修学旅行・2日目ノ肆〜戸惑いの呼吸
一つ、進むために、いくつかを乗り越えなければならないこともある。反対に、一つ乗り換えたと思って、いくつも進んでいることもある。
何もわからず、考えず、進んでいて、振り向くこともなく、過ぎていく、青春時代のこと。
「みずき!かがや!」
希良が、オレたちのところまで走ってきたのが、苦しい息の中でも、わかった。
「どうした?何かあったのか?」
「いや、わかんない。気がついたら、一人で苦しそうに歩いてて。
あー、ごめん、きら、みずきも、悪い。
3人固まっていると、なんかまた、騒がれそうだから…。オレ、行くな。みずき、無理するなよ。」
そう言うと、輝はオレの体から離れて、希良に手を預けると、走って行ってしまった。
「みずき、ごめんな、休ませてやりたいけど、バスまで行ける?歩ける?ゆっくりで良いから。」
希良が謝ることじゃないだろ、と思いながら、オレはなんとか立ち上がって、歩き出した。
しばらく歩いていると、輝から聞いたと、ナベせんが迎えに来てくれて、2人に支えられてなんとかバスまで、たどり着いた。
心配そうに見上げてくる、クラスメイトたちの視線に、手を振って、大丈夫だと、示しながら、バスの一番奥の、自分の席にたどり着くと、制服のブレザーを脱いで、「ごめん」とつぶやくように言ってから、希良の膝の上に倒れ込んだ。
「樺沢、どうだ、まだ苦しいか?バス、走っても、乗ってられそうか?」
三嶋先生の声が聞こえて、腕に血圧計が付けられたのがわかった。
「みずき、水、飲める?」
ゆっくり、オレの頭を撫でてくれていた希良が、口元にペットボトルを近づけてくれる。
それに口をつけて、啜るようにひと口飲むと、希良の手をギュッと握る。希良がその手を握り返してくれると、そこから少しずつ、落ち着いてくる気がした。
「大丈夫…です。もうちょっと、こうしていれば、治まるので。バス、出してください。」
なんとか、そう言うと、また希良の膝に頭を乗せて、目を閉じた。
「よし、大丈夫そうだな。血圧も、脈も、問題なしだ。田宮、ちょっとそのままで、休ませてやって。田辺先生、バス、出して大丈夫です!」
三嶋先生の声が聞こえて、良かった…と、みんなとこのまま、一緒に行ける…と、そう思って、安心した。
「田宮、オレ…。」
希良に話しかける、石川の声が聞こえた。
「ん?どうした、石川?そんな青い顔して。みずきなら、心配しなくても、大丈夫。たまにあるんだ、こういうの。
いつも、ウチの親父が診てくれてて、大丈夫だって、言ってるし。
もうちょっとすれば、ケロッとして、腹減ったって、アイス食いたいって。言ってくるからさ。」
希良がそう言って、明るい声で、石川を宥めてくれている。
グッジョブ、希良、と、まだ苦しい息の中、そうだよ、その通りだから、心配するなよ、と、言おうとしたけど、すぐには声にならなくて。
「オレ、一緒に歩いてたのに…。樺沢が、ちょっと胸を抑えたの、気がついていたのに…。呼ばれて、そのまま、離れたから。
ごめんな、樺沢、苦しいの、気づいてやれなくて…。独りにして。」
石川がオレの頭を、希良と同じように、ゆっくり撫でてくれた。
ヤツの指は、その優しさを示すように丸くて、少しゴツい、希良とも、輝とも違う感じの温かさで。
オレは、それがなんだか、嬉しくて、目を閉じたまま、希良の膝の上で、首を振る。
「石川は、何も…悪くない…よ。ありがと。」
ようやく、声を出しても、平気なくらいに落ち着いてきたので、途切れ途切れに、だけど、そう言った。
「そうだよ。石川はそんな、気にしなくて、大丈夫。今日も、昨日だって、ずっと、みずきとオレたちのこと、気にかけて、一緒にいてくれたじゃん。めっちゃ、絶妙な距離でさ。ホント、ありがとな。」
希良の言葉に、もう一度、頷いて、小さく「ありがと。」と言った。
その後、宿のホテルに着く頃には、オレの体調はほぼ回復して、何事もなかったように、石川と一緒に、バスを降りた。
「良かったよ。また、樺沢がどっか行っちゃったらって、オレ、ホント泣きそうだった。」
こっちも、やっと調子を取り戻して、石川が笑う。
「ん、ごめんな。心配かけて。でもホント、オレもみんなとここまで来られて、良かったよ。」
そんなことを話しながら、バスを降りて、駐車場を歩いていた。
で、それを見つけた輝が、すぐに駆け寄ってきて、石川は遠慮したのか、松尾たちの方に離れて行った。
「みずき!大丈夫?ごめんな、さっき…」
と、オレたちを残して、先にバスに戻ったことを謝ってきた。
「何言ってんだよ。オレの方こそ、ごめんな。心配かけて。」
「てか、何かあった?」
ずっと、オレの後ろにいて、寄り添ってくれてた希良が、やっと、って感じで、聞いてきた。
「あー、うん。まぁ、ちょっと。」
「何?誰かに、何か、言われた?」
希良が、問い詰めるみたいな口調になってくるのは、心配している時によくあるんだけど。
「きら、ちょっと、落ち着こ。」
輝がそう言って、3人、他のみんなに気づかれないように、ホテルの駐車場、建物の影に寄った。
「違うんだ。誰にも、何も言われてないんだけど、自分で…。」
そこで一つ、大きく、息を吐いた。
「みずき、無理して話さなくていいから。」
「あ!ごめん、オレ、また、問い詰めるみたいなこと…。」
希良が慌てて、さっきのことを取り消してきた。
「ううん、大丈夫だよ、きら。ありがとな。
なんかさ、3人でいると、こんなに、色んなこと起きるのかって、考えちゃって。
そしたら、なんだか自分の中から、久しぶりに、呼び出しちゃったんだよな。」
「呼び出しちゃったって…?」
「ほら、夏休みに話したじゃん。
『お前は2人と一緒にいちゃいけない』って、頭の中のヤツ?
そしたら、もう、一瞬で、息苦しくなっちゃってさ。」
バカだよな、オレ、と、最後はふざけた口調で、自虐ネタみたいに、そう言って笑った。
「だから、誰も悪くないんだ。
オレが勝手に、自分で自分を…さ。もうホント、なんなんだろうな。
イヤになるよ。」
もう一度、2人の顔を見て、笑おうと思ったのに、うまく笑えず、涙が出て、止まらなくなった。
「みずき…泣くなよ。ごめんな、オレたち何もしてやれなくて…。」
希良が背中を撫でてくれる。
「そうだよ。そんな、自分を責めるなよ。ホントに、オレたち、何も出来なくて…。
それに、昨日のことも、今日のことも、みずきのせいなんかじゃない。それはわかってるだろ。」
輝がオレの両手を、ギュッと握ってそう言ってくれた。
「うん、わかってる。わかってるんだ、オレ。
きらもかがやも、あんなことされて、平気なはずないし、それでも、オレと一緒にいたいって、思ってくれてるって、好きでいてくれてるって、わかってるのに。」
2人に寄り添われて、その温かさを感じていても、オレの涙はなかなか、止まらなかった。
「中学の時とは、ぜんぜん違うのにな。」
泣きながら、オレが、ボソッとそう言うと、
「もしかして、みずき、中学の頃のこと、思い出した?そんな風に言えるくらいに?」
と、希良が遠慮がちにそう聞いてきた。
「きら!」
輝がそれを止めようとしだけど、オレは、その輝を止めて、戸惑いながらも、答えた。
「うん、少し、っていうか、なんとなくだけど…。」
そこで一度、大きく、深呼吸した。
2人も、息を飲むように、オレの言葉を待っていた。
「中学の頃、何言っても、何やっても、オレ、否定されてたんだよな。
あんな、目黒さんみたいに、2人の間にオレがいるから、尊い?なんてこと、誰も言わなかったし。
今朝も、バスの中であんな、クラスの全員が、オレのこと、2人の「姫」だなんて、そんなこと言って、笑ってくれるなんて、オレのこと、みんなが好きだなんて、信じられなかった。」
その話を知らない輝が、そうなの?と、希良の方を見て、希良が笑って頷いて。
オレも、照れ隠しに涙を啜って、笑った。
「あ、それに、目黒さん、この前、塾でさ、オレのこと、悪く言ってる、他校の女子に、くってかかろうとしてくれてさ…。」
その話を思い出して、オレは思わず、吹き出して…2人も、つられて笑った。
「それな、本人から聞いた。」
希良が、おかしくてしょうがないって感じに、口元を押さえた。
「え?そうなの?」
「うん。それも、みずきに止められて、言いたいことの半分も言えなかったって、めっちゃ、悔しそうでさ。」
輝はもう、我慢せずに笑ってた。
「そうそう、今度、なんかあったら、絶対、言ってやるんだって。そう言うから、オレら、ガチで止めたんだ。やめてくれって。な。」
「だったな。」
「いや、それ、マジでありがとだな。止めてくれて。」
オレもいつのまにか、笑いが止まらなくなって、涙を拭いながら、笑っていた。
「だから、っていうか、きっと、大丈夫だよ、オレたち。
今日、一緒に回ったヤツらに、明日も一緒に遊ぼうなって、オレ、言われたしさ。遊ぼうなって、なぁ。
さっきの石川、見ただろ?宮﨑だって、ずっと、オレたちのこと、気にして、見てたんだぜ。」
もう一度、希良がゆっくりと背中を撫でてくれた。
「あ、それ、オレも、村田さんたちに、めっちゃ楽しかったから、明日も一緒でもいい?って、聞かれたよ。
オレたちのせいで、集められたのにな。
ホントは、みんな、好きなように、回れたはずなのにな。」
「うん。きっと、みんな、ホントに楽しかったんだと思う。
オレらも楽しかったよな。
あんな、隠し撮りされたことなんて、忘れるくらいに。」
そう言った希良は、色々なものを堪えているのがわかる、なんとも言えない表情をしていた。
隠し撮りされて、SNSに晒されたことは、ホントに、それほどショックな出来事だったんだ。
「あ、いたいた!樺沢たち、何やってんの?打ち上げやるんだから、早くメシ食っちゃおうぜ。」
そこに、石川がオレたちを探しにきてくれた。
「お、保里もいた。保里、良かったら、お前も打ち上げ、こない?って、クラスのみんなが。」
「え?オレ?でも、オレ、C組だし…。」
石川の後ろから来た松尾が、輝にそう言って、輝は当然、驚いて、断ろうとしたんだけど。
「そりゃ、そうなんだけどさ。
ロボカフェの企画の、立ち上げ段階で、随分、助けてもらったって、樺沢たち、言ってたから。な?」
「あ、そう、ホントにそうなんだ。かがや、イイじゃん。良かったら、来いよ?」
石川とオレに、そんな風に誘われて、腰が引けていた輝も、恥ずかしそうに、小さく笑って、頷いた。
夕食を食べ終えて、片付けてもらってから、あらためて、クラス全員(と、輝)が、大きな円卓3つに分かれて集まった。
打ち上げ、と言っても、それぞれ、自販機やコンビニで好きな飲み物を買って、これもコンビニとか、土産物屋で買ったお菓子を並べただけの、簡単なものだ。
それでも、みんなが集まって、もう一度、文化祭のことで盛り上がるのは、なんか楽しい。
「みんな、飲み物あるか?揃ったな。よし、じゃあ、目黒、一言!」
「えー、また、私なの?」
宮﨑が目黒さんに声をかけると、珍しく、不満そうな声を上げた。
「何言ってんの。この前、あんな名スピーチしておいて。
同じこと、樺沢くんたちに伝えなきゃ!」
澤田さんにそう言われて、渋々、でも、少し嬉しそうに「仕方ないなぁ」と言いながら、目黒さんは自分の飲み物を手に、3つの円卓の真ん中に立った。
だんだん、みずきくんの記憶も戻ってきて、3人の関係も落ち着いてきました。そして、クラスのメンバーとも、良い関係が築かれて行くのが、なんとも微笑ましいです。
そして、次回は目線さん、注目です!




