中間テスト〜うねり
大きな波は最初から起きない。小さいうねりが集まり、飲みこんで、いつしか、乗り越えられないほどの大きさになっていく。
それでも、その波に飲み込まれても、そこから立ち上がることは、必ず、出来る。
中間テストを明日に控えた日の放課後。
オレは1人で、いち兄のところに来ていた。
塾での小テストの結果、学校でやったプリント類、その他色々を持ち込んで、仕上げ、というか、最後の足掻きだった。
塾に行っていれば、それで安心、という他の2人と違って、勉強すること自体が苦手なオレは、やっぱり、こうして機会がある毎に、いち兄からハッパをかけてもらわないとダメなのだ。
それでも、前に比べたら、ずいぶん成長した…と、思うし、思いたい。
その気持ちを察してか、いち兄が満足そうに頷いてくれた。
「うん。いいじゃないか、みー。これなら大丈夫だな。」
「そう?そう思ってくれる?良かった。自分でも、このところ、うまく出来てるような気はしてて。」
「そういうのは大事だぞ。手ごたえを掴むと、そこから上がって行けるからな。それに、やっぱり、2人と一緒なのは、大きいだろ。」
一瞬、からかってるのかと思ったけど、いち兄の顔みると、なんていうか、安心しているみたいだった。
「うん。それはホントにその通りだと思うよ。なんか、うまく言えないけど。」
そこで、ちょっと考えてから、いち兄の顔を真っ直ぐに見た。
「あのさ、いち兄は、オレたちの中学の頃のこと、どのくらい知ってるの?
いち兄も、たく兄も、きらとかがやと、すごく仲いいよね?
それって、中学の時から、オレたち、ここに来てたってこと?それを、オレが忘れてるってこと?」
いち兄はちょっと黙って、考えてから、言葉を選ぶようにゆっくり、オレの質問に答えた。
「みーは、何を聞きたい?それによっては話さない方が良い事もある。分かるよな?でも、オレが。みーたち、3人と出会った時の話なら、してもいい。
どうする?聞きたい?」
「聞きたい!聞かせてください。」
言い終わるのを待たずに、即答だった。
「わかったよ。夕飯までの時間な。」
いち兄は、少し間をおいて、楽しかったことを思い出すように話し出した。
「あの2人、実はこのウチに来たのはこの前、塾の見学帰りが2度目だったんだよ。その前は、中学、卒業するちょっと前かな。
でも、オレも匠も、それ以外で何度も、みーと一緒に会ってるんだ。
図書館とか、駅前のフレンドで、3人まとめて、勉強見てやったり、アイスご馳走してやったり、みんなでラーメン食いに行ったり。
そんなこと、たくさんあった。
初めて会ったのも、駅前だったかな。
大学から帰って来たオレが改札を出たら、女の子たちが騒いでて、見ると、なんかアイドルみたいな子が2人立ってたんだ。
それが初めて見た、きらとかがやだった。
なんだろ?すごいなぁと、横目で見ながら通り過ぎようとしたら、その2人の間に見覚えのあるちっさいヤツがいて。」
「悪かったね、ちっさくて。」
オレがちょっとふくれっつらをして、話に茶々を入れた。
「まあまあ、中一の頃だからな、仕方ないだろ。事実、今よりずっと小さかったからな。
で、そのちっさいのに声をかけて、3人まとめて、その騒ぎから連れ出して。
あの時はラーメン屋に行ったのかな。途中で塾帰りの匠も混ざって、アイスも食べに行ったから、結構遅くなって。でもあの頃は、車がなかったから、タクシーで送って行った気がする。それが一番初め。」
「へー。そんなことあったっけ。オレ全然、覚えてない。」
「まぁ、結構前だし、そんなこと、それからたくさんあったしな。
オレが免許取って、車買ってからは、しょっちゅう、迎えに行ったり、送ってやったり。
オレは運転手じゃないぞーって、良く言ってた。」
「あ、それはなんか覚えてる。たく兄に、早くお前も免許取って、車買えって、言ってたよね。それに、それが悪いからって、まち姉も免許取って。」
「そうそう、それは、覚えてたか。」
「うん。でも、いざ、まち姉もたく兄も、免許取って、車買ったら、今度は、誰が何回、迎えに行った、とか、誰にいつ、送ってもらったとかで、取り合いみたいになってたじゃん。」
なんか、その感じは言われたら、思い出した。
「だったな。まちなんて、オレたちに悪いとかって、あれはただの言いがかりだったよな。ここだけの話。」
いち兄が笑う。
でも、そこに希良と輝もいたのは、まったく、覚えていない。忘れてる。
「そっか、あの時、全部、2人も一緒だったのか…。」
「それは、覚えていないか、てか、思い出せないか。それ聞いたら、2人とも泣くな。」
そこは、何故か、面白そうに笑われた。
「え、言わないでくれよな、2人には。」
「言わないよ。当たり前だろ。」
そう言ってまた、いつものように、オレの頭をぐしゃぐしゃって撫でてくる。
「成績が上がったのは、もちろん、良いことだけどな。
オレはみーが、こんな風に、落ち着いて、昔のことを話せるようになったことが、一番、良かったと思っているよ。ちゃんと、自分を認めてる感じとか。
みーは、もっと、自分に自信持っていいんだから。
それに、最近、顔色も良いし、少し太ったか?イヤ、背が伸びたのかな?」
そう言いながら、いち兄に目を覗きこまれて、オレはなんだか恥ずかしくなって、苦笑いした。
「それ、この前、まち姉にもいわれた。同じこと。
あと、そうなんだよね、ちょっとね、背、伸びたみたいなんだ。
この前、きらと並んだら、なんか目線が近くなってて。かがやには、まだ届かないけど。春から比べても、だいぶ食べられるようになったし。」
「そか!やっぱり、そんな気がしたんだ。おかあに言ったら、喜ぶぞ。で、また、たくさん食べろって言われるな。」
「えー、それも、言わないでって!」
2人、声を合わせて大笑いしてるうちに、下から呼ぶ声が聞こえて、そろそろだなって、リビングに降りて行った。
そんな風だったから、オレは、まだまだ、思い出せない事も、あったけれど、このままでも、大丈夫じゃないかって思ってた。
3人で一緒にいられて、輝と、あれから、何もないけど、いつか、恋人になるのかもしれない…なんて思うこともあった。
だからって、希良と離れることも考えらなかったから、そこはまだ、モヤモヤしていたんだけど。
ただ、オレのこと、オレたちのことは、そんなに簡単じゃなかった。
「いや、それはないです。無理なんで。そんな力ないって、自分が一番わかっているんで。」
前に座っている、塾の進路指導担当の先生に向かって、オレは自分を思いきり否定していた。
「そんなに自分を否定するものじゃないよ、樺沢くん。」
そう言いながら、先生は机の上に何枚かの紙を広げた。
「この話は、何も僕の思いつきや、単なる提案じゃなくて、ちゃんとしたデータと、君のここまでの成績の伸びや、力を見て言っているんだから。」
先生が示したのは、この前受けた学校の中間テストの結果と、その前に受けた塾の進路判定テストの結果だった。
その判定テストの結果でオレは、志望しているTU大の工学部の「A判定」が出ていて、もう十分満足していたんだけど。
今、先生から言われたのは、あと1年と少し、もうちょっと上を目指してみないか、という、急な、しかもとんでもない話だった。
「そう言っていただけるのは、ありがたいと思います。でも、T大なんて、そう簡単に目指します、なんて言えないです。
周りに目指した人も、目指してる人もいるので、良くわかってるつもりです。」と、オレは謙遜したわけでもなんでもなく、ストレートにそう言った。
そう、その「もうちょっと上」とは、輝が目指している、いち兄が卒業している大学だった。
ありえない、と、オレは速攻で拒否、そして、全力で、自己否定した。
「でもね、君がやりたいって言ってる、ロボット工学は、もちろん、TU大がトップでもあるけど、T大にもすごい教授と、研究室があること、知ってるだろ?」
オレは出来る限り冷静に答えたんだけど、先生の方が、当たり前だけど、一枚上手で。
その教授と研究室の凄さを讃えながら、オレと輝が仲が良い事にも触れてきて、
「まずは一度、選抜クラスに入って、一緒にやってみないか?抜けたくなったら、いつでも抜けていいんだから。」と勧められた。
そんな風に言われて、オレは、希良が医薬系選抜に行ってしまうと、また3人バラバラになるのが不安だったから…。
まんまと先生の言う通りに、「T大選抜クラス」に入ることを、まずは、親に相談することになってしまい…。
結局、3学期から、そのクラスに入る事になった。
「え?何それ、ありえなくない?」
「ね、そう思うよね。なんなの、樺沢くんって。ワケわからないんだけど。」
「え、そこまでして、一緒にいたいってこと?なくない?」
希良と輝が先生に呼ばれたり、当番で残ったりで、帰りが遅くなったある日、1人で塾に来たオレを待っていたのは、久しぶりに聞く(そんな気がする)、オレと、オレたちの仲を否定する言葉だった。
まだ人がまばらな教室で、違う高校の女子が数人、集まって、どこから聞いたのか、オレがT大選抜クラスに入る話を持ち出して、そんなことを言っていた。
(あー、やばいかも。ここには入っていかない方が良いな。)と、回れ右をして、廊下を戻ろうとした、その時。
「はあ?ねえ、ちょっと、そこ!何、言ってるの?樺沢くんたちのこと、何も知らないんでしょ?勝手なこと、言わないでよね!」
聞き覚えのある強気な声が、背中から聞こえてきて、オレはもう一度、回れ右をして、教室の方を見た。
「樺沢くんはね、私や、あんたたちとは頭の作りが違うの!あの2人と一緒にいたいとか、そんなこと無くても、T大、目指せる人なんです!」
と、目黒さんが3人にくってかかっていって、同じクラスで、目黒さんと仲の良い、澤田さんがそれを止めようとしていた。
「ちょ、ちょっとメグ、やめなよ。こんな人たち、相手にしちゃ、ダメだって。」
「な、何よ!」と、その中の1人が言い返そうとしたので、オレは慌てて、飛び出していって、
「ちょ、いや、目黒さん!やめて、いいから、そんな、こんなの、オレは平気だから!」と、言って、止めに入った。
当の本人の登場に、女子3人は、さすがに怯んだのか、それ以上、何も言わずに、気まずそうにして、教室を出て行った。
「樺沢くん、聞いてたんだ…。」
目黒さんがオレを見てから、がっくりと肩を落とした。
「あんなの、気にしちゃ、ダメだからね。」
顔を上げて、オレを見た目黒さんの目は、涙でいっぱいだった。
「目黒さんこそ、オレのためにそんな、泣かないでよ。」
ポケットからティッシュを差し出すと、それを素直に受け取って、
「ありがと。ごめんね、勝手に怒って、勝手に泣いて。」
そう言って、涙を拭いた。
「そんな、オレの方こそ、ありがとうだよ。」
でも、オレがそれ以上、何か言うより早く、背中を向けて、目黒さんは教室を出て行ってしまった。
「大丈夫だよ、樺沢くん。心配しなくても、すぐ戻ってくるって。あれ、悔し涙だし。」
心配して目で追っていたオレに、澤田さんが声をかけてくれた。
「え?」
「今の子たち、私たちと、ここで、良く授業一緒になるんだけどね。樺沢くんと田宮くんたちのこと、まー、よくも、ってくらい、色々言ってて。いつかは。メグ、キレるだろうな、とは思っていたんだ。」
「そうだったんだ。」
「でも、まさか、樺沢くんが聞いていたとは思わなかったよ。へいき?」
「あー、うん。平気。ありがと。こういうこと、中学の頃は、よくあったから。」と、思い出して、ちょっと、息苦しくなってきた。
でも、あの頃は目黒さんみたいに味方してくれる人、いなかったな、とも考えると、彼女の涙がとてつもなく、大事なことに思えて。
ドキドキと息苦しさが、治ってきて、その時はもう、大丈夫な気がしてた。
それなのに…オレは。
ここから数回は、修学旅行までのインターバル的な展開です。
一気に色々進めたい、と思いつつ、なかなか進めるのがヘタで、申し訳ないです!
そして、ここでも目黒さん、大活躍ですww




