中間テスト〜波濤
波が高まり、崩れる直前。その波上にいるものは、周りに何も見えなくなる。そして、波が崩れ始めると、その高さと、巻き込まれる大きさを思い知ることになる。
瑞稀が学校で発作を起こしたのは、中間も終わって、修学旅行まで、あと2週間となった頃だった。
そして、その時、塾で瑞稀に何があったのか、オレと希良は初めて知ることになった。
「ごめんね。樺沢くんに、2人には言わないでほしいって、頼まれてたから…。平気だって、言ってたし。」
と、申し訳なさそうに言う目黒さんは、今にも、泣きだすのではないかと思うくらいだった。
もちろん、オレたちが、彼女を責める理由は何もなかった。
それどころか、瑞稀のために、陰口を言っていた女子たちに言い返してくれたなんて、中学の時には誰もしてくれなかった事で、瑞稀を1人にしないでくれたことには感謝しかなかった。
早退することになった瑞稀が、オレたちに会いたいと、混乱した意識の中で、そう言っていると、先生から言われて、保健室まで会いに行った。
真っ青な顔をして、泣き腫らした目をした瑞稀に弱々しく笑いかけられて、ここ何ヶ月か、発作を起こすこともなく、安定してたことに安心しきっていたオレたちは、それがどんなに甘かったか、横面を張り倒された気持ちになった。
発作を起こした時、瑞稀は担任のナベせんと、塾でT大選抜に入ることになった話をしていたという。
「やっぱり、お前たちは3人一緒が良いってことか。」と、なんてことなく、ナベせんは笑って、言ったという。
ところが、それを聞いた瑞稀の顔色が、みるみる変わり、苦しそうに胸を押さえて、
「やっぱり、ダメですか、オレたち、一緒にいちゃ…?」
と、息も絶え絶えに、言ったという。
ナベせんが言ったことだけで、そんなことになるだろうか?と、不思議に思っていたオレと希良は、目黒さんの話を聞いて、なんとなくだけど、合点がいった。
目黒さんの話では、瑞稀が「中学の頃には良く、こういう事があった。」と、澤田さんに話したという。
確かにその通りだったけれど、それは、これまで、瑞稀が忘れていたことだった。
塾での出来事が、瑞稀の中で埋まっていた、何かしらの、爆弾のようなものを掘り起こしたのかもしれない。
そして、ナベせんの一言で、そのスイッチが入ってしまったんだろう。
発作は軽いもので、すぐに治ったそうだけど、大事をとって、休んでいた保健室で、目を覚ました瑞稀は、オレたちが一緒にいないことに気がつくと、混乱して、泣き叫んだという。
「やっぱり、ダメなんだ、2人がいない。」と。
輝もオレも、瑞稀が学校で、そんなことになるなんて、思ってもいなかった。
文化祭前、あれだけ忙しくて、色んなことを、色んな人が言ってきても、夏休みの頃と、瑞稀は違っていた。
少し混乱している様子が、気になった時はあった。
でも、思い出した事に動揺しながらも、それを乗り越えてる様子に、瑞稀の強さを、あらためて感じることがあるくらいだった。
オレたち3人、クラスで過ごす時以外は、ずっと一緒にいたし、クラスでも、目黒や石川たち、他のクラスメイトと過ごしている様子は、瑞稀が抱えているものを知らなければ、どこからどう見ても、普通の、ちょっとナイーブなところのある高校2年生で。
オレたちは、その、見ての通りに、瑞稀は良くなってきていると思っていた、いや、思いたかったんだ。
瑞稀が迎えにきた母親に連れられ、無事に帰ったと、帰り際に、ナベせんが教えてくれて、輝と2人、一応、ホッとした。
でも、2人とも、胸の中で、何かが引っかかってて、そのまま1人で帰るのは、あまりにも色々と、重たかった。
「きら、今日、時間ある?」
「ある。オレも一緒に、そっちから帰る。」
探り合うように、黙って歩いた後、輝の方からそう言ってくれて、オレはすぐに食い気味に、それに飛びついた。
「ちい姉が、東口のカフェでバイトしてるって。
そこ、一緒に行ってみないか?」
「あー、そんなこと言ってたな。
そか、ちい姉がいれば、みずきの様子も聞けるかもな。」
「うん、オレもそう思って。」
そう決まると、また一つ、ホッとして。
駅までは、瑞稀のことは何も話さずに、なんてことない話しをしながら、気を紛らわせるように、歩いた。
でも、地元の駅で降りると、ホームの途中で輝が立ち止まった。
「きら、ごめん。
ちい姉のとこに行く前に、ちょっとでいいんだ。
オレの話、聞いてもらえる?」
思いつめたような声に驚いて振り向くと、輝はキレイな眉を辛そうに歪めて、何かを堪えているようだった。
「うん、わかった。いいよ。」
それから、2人で、図書館の裏のベンチに座った。
「ここ、前にみずきとも来たんだ。文化祭の前。
ほら、きらが塾の選抜で残って、先に帰った時。」
「ああ、あったな。そんなこと。」
「その時、オレ、なんかちょっと寂しくて…みずきを困らせたんだよな。」
へぇ、と驚きながら、オレはその日、同じように、なんだか寂しくて、たく兄に甘えたことを思い出した。
なんだろう?あの日は、そんな日だったのかな。
そう言えば、あの時、たく兄が輝のこと、どんよりして歩いてたのを拾った、って言ってたのを思い出した。
「オレも、そういうの、あったな。みずきに話しはしなかったけど。なんか、タイミング、なくて。」
「そか。」
「うん。」
話したいことがあるはずなのに、輝は何か引っかかっているようで、なかなか本題に入らない。
少しの間、沈黙が続いた。
「あのさ、オレ、この前みずきに、好きだって、言ったんだ。」
やっと、吐き出すように言葉が出てきた。
「え?いつ?なんて?」
驚いた声が出たけど、正直、オレはそんなに驚いてなかった。
それに、自分でも驚くくらい、ショックでもなかった。
「文化祭の日。後夜祭の後に、みずきがいなくなったこと、あっただろ?
あの時、みずきを見つけて、きらが来るまでの間。
その後、いち兄のとこに行った時にも、恋人にしたいって、そうも言って。ごめん。なんか…。」
オレの顔を見ずに、下を向いたままの、輝の肩に手を乗せて、ふうっと息を吐いた。
あの時か…。そう、あの時、オレは瑞稀を見つけられなかったんだ。
見つけたのは、輝だった。
「なんで謝るんだよ。
輝が、伝えたかった気持ちなんだろ?
オレに遠慮とかするなよ。抜けがけとか、まぁいつも、言ってはいるけど、本気じゃないし。」
やっとオレを見た輝は、今にも泣き出しそうな目をしていた。
「そうなのか?ホントに。」
「うん。ホントに大丈夫。
怒ったり、責めたりなんて、しないって。」
そう言って、オレは心の底から、にっこり笑った。
「ありがと。」
輝がまた、下を向いた。
「で、それから?」
自分でもよく分からなかったけど、オレの瑞稀が好きだっていう気持ちは、いつからか、輝とは違うものになっていたのかもしれない。
さっき、輝が「恋人にしたい」と言った時に、自分がそうは思っていない事に気づいていた。
「うん。みずきも、その時は好きって、言ってくれたんだ。
まぁ、恋人ってのには、ビビってだけど。」
「そか。良かったな。まぁでも、それは、ちょっとビビるか。」
その時の瑞稀の様子が目に浮かぶようで、笑えた。
「ん。でも、その後は何もなくて。何も、言えないままで。
試験とかあったし。」
「あ、オレ?オレが邪魔だった?もしかして?」
「違うよ!それだけは絶対ない!
そんなこと言うなよ。頼むから。」
「ごめん。冗談だって。わかってるよ。オレたちはまだ、3人、だよな。」
輝が声もなく、頷く。
「今日のみずきを見てて、あらためてそう思ったよ、オレは。
だから…。」
そこで思い切ったように、一度息を止めて、輝は、オレを見た。
「オレはこの思いを、一度、封印、しようと思うんだ。
完全には、無理かも知れないけど、でも、抑える。」
え?と、輝の目を覗き込んだ。
「そんな…?なんで?」
「さっき、みずきは、2人がいないって泣いてた。
やっぱり3人でなくちゃ、まだダメなんだよ。
それに、オレたちだって、そうだろ?3人でいたい。」
あまりに強い、輝の思い。
もう頷くしかなかった。
「オレは、いいよ。もちろん。
多分、お前とは違うけど、みずきのことは好きだし、大事だし、一緒にいたい。もちろん、かがやとも。
でも、だから、みずきを、抱きしめたいし、キスもしたい。それでもいい?」
少し、辛そうにだけど、輝が頷いた。
「いい。それでも。
きらがそうしたいの、わかるし、みずきも、それが必要なんだと思うから。」
「全部、みずきのため?」
「違うよ。みずきと、きらと、オレのため。」
輝がオレの肩に腕を回して、抱き寄せてきて、その体温に、泣きたくなった。
「そか、そうだよな…。3人でいたい。」
「うん、3人でいたいよ。」
輝の肩に腕を回して、オレも輝を抱きしめた。
3人でいることを否定されてから、約1年半、オレたちはまだ、その呪縛から逃れようと、もがいている途中だった。
大丈夫だと、思いたかった。でも…。
瑞稀だけじゃなくて、オレも輝も、まだ何も、進むことができないままだったんだ。
「あれ?2人?
どうしたの?珍しい。みーは?」
ちい姉は、まだ瑞稀の今日のことを聞いてないらしく、オレたちが店に入って行くと、そう言いながら、カウンターから出てきてくれた。
「あー、その、実はみずき、早退して。」
「軽い発作だったんですけど、その後、ちょっと混乱したみたいで。みずきのお母さんが迎えに来て、先に帰ったんです。」
輝がそう説明すると、ちい姉は血相を変えた。
「ちょ、ちょっと待ってて。
あ、そこ、その窓際に座ってて。」
そう言って、オレたちを店奥の席に案内してから、自分はカウンターの奥に戻って、許可をもらったんだと思う。
温かいココアと大きな丸いクッキーの乗ったトレイを持って、オレたちのところに戻ってきた。
「ごめんね、待たせて。
これでとりあえず、温まって。
後でフレンチトーストも来るから。
ここの、美味しいから、ご馳走させて。」
「すみません。いただきます。」
2人、ほぼ声を揃えて言うと、ココアに手を伸ばした。
「で?何があったの?
てか、みーはもうウチにいるのね?」
その言葉に2人で頷くと、ちい姉は安心したように肩の力を抜いて、一度笑った。
「よかった。なら、みーは心配ないね。
でも、2人は…なんだか、ダメそうだね?」
オレたちの顔を交互に見て、心配そうに、そう言って。
「すみません。オレたち…。」
輝が何か言おうとして、言葉に詰まる。
「大丈夫。無理して話さなくて、いいから。
でも、会いに来てくれてありがとう。嬉しいよ。
みー、このところ、ずいぶん調子良かったのにな。
もう、このまま、大丈夫なんじゃないかって、まち姉とも話してたんだよ。
きらくんたちも、そうだったんじゃない?」
「はい…そうなんです。
だからオレら、ちょっとキテて。」
オレがため息みたいに掠れた声で答えた。
「そっか。ごめんね、みーがいつも…。かがやくんにはもう何度も…。」
「そんな風に言わないでください。
オレ、いや、オレたち、いつも、みずきに助けられてきたんです。
な、きら。そうだよな。」
「ホントに、かがやの言った通りです。
中学の頃、オレ、みずきがいなかったら、とっくに終わってたから。」
それは、大げさなんかじゃ無くて、本当のことだった。
文化祭の盛り上がりのまま、進めても良かったのですが〜、やっぱりちょっと、回り道です。
ただ、ちゃんと前に進めていきますので、ご心配なく!




