごまかせたと思ったんだけど…。
希良の手が額に触った、と思うと、すぐに頬を撫でられて。
「あー、もう、寝ちゃったみたいだ。オレらも、もう寝ようぜ。」
石川たちに向かって、小声でそう言うのが聞こえて、他のみんながそれに「お、そうか、じゃ、寝るか。」「寝よ、寝よ。」と、口々に言って、そのうち、静かになった。
その間、希良はずっと、ひんやりした手を額にあてて、もう片方の手で、オレの背中を撫でていてくれた。
何も言わずに。
しばらくして、耳鳴りが収まって、呼吸も楽になってきたオレは、体の向きを変えて、希良の方を向くと、そのまま希良の腰に腕を回して、ギュッと抱きついた。
「大丈夫?また、何か、考えちゃった?」
希良が耳元で優しい声で、囁いてくれる。
「うん…輝の、中学の時の…彼女のこと。ちょっと、思い出して…。」
「え?なんで?」
さっきまでは落ち着いて、優しい声をかけてくれていた希良が、体を強張らせて、小声ではあるけど、尖った声を上げた。
でも、オレはそれ以上、何も言わずに、ただ、希良の体に縋り付いて…そのまま、眠ってしまった。
(きら、好き…。)と、思いながら。
「なんで、そんなこと、みずきに話したんだよ!」
夜中、誰もいない、一階のロビーにオレを呼び出した希良は、殴りはしなかったけれど、拳を強く握ったまま、睨み付けていた。
「ごめん…オレ、どうしても、ツラくて…。シャーペン見たら…。ごめん。」
オレはそれ以上、何も言えなかった。
まさか、瑞稀が、彼女のことを思い出すとは、そして、その事で発作を起こすとは、考えてもいなかった。そんな甘い自分を、オレも、殴りたかった。
「わかるけど、かがやの気持ち、わかるから、ホントは、責めたくない…でも!」
希良はオレの言葉に、ぶつけようのない気持ちを吐きだして、拳を振り上げ、そのまま何もせずに、オレに背中を向けた。
「お前が、みずきのことを守るって、そう言ったから、オレは任せたんだ。高校に入ってから、離れて、見てたんだ。
それに、この間の話だって…。なのに、こんなこと…。
二度とするな。次は、絶対に、許さない。」
そう言うと、オレのことを振り向きもせずに、希良は行ってしまった。
その背中を見送ったオレは、その場に崩れ落ちた。
自分で、自分が許せなかった。
そして、今すぐ、瑞稀のところに行って、抱きしめて、ごめんって、謝って…大丈夫か、って背中を撫でて、キスをしたかった。
でも、そんなことは、希良じゃなくて、オレが許さない、そうも思った。
「助けて…。」
どうしようもなくなったオレは、情け無いと思いながらも、兄貴に電話をかけていた。
「かがや?もしもし?どうした、こんな時間に?何かあったのか?」
夜中なのに、ワンコールで出てくれた兄貴に、オレは、涙を堪えて、途切れ途切れになりながらも、自分のしたこと、瑞稀のこと、希良に言われたこと、そして今、自分が思っていること、全てを話した。
「そうか…それはツラいな。でも、大丈夫だ、輝。お前は、まだ大丈夫。心配するな。みーくんはお前を責めたりしないって。希良くんだって、今はそう言っても、わかってくれてるよ。
お前があの時、どんなに辛かったか、知っているんだから。」
「そう、かな…。」
兄貴は、いつもと違う、優しい声で、オレを慰めて、励ましてくれた。
「でも、明日、ちゃんと、みーくんに謝らないとダメだぞ。そこは逃げるな!
お前が辛かったこと、話せなくても、今は仕方ない。それは、兄ちゃんが、いくらでも、聞いてやるから。
いいな、希良くんにも、もう一度ちゃんと、謝るんだ。わかったな。」
優しいけど、しっかりとオレの心に届かせるように、そう言われて、オレも、ちゃんとしなくちゃいけないと思って、涙を飲み込んだ。
「うん、わかった。そうする。ちゃんと、謝る。」
「よし、もう、戻って、寝ろ。
明日、最終日だろ?楽しんで、良い思い出だけ、楽しい話だけ、持って帰って来いよ。」
「うん。兄ちゃん…。」
「なんだ?」
「ありがと。オレ、兄ちゃんのこと、大好きだ。」
ちょっと照れくさかったけど、それもちゃんと伝えなくちゃ、と思ったんだ。
「知ってるよ。オレも、お前のこと、大好きだぞ。お休み、かがや。」
「お休みなさい。」
そう言って、電話を切ると、部屋に戻って、ベッドに入り、夢も見ずに、熟睡した。
最終日の朝が来た。
今日は、長崎の平和公園と原爆資料館などで、平和学習をした後、短い自由行動があって、空港に向かう予定になっている。
パーカーは着なくても良さそうだけど、念のため、マスクは持っていよう、と、朝食の後、希良と輝と話し合った。
でも、その時の、2人の様子が、いつもと違うことに気がついて、
「えっと、どうかした?2人、なんか、変じゃない?何かあった?」
そう、オレが聞くと、輝が思い詰めたような目で、オレを見た。
「ごめん、昨日の夜、オレが、元カノの話したせいで、みずきが発作を起こしたって、きらから聞いた。
ごめんな、みずき。オレのせいでまた、苦しい思いさせて。」
そう言うと、オレに頭を下げた。いつもなら、こういうとき、優しく抱きしめてくれるのに、何だかちょっと離れて、距離を取られているのが、寂しかった。
「え!何?あ、そうか…。そんな、大丈夫だよ。発作っていっても、すぐに治まったし。そんな、謝ることじゃないって。」
オレは慌てて、輝の話を否定して、希良の方を見た。
「オレの方こそ、ごめんな。きら、心配して、かがやに話したんだろ?でも、もう大丈夫だから、そんな2人で気まずい顔、すんなよ。」
希良はオレの話にも、輝の話にも、何も言わずに、顔を合わせず、下を向いていた。
「きらも、ホントに悪かった。オレ、甘えてたよ。もう二度とあんな事しない、絶対。ごめん。」
輝が、今度は希良の方を向いて、頭を下げた。
「違うだろ、かがや、そうじゃない。」
希良が、いつもと違う、硬い声でボソッと、言った。
「ごめん、かがや。昨日はオレも、言い過ぎた。ちょっと色々、ショックで…。
でも、あれから、考えて…前にいち兄に言われたこと、思い出したんだ。
オレらの間で、誰が悪い、とかいうのは、無し、なんだよ。みんな、辛いのは、同じなんだよ。」
やっと、希良が顔を上げて、輝を見て、それからオレのことを見てきた。
「みずき、かがやの元カノの事は、かがやも思い出すと、かなりキツいんだ。だからこそ、お前に聞いて欲しかったんだと思う。」
そう言う希良も、ツラそうだった。
「そう、なの?」
「ああ、でもっていうか、だから?なんか、わかんないんだけどな、みずきも思い出すと、苦しくなるのかもしれなくて。
だけどさ、みずきが悪いとか、かがやが悪いとか、そういうことは何もないんだよ。
ただ、輝が話したい気持ちもわかるから、そのうち…、オレら3人、もっと、色々、余裕がある時に、3人で、話そ。
今はほら、ちょっとなんか、キビシイじゃん?」
まだツラい感じだったけれど、それでも、希良が笑った。
「きら…。ありがと。」
輝が泣きそうになっている。
「そうだな、それがいいや。実は、オレも、2人に話したいこと、聞いて欲しいこと、あるんだ。でもやっぱり、色々、自信がなくて。だから、そういう場を作ってくれると、嬉しいかも。」
オレが、正直な気持ちを伝えると、2人とも、少し驚いた顔をして、でも、それから、頷いて、笑ってくれた。
「よし、それじゃ、行くか。今日で最後、思いっきり、楽しもう!」
希良がいつものキラキラ笑顔に戻って言った。その言葉に、応えて笑った輝も、クールビューティーに戻っていたし、オレも大きく頷いて、みんなが待つ、バスの方に駆け出した。
「あ、そう言えば、今日、いち兄が、学校まで迎えに来て、3人とも送ってくれるって。さっき、メッセ、来てた。」
旅行中、オレが何の連絡もしてなかったのに、いち兄は、全部、知っていて、心配だから、迎えに行くと、言ってくれたのだ。
「え、マジで。ラッキー。荷物、結構あるもんな。」
希良がいつもの調子で、嬉しそうに笑った。
「あ、ウチの兄ちゃんが、いち兄に頼んだって言ってた。自分は仕事、休めないからって。ありがとだな。」
輝も同じく、やっといつもの輝に戻っていた。
「だよな〜!」
オレはなんか嬉しくなって、両腕を思い切り伸ばすと、2人を引き寄せた。
「おい、なんだよ、そんなしたら、歩きにくいだろ、みずき!」
希良が嬉しそうに、怒ってくる。
「イイじゃん、3人で行こうぜ。バスまで、だけどな。」
輝は単純に、喜んで、自分からくっついてきた。
その時、例によって、シャッター音がして。
「おはよー!今日も良い感じだね!
最終日、最後まで、よろしくねー。」
目黒さんが、誰よりも明るく、そう言って笑っていた。
いつもは仲良く、楽しく過ごしている3人ですが、三者三様の傷を抱えています。
前回、今回と、輝くんの傷を書きましたが、この先どこかで、また、誰かのツラい回も出てきます…。




