文化祭〜其の参・苦い思い出
心の傷には種類がある。
浅いもの、深いもの。広く傷つくもの、狭いもの。
どんな傷でも、どれもが間違いなく残っていく。
そして、時折、思い出したように痛むのだ。
文化祭の前日の金曜日。
いち兄が車を出してくれて、希良のウチ、病院までペッパーくんを取りに行き、そのまま学校まで運んだ。
これも、前もって許可を取って、車を職員用のパーキングに停めて、シートに包んだペッパーくんを台車に乗せて、教室まで運ぶことにしていた。
いち兄も、手伝い半分興味半分で一緒に来てる、たく兄も輝のお兄さんの慧さんも、この学校の卒業生だから、勝手知ったるものだった。
で、例によって職員室前を通りかかった時。
「あれ?なんだよ、樺沢兄弟か?保里兄弟も一緒か。
みんな、久しぶりだな!」
おなじみ、物理の永田先生に声をかけられた。
この先生、暇なわけじゃないだろうけど、席から廊下が良く見えるから、オレたちに限らず、色んな人に声をかけてるらしい。
オレたち、現役生3人は、またかという顔を隠しもせず、さらにOB3人も、似たような反応をしたので、かなり前からこういうキャラらしかった。
「ご無沙汰してます。先生、全然変わってないですね。」
「おう。ってか、樺沢って?」
今さらだけど、という感じで、オレと、いち兄、たく兄の顔を見てきた。
「あ、従兄弟です。」
『弟なんです。』
オレが正直に言ったのと、いち兄、たく兄が悪びれもせずに、揃って嘘をついたのが、まったく同じタイミングだった。
「え?そうだったの?気が付かなかった。」
どっちを信じたのかわからないまま、永田先生との話は続いた。
「マジですか?担任の田辺先生と、化学の谷先生には、入学と同時くらいに言われましたけど。」
「そうだよな。大体、樺沢なんて苗字、そういないし、そっくりじゃないですか。ほら。」
いつのまにか、話に加わっていた谷先生が、オレを兄ちゃん2人の間に立たせて、そう言った。
そっくり?オレがこのイケメン兄弟と?
オレのそんな疑問は置き去りで。
「あー、ホントだ。良く似てるわ。
この2人を可愛い系にシフトすると、こうなるんだな。気づかなかったわ。」
永田先生がナゾに納得する。
「ちなみに、僕はK女子でも講師してるので、彼のお姉さん2人も知ってますけど、こっちも良く似てて。
樺沢君が女装したら、きっとあんな可愛い子になるって感じですよ。あ、怒られるか。こういうのは。」
「谷先生、それはかなり、ギリですよ。わかりますけどね。」
と、またまた知らないうちに話に加わっていた担任の田辺先生がそう言った。
「去年、ウチのクラスが女装メイド・男装執事カフェやった時、樺沢がいないの、クラス全員が残念がってましたからね。樺沢は知らないことだけどな。」
「え、知りませんでした。そんなこと。」
そうだった。去年の文化祭、オレは体調崩して、準備段階から学校に来られなくて、結局、文化祭にも参加出来なかったんだ。
その事を思い出して、ちょっと背中がゾワッとした。
「みー、大丈夫か?」
それに気が付いた、いち兄が声をかけてきた。
「お、悪かったな、引き留めて。
田宮、こんなすごいの貸してもらって、申し訳ないけど、お前ちゃんと管理してくれな。」
「はい、大丈夫です。」
希良がそうこたえて、話は終わり、オレたちは台車を押して、ペッパーくんを教室まで運んだ。
その後、輝と希良とオレはそれぞれ、クラスで最後の設営にかかって、OBの兄ちゃんたち3人は後輩に頼まれたとかいう部活の手伝いに行った。
そんなこんなに追われながらも、さっき、田辺先生に言われた事で、なんだかザワザワした気分は、ずっと治らなかった。
希良は気にしてくれていたけど、クラスのみんなの前では何をするわけにもいかず、心配そうな目線を投げてくるだけだった。
そんな状態で、オレが脚立に乗って、タケコプターをつけたドラえもんのぬいぐるみを、天井からぶら下げようとしていた時だった。
「うわっ。」
一瞬、目眩がして、体勢を崩したオレは、あわや、脚立を支えてた希良の上に、真っ逆さまに落ちそうになった。
「きゃー!危ない!」
見ていた女子、何人かが悲鳴を上げて、近くにいた男子数人が慌てて駆け寄り、なんとか支えられて、脚立にしがみついた。
「ごめん、悪い。ちょっとふらついた。ありがと。みんな。」
謝りながら、お礼を言って、脚立から降りると、希良の腕を掴んだ。
「樺沢、もう、ここ大丈夫だから、ちょっと休んでこいよ。顔色悪いぜ。」
「そうだよ。終わったら呼ぶから、最後だけ見に来てくれればいいし。田宮、こいつ、いつもの空き教室で休ませてやれよ。」
みんなにそんなことを言われて、申し訳ないけど、これ以上何かあるともっと迷惑かけてしまいそうで、オレは大人しく、希良に連れられて教室を後にした。
「ごめんな、きら。ここんとこ、調子良かったんだけどな。」
いつもバス待ちをする空き教室で、机に突っ伏したまま、希良の顔を見ずに、オレは謝った。
「そうだなぁ。まぁ、気にすんなよ。倒れなくて良かったよ。なんか飲む?買ってこようか?」
希良がそう言いながら、オレの頭から首筋をゆっくり撫でてくれる。
「ううん、いらない。ここにいてくれれば、それでいい。」
「そか。」
そう言うと、2人、黙ってしまった。
「きら。」
「ん?どうした?」
「オレが忘れてることで、教えて欲しいこと、あるんだけど。」
思い切って言った、オレの言葉に、希良の背中が撫でていた手が止まった。
「いい、けど。どんなこと?」
「うん…。」
言い出してはみたものの、その先を続けられず、希良の顔を見ることも出来ずにオレは机に張り付いていた。
「話したくないことだったら、そう言って。」
「うん、わかった。」
そこでもう一つ、大きく息を吐いて。
「中学3年の文化祭で、何があったのか、教えてほしい。」
「え…。」
希良が固まったのが、空気でわかる。
中学3年の文化祭…何かが、あったんだと思う。
だから、去年、高校1年のときは、文化祭という、その言葉を思うだけで息苦しくなって、何度も吐いた。
それで文化祭に参加することも出来なかった。
その時は何もわからず、ただ苦しくて、そんな自分を責めたりしたけど、今はあの時とは違う。
希良と輝、オレのことを思ってくれる人たちが、オレは悪くないんだって、教えてくれたから、オレは強くいられるようになった。
だから、自分で知りたいと思った。
でも、話す希良の方が辛いかも知れない。それが心配だった。
「あの日、オレとかがやに、みずきを近づけないように企らんだヤツらがいたみたいで。」
希良はいつもよりゆっくり、言葉を選びながら、話し始めた。
「オレたちの屋台に、みずきが近づこうとすると、なんていうか…ガードするみたいに人の壁が出来てたみたいで。
オレらはその中にいたから、まったく気が付かなくて。
みずき来ないなって、ずっと、かがやとそう言いながら、待ってたんだ。
来たら一緒に食べようと、たこ焼きと焼きそば、キープして。」
そこまで聞いて、オレはやっと顔を上げた。
「それ、理科室で食べた?」
希良を見ると、やっぱり辛そうな顔をしていて、オレの言葉に、そのままの顔で頷いた。
思い出した。
人垣の外でオロオロしていたオレは、希良たちの担任で、オレの師匠とも言える羽田先生、はねせんに見つけられて、その人垣を突破出来た気がする。
でも、その時、何かあって…。
「オレ、はねせんに抱えられるみたいにして、理科準備室に連れて行かれた?」
「うん、そう。オレとかがやが、それを追っかけて行って…。やっとみずきに会えて。
それから、はねせんが、理科室に鍵かけてくれて、やっと3人で、たこ焼きと焼きそば、食べたんだ。
もう、すっかり冷たくなってたのに、みずき、ニコニコ笑って、2人が作ったの、美味いって言いながら、全部食べてくれたんだ。」
ああ、そうだった。
その時も、希良は今みたいに泣きそうで、でも泣かないって決めたみたいな顔をしていたこと、その隣で、輝も半泣きだったことを、遠い記憶の中に浮かんできて。
胸の奥が、キリキリと、痛んだ。
「何があったの?」
「ごめん、それは言いたくない。思い出したくない。」
希良が目を逸らして、下を向いた。
「そか。ありがと。話してくれて。ツラい思いさせて、ごめん。」
そう言って、希良を抱きしめようと腕を伸ばした時、扉が開いて、輝が入ってきた。
「みずき!どうした?大丈夫?」
「あ、かがや。うん、もう平気。」
輝が手に持ってた紅茶とウーロン茶のペットボトルをオレたちに差し出して、自分の分のコーラを開けながら、椅子に腰を下ろした。
「良かった。きらからLINEきて、焦った。
あ、兄ちゃんたちにも知らせたんだけど、一緒に来ると目立つから、ヤツら。待っとけって言ってきた。」
「うん、ありがと。ちょっとふらついただけだから。」
「ってか、きら、どうした?そんな顔して?」
オレの顔を見て、安心した輝は、その隣で俯く希良を見て、驚いてた。
「あー、今、オレが嫌なこと聞いたから。
ごめんな、きら。
でも、話してくれて、ありがとな。」
希良の背中を撫でながら、立ち上がって、輝に向かって言った。
「ちょっとオレ、トイレ行ってくる。悪い、かがや、きらのことお願い。」
多分、今、希良はオレがいると、ツラい思いを吐き出せない。
そんな気がして、オレはその場を離れた。
「きら、どうした?平気か?みずきに何聞かれた?」
瑞稀が部屋を出て行くと、希良が崩れるように両手で顔を覆った。
「中3の文化祭のこと。」
「え。マジか。」
「ほら、さっき田辺先生が去年の文化祭にみずきが出られなかったこと、言ったじゃん。
あれから、ちょっと様子がおかしかったんだ。」
それにはオレも気づいてた。でも。
「みずき、そんなことまで思い出した?そんな風に見えなかったけど。」
「いや、思い出したわけじゃないみたいで。
なんかあったから、文化祭がツラかったんだろう、
それって何だよ?みたいな感じで聞かれた。」
希良がようやく落ち着いたようで、顔を上げた。
「途中で、思い出してた。理科室で、3人で、たこ焼きと焼きそば食べたこと。でも、その前にあったことは忘れてて。何があったのか聞かれたけど、それはオレ、全部は、言えなかった。」
「そっか…そう、だよな。うん。ごめん、お前1人に背負わせたな。」
そう言って、オレもさっきの瑞稀と同じように、希良の背中を撫でた。
あの時。
中学3年の文化祭、オレたちのクラスは、たこ焼きと焼きそばの屋台をやっていた。
みずきは隣のクラスだったけど、離れた場所での展示で、確か午前中で当番が終わるから、そしたら3人で合流して、色々見て回ろうって計画だった。
なのに、昼を過ぎても、オレたちの屋台は、何故か大騒ぎで、瑞稀は近寄ることも出来なかったらしい。
後になって、それがオレたちの、ファンとかいうヤツらの仕組んだことだったと知らされた。
そして、担任のはねせんに連れられて、人垣を抜けてきた瑞稀に、その中の1人が、舟に盛ったたこ焼きを投げつけて…。
驚いて固まった瑞稀をはねせんが抱えて、理科準備室まで連れて行ってくれたんだ。
今になって思えば、あの時にもっと何かしていれば、あの最悪の事態は避けられたのかも知れないけど、その時のオレたちはまだ子どもで、何も出来なかった。
瑞稀がニコニコ笑って、たこ焼きと焼きそばを食べてくれたことだけが嬉しくて。
それが、あの頃の、オレたち、希良とオレの全てだった。
「みずき、強いな。あの頃もそう思ったけど、ホント、強い。」
「うん。ホント。強いよな。」
オレは希良の肩を抱き寄せた。
でも、その強い瑞稀でさえ、壊れてしまうほどの事が、あの卒業前の事件だったんだと思うと、そのことに体が震えた。
「そうだ。オレ、郡司にLINEしたんだ。昨日。」
急に思い出したみたいに言ったけど、そういうわけじゃない。
「文化祭、来るなら、1人で来いって。
みずきはお前が来るの、楽しみにしてる、でも、もし柳田を連れてきたら、ただで済むと思うな、って。」
希良が驚いて、目を丸くした。
「え?かがやがそんな?そういう脅し文句はオレのヤツじゃん。」
それを聞いて、やっと希良が笑う。
でも、ホントは笑い事じゃなくて。
「オレ、まだ疑ってるから。
あの時、みずきにたこ焼き投げつけたの、柳田じゃないかって。」
そう、あの時、瑞稀にたこ焼きを投げつけたのが誰か、はねせんが色々調べてくれたけど、結局はわからなかった、というか、調べきれなかった。
でも、それが出来る場所でたこ焼きを持っていたのは限られる。
その中に、今の郡司の彼女、柳田れいかがいた。
「わー!もうカンペキじゃん。みんな、ありがとう!お疲れ様!」
大体終わったから、見に来てくれと、石川が呼びにきて、輝も一緒に、3人でクラスに戻った。
暗幕を張った窓をバックにして、ガンダムの頭が鎮座してて、上にはドラえもんやアンパンマンが飛び交い、机を組み合わせたカフェのテーブルには、ガンプラやエヴァのフィギュア、ドラえもんやアンパンマンのぬいぐるみが飾られてる。
教室全体が地球連邦のベースを模したので、宇宙船に乗ってる雰囲気がバッチリだった。
入口では、ペッパーくんがお出迎えしてる。
「だろ?カンペキだよな!これで明日、みんながコスプレしたら、もっとすごいぜ。」
「だよな!やっぱ、樺沢の最初の企画が細かかったからさ。
形にするの、楽だったし。」
口々にそう言ってもらえて、嬉しかったけど、みんなが満足そうだったのが一番嬉しかった。
「樺沢君、お疲れ様。女子の方も、もうカンペキだよ。
みんな明日を楽しみにしてるって。」
なんと、そこに声をかけてきたのは、オレのことを天敵みたいに扱ってた、目黒さんだった。
「え?ホントに?良かった。それ聞いて、ホッとしたよ。
ありがとう、目黒さん。女子の方、任せっぱなしでごめんね。」
「ううん、それは仕方ないもの。大丈夫。
みんな、明日、本番、頑張ろうねー!」
『おー!』
目黒さんの言葉に、なんか勢いで?全員が拳を突き上げて。
その後みんなで大笑いしたけど、なんかそれも含めて、良い感じだった。
ちょっと色々、盛り込みすぎて、文化祭編、長くなります。
でも、高校時代ならではの文化祭の高揚感とか盛り上がり、あと、そこに紛れる切なさを感じてもらえたら、嬉しいです。




